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▲大正13年8月完成。この年は干支、十二支のそれぞれの最
初の「甲(きのえ)」と「子(ね)」が60年ぶりに出合う縁起のよい
年で「甲子園球場(当時は大運動場)」と名付けられた。昭和11
年にはスタンドの傾斜を利用してジャンプ台を作り「全日本スキ
ージャンプ甲子園大会」も開催された。収容観客数53000人。 |
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▲ 阪神電鉄・甲子園駅から徒歩3分。
阪神高速・武庫川ICから5分。
名神高速・西宮ICから5分。
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| 阪神電鉄の甲子園開発は、大正11年10月30日兵庫県から武庫川の支流であった枝川・申川(さるがわ)の廃川敷地を買収し、本線の上手を住宅経営地・下手をスポーツセンターと遊園地にする構想から始まりました。すでに当時、鳴尾にグラウンドがあり、全国中等学校野球大会を大正6年8月の第3回大会から開催していましたが、野球熱が高まるにつれ、観客を収容しきれない状態となってきました。そこで、大きな野球場を希望する声が高まり、甲子園開発構想の一環として球場建設の英断を下したのです。 |  | 写真:竣工当時の甲子園球場 |
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