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三鷹、聞いたか、吉祥寺、二子玉川 and Shibata

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家族

2022.05.08
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カテゴリ:家族
今日は母の日です。

愛方にはあじさい(伊予獅子てまり)が届きました。





母には、こちらです。





夜は仕出し弁当です。





はまやさんの華やぎ弁当ですが、4月から100円値上げで1700円です。
ごはんは鯛めしでした。
別に鯛のお刺身を買って、お酒をいただきました。

宴会需要は相変わらず低調で、最近法事の小さな会食があったそうです。






Last updated  2022.05.08 21:37:25
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2022.05.04
カテゴリ:家族
今年の連休前半は、曇りや雨で今ひとつでした。
晴れても風は冷たく気温は16度と4月上旬並みです。

そんな中、親戚の三回忌がありました。

亡くなったのがコロナ発生の初期で息子さんだけの葬儀でした。
四十九日は、少し落ち着いたので何とかできました。
一周忌はコロナの波に見舞われて2度延期して、結局中止となりました。

緊急事態宣言もマンボウも終って、この度ようやく三回忌を開催です。
施主はじめ半分くらいの参加者は、東京からです。
故人のひ孫も参加です。

本家のお寺でもある住職の法話を聞きましたが、ちょっと?でした。
三途の川や閻魔大王、地獄など死後の世界の話をとくとくとして、長くて退屈でした。
輪廻転生なんて真顔で語られるとひいてしまいます。
徳を積めばあの世で幸せになれるだなんて、仏教は民衆支配に都合のよいイデオロギーと感じました。
あたかも無知な子供に話すような口ぶりも気に障ります。

おまけに、よその家の法事の話ややってない一周忌の話もやるものだから、めちゃくちゃでした。
40歳代ですから故人のことも知らないでしょう。
更に、ボランティアで刑務所で囚人相手に説教していると自慢話です。



お顔も背格好も声も話し方も、この俳優に似ています。

最後に、読めない(意味が分からない)お経をみんなで読むことが功徳になる、故人も喜ぶとわけのわからない話です。
こういう時、マスク姿は助かります。

うちのお寺の住職のように、何も言わないで有難い?お経を読むだけの方が、まだましです。

母も参加する予定でしたが、体調が悪くてドタキャンです。
7万円ほど包んで、私ひとり参加しました。

終了後の会食はなく、お弁当をいただきました。
東京の様子なども聞きたかったのですが、少し残念でした。









帰宅後しばらくすると、母にとっては姪の姉妹が心配してたずねて来てくれました。
久しぶりに身内と話せてよかったようです。

普段なかなか会えない人と会えるというのが、法事のメリットかなと思っています。






Last updated  2022.05.04 00:00:06
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2021.10.14
カテゴリ:家族
母の腎臓の調子が悪化しつつあるので、かかりつけ医から専門の病院をいくつか紹介されました。
現在の稼働率は10%程度で何もなければ問題はありませんが、風邪などで負荷がかかった場合はあぶないとの診断です。
さっそく紹介状をいただいて向かったのが、県立新発田病院です。
昔は二の丸にあったので二の丸病院と言われていましたが、今は駅前の大倉製糸の跡地に移転しています。




個人病院と違って公立病院は、自助が基本ですね。
体重、身長、血圧、体温などは自分で測定です。
広いので車いすに乗ってもらって移動です。

ご担当は女性の医師でした。
今後の処置の選択肢を説明されて、採血と採尿をして今日のところは終了です。
糖尿腎症だと思いますが、やはり、まずは検査ですね。
検査結果の説明は1週間後です。

料金は27,660円で、個人負担は2,770円でした。






血液透析、腹膜透析、腎移植とありますが、なにもしないという選択肢もあります。
それは腎臓の寿命が死という事です。
高齢なのでそういう選択もあり得るという話をされました。

まあ、まだ元気なので今より悪化したら血液透析かなど漠然と思っています。
最初は通いで最後は入院です。

長生きしたならば、今の母の姿は私の未来かもしれないと思いながら、家路につきました。






Last updated  2021.10.14 00:00:12
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2021.10.01
カテゴリ:家族
息子の誕生日を祝って、バースデーランチです。
と言っても彼は現在海外赴任中。
彼の地のコロナも落ち着いたようで、ロックダウンが解除されて一時帰国も話もなくなりました。
元気にフットサルをしている写真を送ってきました。




