三鷹、聞いたか、吉祥寺、二子玉川 and Shibata

2019/11/29(金)08:56

写真の町シバタ 2019  #2 スライド上映コンサート

Shibata(581)

11月4日にスライド上映コンサートがあるというので、 市民文化会館での古武道 KOBUDOのコンサートのあと立ち寄りました。 スライドとともに、ギター演奏やトークが繰り広げられました。 今年で3年目だそうです。 暗い中で浮き上がる昭和の風景です。 川幅が狭かった(だから水害になった)頃のなつかしい風景です。 我が家にも、スバル360に乗って花見に行った写真が残っています。 戦災とは無縁の町で、のんびりしていたようです。 市内にあるもう一つの写真館は、白ペンキで鼻筋を修正していました。 昭和30年代、下駄とサンダルです。 新潟と言えば田中角栄ですね。 桜を見る会にさそって、税金で飲み食いさせることはなかったことでしょう。 安倍はこの金権政治家以下ですね。 当地では、田中を訴追した稲葉法務大臣の選挙区でした。 田中の地元の長岡市の公共投資額が、近隣の県のそれよりも多かったこともありました。 田中が失脚してから相当立ちますが、長岡では相変わらず談合が行われています。 観音開きのお車ですね。 この野球場で寺内タケシのエレキギターショーを見ました。 落ちぶれていたあいざき信也が前座を務めていたのに驚きました。 アイドル時代末期の1980年からは寺内タケシの許でバンドボーイとして修業。当時は本人の気まぐれと発表されたが、実際は渡辺プロダクションが与えた「試練」だった。寺内の下には複数のバンドボーイがいたが、軍隊の如く規律や上下関係が厳しく、彼に認められてバンドボーイを卒業するまでの1年あまりは、休みもなく、辛い下働きの日々を過ごした。その代わり、寺内は卒業に際して「よく頑張ったな」と、あいざきを労ったという。 (ウィキ) 原亜由美プロジェクト実行委員長ですね。 おじさんの方は、大学の先生?失念しました。 写真を提供した方にも、インタビューしていました。 文化財保護の大切ですが、庶民の生活の記録を残し まちの記憶保存するこうした試みも貴重だと思います。 飲食の売店も出ていました。 ビールよりもコーヒーの気温でした。 続きます。

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