世界の飛び魚「古橋広之進翁」の見事な完全死と、17歳「石川遼選手」の優勝
世界の飛び魚「古橋広之進翁」の見事な完全死と、17歳「石川遼選手」の優勝 「フジヤマノトビウオ」が遂に空に飛んだ。 戦後の混乱期に水泳選手として活躍した日本水泳連盟名誉会長の古橋翁(80歳)が、遂に空に飛んで逝った。 世界選手権開催中のロ-マのホテルの、ベットの中から魚から鳥になって天国へ飛んでいった。 実に見事な生き様であった。 古橋翁は現役時代に世界記録を33度も更新し、敗戦で心身とも疲れ果て、自信喪失していた日本国民の心を癒し、奮い立たせてくれた。 現役引退後は、日本水泳連盟会長、日本オリンピック委員会会長など要職を歴任しスポ-ツ界に多大な功績を残された。 その功績により昨年、スポ-ツ界初の文化勲章も受賞している。 古橋翁は、昭和3年静岡県浜松市に9人兄弟の3番目として生まれた。 昭和21年日大水泳部に入部、第1回国体400メ-トル自由形に優勝を皮切りに、昭和23年の日本選手権400,1500メ-トルで世界新記録を出した。 この大会は日本が敗戦により、ロンドン大会に招待されなかったため、日本水連がロンドン五輪と同じ日程で行った大会である。 古橋翁は、神宮プ-ルで行われた400と1500メ-トル自由形で、見事に五輪での優勝タイムを破って見せた。 このときの記録が、幻の世界記録といわれた所以である。 翌昭和24年、日本水連は国際水泳連盟に復帰、古橋翁は同年8月ロスアンゼルスで行われた全米選手権に出場した。 1500メ-トル自由形の予選で、従来の記録を1分も短縮した18分19秒という世界新記録をマ-クした。 この時から「フジヤマノトビウオ」と全米中のヒロ-となった。 古橋翁の凄さは、人並みはずれた努力家であったことだ。 実は、昭和18年まだ無名な少年であった戦中、勤労動員での作業中に事故に合い、左手中指の第一関節から先を失ってしまったのである。 この事故で、競泳選手としては致命傷の背びれの一部を失ってしまったのである。 しかし古橋翁は猛練習でそれを補った。 「魚になるまで泳げ!」 これは、古橋翁が指導者として後輩に掛け続けた深く温かい言葉である。 ご苦労様でした古橋翁! ありがとう古橋翁! さて、昨日行われた日本男子ゴルフツア-のサン・クロレラクラシックで、17歳のプロゴルファ-石川遼選手が、今期2勝目、通算4勝目を挙げた。 初日からトップを譲らない、完全な勝利であった。 首位で迎えた最終日は、昨年賞金王の片山晋吾らの猛追に重圧をかけられ、特に後半はオ-ストラリアのブレンダ-・ジョ-ンズとの一打を争うマッチレ-スを展開し、最終ホ-ルで見事にバ-ディ-を決めて彼を振り切った。 この少年は憎めない。 優勝インタビューで、涙をこらえながら、まずジョ-ンズ選手に触れ「ジョーンズ選手は素晴らし選手だ。彼が居なかったらこんなに良いゲ-ムは出来なかったし、優勝もできなかった」と敗者を称えたのである。 通常なら、かなり「キザ」な言動であるが、石川遼選手は何と本気なのだから憎めない。 17歳の無垢な心が輝いて、眩しい。 ジョ-ンズ選手は外人選手で、日本は敵陣(アウェイ)である。 まして日本中が期待する17歳の新星石川遼選手との一騎打ちである。 あの場面では日本人ならほとんど全員が、この少年?を勝たせたいと応援しただろう。 後半の17番ホ-ルで、ジョ-ンズ選手がバ-デ-パットを外すと、思わずパラパラと小さな拍手がハッキリ聞こえた。 でもジョ-ンズ選手は動作を一時止めただけで、その後も冷静なプレイを最後まで続けていった。 そんなジョ-ンズ選手の態度にも、純垢な石川遼選手の心が共鳴を起こしたのだろう。 思えば、先月の全英オ-プンで、初めて憧れのタイガ-ウッズと同組でプレ-した。 一日目はタイガ-を上回る2アンダ-で回り、2日目折り返しまでは予選通過可能な状態でプレイしていた。 ところがタイガ-が乱調で、なかなか思うようにスコアが伸ばせない。 遂にこの王者が、クラブを叩きつけたり声を上げて、こらえられぬ怒りを出してしまった。 これで崩れたのが、タイガ-ウッズだけではなく、石川遼選手の方であった。 「あれよ?あれよ?」と言う間に、スコアを乱し、予選通過まで逃してしまったのである。 野球評論家の張本勲さんが、某テレビ番組の中でこの件に触れ、タイガ-ウッズの言動に強いクレ-ムをつけていた。 張本氏は常日頃辛口で有名であるが、真実を見抜いていてこれこそ一流のスポ-ツ解説者の証拠である。 最近の同番組での張本氏は、石川遼選手に触れ、あの全英オ-プンのタイガ-ショックにより、当分石川選手は勝てないだろうと予想発言していた。 そんな若き少年の心のショックを癒してくれたのが、昨日のジョ-ンズ選手のフェアな態度ではなかっただろうかと思う。 もはや、ウッズショックは消え去ったと言えよう。 ともあれ、誰でもあった純粋無垢な「少年のこころ」。 その穢れのない少年が石川遼選手で、自身の夢幻が現実として出現してきたのである。 自分の果てし得ず、失ってしまった大切なものが、石川遼選手の言動すべてにあるのである。 「爽やかで眩しい」。 いつまでも真っ直ぐ伸びて欲しい若木である。 おめでとう!石川遼選手!