我々が遊びに行くのは、まだまだ先のことになりそうです。

さてバースデーランチの方は、新発田フレンチのモントルーです。
いつものハーフコース(税込み1650円)です。




生ハムのパスタ。
キールで乾杯です。




カニのポタージュです。
前回からずっと同じ?と尋ねたら、この間ミネストローネ、ビシソワーズと変ったそうです。
少しクセがあって家内は苦手なので私がいただきました。
予約の時に言っていただいたら、変更しますとのことでした。





メインは、ふたりともサーモンにしました。
きのこのクリームソースとバルサミコでおいしかったです。
実は、昨夜鮭の味噌漬けをいただきました。
同じ鮭でも和食と洋食、味わいが違いました。




デザートは、チーズ&ピスタチオ、抹茶、フランボアーズのアイスです。
この日は、台風の影響せいか30度越えの真夏日で、アイス日和でした。





私はコーヒー、愛方はアールグレイにしました。






夫婦ふたりなので、仕切りのアクリル板は取ってもらいました。
CO2検知器が設置されていました。
おしゃべりすると上がる?と愛方。
呼吸でしょう。
一定値を越えたら、換気するそうです。






Last updated  2021.10.01 00:00:09
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2021.06.23
カテゴリ:家族



天声人語の筆者は女性?と思ったら、この日は代筆でした。
ベテランの男性記者が書くこの欄ですが、そろそろ女性が担当してもよいのではと思ってしまいました。

最後の「上司はともかく友には恵まれた。」の一文が、気になりました。
私が仕えた人は、「仕事は楽しく、厳しく」でした。
私は「仕事は楽しく、労働契約の範囲内でやってもらえればそれで十分。体をこわすなんてとんでもない。」という考えでした。
もうすぐ夏休み、有休がとれていない人はなるべく休むようにと、7月に入れば夏休み表をまわしていました。
いい上司?いや普通の上司でしたね。
いちばん嫌な仕事は、人事考課でした。








Last updated  2021.06.23 00:00:08
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2021.04.10
テーマ:海外生活(7608)
カテゴリ:家族
昨年海外赴任した息子から新居に引っ越した旨の連絡が来ました。

年末に出国して、2週間程度のホテル隔離。
その後ホテルに仮住まいして、ようやくアパートを借りて落ち着いたようです。









高層アパートのようですが、住所からすると40階くらいのようです。













1LDKの家具付きアパートで、引っ越したばかりなので生活感はありません。
モデルルームのような趣です。
ひとり暮らしなら十分な広さでしょう。

私が香港で借りていたアパートは3LDKでしたが、二部屋は完全に空き部屋(家族の来港用)でした。

クリムトの接吻は、誰の趣味なのでしょう。
私なら、マチスがいいです。





愛方は早く遊びに行きたいと言っていますが、しばらくは難しそうです。






Last updated  2021.04.10 12:00:09
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2021.01.06
カテゴリ:家族
GO TO 緊急歯科

年の暮れの夕食で、唐揚げを食べた愛方が、けげんなお顔です。
どうも歯にあたって、調子が悪くなったようです。
前月から治療中でしたが、よりによって年末に悪化です。

年末年始の緊急医療体制を確認すると、31日から3日まで臨時の診療所が開設されます。
31日からなので、30日は空白日です。
1日我慢して31日に診てもらいました。
当番の若い歯科医師にぐらぐらするところを固めてもらって、抗生物質を処方されて3000円でした。

数年前の私のように痛むわけではないですが、片方でしか噛めない、酢がしみると不具合があります。
硬いおせんべいもNGです。
そのせいか、体重はやや減です。
こういうのも怪我の功名というのでしょうか。

開いててよかった緊急診療所です。
コロナ対応の内科の方とは分けられていたそうです。





GO TO 海外赴任

暮れに赴任のあいさつに来た息子は、PCR検査後大晦日のANAのフライトで赴任です。
到着は元日深夜。
現在ホテルで1週間の隔離中です。
今のところ異状なくまもなく隔離解除された後は、別のホテルに宿替えして1か月くらいの仮住まいです。
船便の荷物待ちですね。

