オバマ大統領就任演説を聴いて
もうひとつのアメリカの底力 2009年1月20日 アメリカ合衆国大統領にアフリカ系黒人のバラク・H・オバマが就任した。47歳という若さである。 大統領就任演説の全文(日本語&英語)が報道されているが、この演説を聴くと(読むと)その演説の内容の壮大さに深い感銘を受ける。何よりも、現実のアメリカの危機を、資本主義の市場(Market)の暴走にあり、監視を怠たったため制御不能となり、富めるものだけが益々富む社会となったことに起因すると指摘している。それは、一部の者の強欲(greed)と無責任(irresponsibility)に起因すると、はっきりと言い切ったことは、すごいことである。つい数時間前のアメリカの指導者たちとは、質的に異なる価値観で歩み始めることを世界に宣言したことにもなる。そして、その社会の繁栄の指標を、GDP(Gross Domestic Product)の規模で測るのではなく、繁栄(prosperity)がどこまで及んでいるか、その到達範囲に成功か否かを置くべきと述べている。 そして、その祖先の人々の歩んできた歴史を旅(journey)にたとえ、Our journey has never been one of short-cuts or settling for less. It has not been the path for the faint-hearted,for those that prefer leisure over work,or seek only the pleasures of riches and fame. 先人たちの旅には近道も妥協もなかったし、勤労よりもレジャーを好み、富や名声の快楽をだけを求める臆病者の道ではなかった、と。むしろ、彼らは、危険にさらされることを厭わぬ者、実行する者、物を作る者たちである。有名になった者もいたが、たいていは目立たぬ日常のなかで懸命に働く男女たちである。彼らが、繁栄と自由の長く険しい道へと私たちを導いてくれたのだ。そして、繁栄と自由は、このような先人たちのたゆまぬ努力によって獲得されてきたものであり、与えられたものではない。先人達が成し遂げたのだから、我々も必ずこの難局を乗り越え新しい社会を創り上げることが出来る。All this we can. All this we will do. そして、すでに足元で大地は動いている、と言い切っている。 What the cynics fail to understand is that the ground has shifted beneath them, that the stale political arguments that have consumed us for so long no longer apply. 新自由主義者たちが死守してきた陳腐な議論・思想と決別することを高らかに宣言している。 But our time of standing pat, of protecting narrow interests and putting off unpleasant decisions - that time has surely passed.昨日までの狭い利害のなかにとどまることを今こそ拒否し、アメリカの再生に奮い立つべき時が来た。Starting today, we must pick ourselves up, dust ourselves off, and begin again the work of remaking America. 黒人で初の44代・オバマアメリカ大統領の誕生は、人類歴史の歩みを人民の側へ一歩すすめた記念すべきことであるにちがいない。 アメリカの国民の底力のすごさだ。民主主義的に訓練された人々が国民のなかに大きなうねりとなって存在していることの証明だ。さすがアメリカ!民族のエネルギーの混沌、狂乱。民族のるつぼアメリカ。ますます面白くなるアメリカの歴史だ。 オバマ大統領の演説が今後どう実現されていくかは、まだまだ曖昧模糊としている。困難な道のりになるであろう。しかし、アメリカ国民には、その道を切り開く底力がある。エネルギーがある。それが苦難に満ちていようとも、必ず切り拓く。それがアメリカだ。 日曜日の朝・民放テレビに田原総一郎の「サンデープロジャクト」という番組がある。 1月25日のその番組に、オバマ政権の経済担当のブレインであり、ノーベル経済学賞の受賞者でもあるクルーグマン博士が登場した。田原総一郎キャスターは、「100日してもアメリカ経済に変化が出てこなかった場合、オバマ人気にかげりがでてくるのでは。今後の経済の見通しは?」などを質問した。クルーグマン博士は「100日では、何をやろうとしているかの政策は少しづつ明らかになってくるだけだ。むしろ景気は悪くなっている。アメリカ国民は忍耐強く待つ。2年間では景気は回復しない。どう進むべきかの道筋が具体化されてはくるが。」更に、住宅の値下がりにいつ歯止めがかかるかという質問には、「アメリカの住宅不況は、今現在まだバブルであり、今後さらに値下がりする。オバマの政策は4年後ぐらいに具体的に景気への影響を及ぼであろう。」というような意味のことを答えていた。長い道のりが必要であることを述べていた。更に「アメリカ国民が消費に駆り立てられ、世界の経済の景気を支えてきたのだ。中国の好景気は、アメリカの消費によって作り出されてきたものだ。その意味で、この経済危機はグローバルな問題であり、アメリカが消費をささえないでも繁栄する経済の仕組みをつくりあげて、好転させていくには、時間がかかる」とまで言い切っていた。この発言は、これからの世界経済(日本経済のことでもある)のあり方を示すものとして、意味深い。 ところで、日本の麻生首相は、このオバマ大統領の演説について、記者団に次のように述べている。「経済危機に関する認識が一致している。国民の潜在力を引き出す手法も基本的には同じ。こういう感じであれば、世界一位、2位の経済大国が一緒に手を組んでやっていけると改めて確信した」と。余りにも恥ずかしい日本の首相の発言。この人、本当にオバマ大統領の演説聞いたのかしら?深く読みこんだのかしら?経済危機に関する認識など日本の首相とは全く一致していない。むしろ反対なのだ。経済成長率に対する考え方も全く相容れていない。麻生首相は、経済が回復したら消費税をあげることを強く主張しているが、経済の回復の指標も、多分、これからはアメリカとは全く異なるものになる。アメリカの後追い、真似だけで生きている自民党には、このオバマ大統領の演説は理解不能なのだ。麻生首相は、日本の経済はアメリカに比べ、経済危機からのダメージが少なく、日本人はもっと日本に誇りを持つべきとさえ言っている。日本の経済界でさえ、もっと厳しい認識をしているというのに。先日、トヨタの新しい社長になる予定の豊田章男氏は、記者会見で「自動車産業が市場に必要とされているかどうか、もう市場からは出て行けといわれているのかどうかの点にまで踏み込んで、今後の方針を考えなければならない」と言っていた。日本のリーディグ・カンパニーのトップの認識にくらべても、麻生首相には、今回の経済危機は全く対岸の火事、他人事なのである。 私たちも、大地を動かすべき時だ。 ここで日本は、アメリカに、日本の憲法のすばらしさ、世界に誇る日本の憲法の先進性とその歴史をオバマ流に壮大に語って、論陣をはり、独自の国のありかたをアメリカに主張することが必要だ。日本の先人達が、いのちを賭して勝ち取って来た、人権や平和の理念がそこには刻まれている。いまこそ、日本の立場をきっぱりと主張し、相手にその道理を認めさせる外交を展開すべきだ。アメリカだけが、人権や法のもとでの自由を獲得して繁栄を築いたのではない。オバマ大統領は、その自国の先人たちの苦難の道に学び、奮い立てよ!と国民を鼓舞しているが、どの国にも独自の人権の道のりがあり、アメリカが世界の唯一の物差しではないことを知るべきだし、その上で、外交を展開すべきだ。そうすれば、世界の戦争や貧困はもっと異なる様相で解決へとむかうはずだ。そのためにも、日本はもっと毅然と物申す時がきた。 オバマ大統領の就任演説は、壮大で格調高い。とりわけ、英語で聞くと思わず、その力強いリズムに引き込まれる。英語ってこんなに美しい言葉だったっけ、と浅薄な知識の私めも感銘をうけた。そのスピーチ・ライターのチーフが27歳の青年とはまたまた素晴らしい。