今は雨季のようですが、気温は25~30度。
雪の当地からすると、うらやましい気温です。

お正月休みはなく、2月上旬の旧正月まで休みなしです。

愛方は、早くコロナが終息して遊びに行くのを楽しみにしています。






Last updated  2021.01.06 18:33:46
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2020.12.07
カテゴリ:家族
海軍兵学校、日露戦争、ワシントンとロンドンの軍縮会議、三国同盟、日米開戦、ニューギニアでの戦死までが、描かれます。

山本は、欧米の実情を知る軍人、戦争には消極的だった、軍命によってやむを得ず真珠湾攻撃を行った、
部下思いの軍人だったと肯定的に描かれています。
要所要所で、自分の思いを堀に手紙で伝え、それを裏付けにしています。





日米開戦、真珠湾攻撃が注目される山本ですが、日米対立の原因である中国やアジアへの侵略戦争についてはどうだったのでしょう。
その辺も知りたいと思いましたが、航空兵力を育てたという先見性だけが強調されていました。

「それは是非やれと言われれば初め半年や1年の間は随分暴れてご覧に入れる。然しながら、23年となれば全く確信は持てぬ。三国条約が出来たのは致方ないが、かくなりし上は日米戦争を回避する様極極力御努力願ひたい」(近衛日記)


山本が近衛首相に語った言葉ですが、やはり海軍は1年は戦えると誤解を与えてしまった軽率な発言のように思えます。
GDP比で20倍の国と戦争しても到底勝てない、必ず負けると進言すべきでした。

博打好きの山本ならではの発言と言う事では、済ませられません。

また、真珠湾で一撃を加えれば米国は戦意喪失と考えたのも、米国人気質を知らない無知な思い込みでした。
結果は全米一丸となって日本との戦争にまい進させることになりました。
その帰結が、広島、長崎への原爆投下でしょう。




米国は経済力、軍事力で優れていますが、それ以外にも優れた点を指摘していました。

1.各会戦ごとに総括を行い、相手と自軍の長所や短所を比較し、足らざるところを補っている。
 日本は、反省も総括も行わない。
2.真実を明らかにして、記録を残している。
 日本は撃沈されたことを隠したり、米空母が大破なのに撃沈と偽った報告をしている。
3.当初パイロットは日本軍より技量が劣っていたので、ベテランパイロットを教育に当たらせて継続的にパイロットを養成する体制を整えた。
4.海軍兵学校の席次重視の日本と違って、配属後の実績によって評価し、年功序列をではなく実力主義の人事を実施。
 ニミッツは、少将から20人以上を飛び越して大将、司令官に抜擢。
 真珠湾攻撃で第2次攻撃を行わず失敗した南雲を、再度ミッドウェーで登用し大敗北した。

などですが、今に通じるものもあって、とても興味深かったです。

番組で海上自衛隊によるミッドウェー海戦の追悼式の様子が放送されましたが、とても違和感を感じました。
あたかも、海上自衛隊が旧日本海軍の後身であるようにふるまっていたからです。
そう思っているのなら、そんな必要もなく、やるべきではなかったでしょう。

折に触れて、再放送してもらいたい番組でした。


PS:
書籍化されていて、目次は次の通りです。

   第一部真珠湾への道
第一章 二人の青年

(一)山本五十六と堀悌吉
(二)初めての戦争体験
第二章 西欧文明と邂逅
(一)堀の海外体験と戦争観
(二)山本がアメリカで見たもの
第三章 海軍の組織的問題
(一)軍縮と海軍
(二)海軍内に広がる亀裂
(三)海軍から去る堀
第四章 海軍航空にかける想い
(一)航空兵力の充実
(二)日米開戦に向かう日本
(三)連合艦隊司令長官として
(四)絶たれた戦争回避の道

二部遺された手紙

   第五章 真珠湾攻撃と日米開戦
(一)真珠湾攻撃
(二)アメリカの反応と山本の誤算
(三)来たる空襲を懸念する山本
第六章 反攻に出た大国アメリカ
(一)ニミッツの奇襲
(二)珊瑚海海戦
(三)ミッドウェー海戦
(四)ガダルカナルでのアメリカの反攻
第七章 ブーゲンビルに死す
(一)山本の最期
(二)山本が遺したもの
(三)堀悌吉の戦後











Last updated  2020.12.07 12:00:07
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2020.12.06
カテゴリ:家族



郷土の英雄?山本五十六よりもその親友の堀悌吉に興味があって、見ました。
2014年に作られた番組ですが、好評で何度か再放送されているようです。

山本五十六の真実 「真珠湾への道」

山本五十六の実像を示す資料が公開された。山本の親友・堀悌吉が保管してきた遺書や書簡。三国同盟に反対しながらも、真珠湾攻撃を立案していく山本の苦悩が浮かび上がる。 連合艦隊司令長官・山本五十六の実像を明らかにする資料が公開された。山本の親友、堀悌吉が保管してきた多数の書簡。そこには、三国同盟に反対しながらも、真珠湾攻撃を立案していく山本の苦悩がつづられていた。一方、アメリカは真珠湾攻撃を教訓に航空兵力の拡充を進め、ミッドウェー海戦で日本を破る。公開されたアメリカ太平洋艦隊司令部の報告書からはアメリカ軍の戦略が浮かび上がる。新資料で山本五十六、波乱の生涯に迫る

(HP)

山本五十六といえば、映画や小説でもたびたび描かれてきた軍人ですから、皆さんもよくご存じでしょう。その山本を語るうえで、決して無視できない人物がいます。名は堀悌吉。山本とは海軍兵学校時代からの盟友で、二人は昭和181943)年の2月まで、事あるごとに手紙を交わしていました。

これらの手紙を含む貴重な資料の数々は、平成262014)年、大分県立先哲史料館で初めて公開されました。NHKは、新発掘資料をもとに山本五十六の生涯を解きあかす番組を企画。日米双方の専門家にインタビュー取材を敢行し、多面的なアプローチで山本の実像に迫りました。その成果が、平成268月に放映された「BS1スペシャル 山本五十六の真実」です。(NHK出版 粕谷昭大)





二部構成で第一部は、堀悌吉に重きが置かれていました。

山本と同期入校の海軍兵学校32期生、3番で入学し首席で卒業した逸材です。
ちなみに、山本は2番で入学して、11番で卒業。
ともに、日本海海戦に参加し、山本は巡洋艦日進、堀は三笠配属です。
兵学校での成績がものをいう海軍らしい配属なのでしょう。

山本は、この海戦で左手の人差指と中指を欠損、左大腿部に重傷を負います。

堀は敵艦が沈み乗務員が死ぬのを哀れんだそうで、戦争以外に問題解決の手段があるならまずはそれによるべきとの思いを強くしたそうです。
戦争自体が悪であるというのが、彼の持論です。






ワシントンやロンドンの軍縮会議に関係して、海軍内では条約派だった軍人で、艦隊派と対立して中将で予備役となりました。
その後は、日本飛行機や浦賀ドッグの社長を務め、山本の留守家族の面倒を見たそうです。

A級戦犯で終身刑となった嶋田繁太郎が、「堀が開戦前に海軍大臣であれば、もっと適切に時局に対処できたのではないか」
と述べています。

1883明治16年〉8月16 - 1959昭和34年〉5月12日:75歳没

軍歴:1905-34年

ふるさと大分と世田谷の豪徳寺に眠っています。



続きます。









Last updated  2020.12.06 12:00:06
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2020.09.24
カテゴリ:家族



風呂無尽や書籍無尽、旅行無尽は知りませんでしたが、無尽と言うとなつかしい記憶があります。

中身は知りませんが、商売をしていたのでうちも無尽をやっていました。
おそらくお得意様から毎月少額のお金を集めて、まとまった買い物に充当してもらっていたのではないかと思います。

年に1、2度お客さんを温泉旅行に招待していました。
我々家族も同伴です。
カラオケのない時代だったので、宴会の時に父がお客の前でのどを披露していたのをおぼろげながら覚えています。
子どもとしてはちょっと恥ずかしかったですが、歌はうまかったです。

海の見える宴会場で、今から思うと瀬波温泉の大観荘だったと思います。






お客の世代交代で、私が小学校に入る頃にはいつしか無尽はなくなりました。

運転資金は、銀行ではなく国民金融公庫から借りていたようです。
商売を拡げなかったおかげて、借金も残さず廃業することができました。
ただ、在庫の商品は少しですがまだ残ったままで、なかなか捨てられません。


さて、自助共助公助と言ってアベの自己責任路線を継承するスガですが、
彼が生まれ育った貧しい農村にも無尽があったか尋ねてみたいです。






Last updated  2020.09.24 00:00:06
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