極限
今、自分が 「 あす確実に死ぬ 」 という極限に立たされた時、人はどういう状態に陥るのだろう。夢や希望はもちろん恋人や家族など大切な人すべてを失うという現実。罪負い死刑になるわけでもなく、ただただ国のために命を捧げる、そんな極限にある命。考えたことがあるだろうか。戦時中の兵士たち、若かりし特攻隊員たちが、どんな思いで米軍機に突っ込んで行ったのかを。*できることなら・・生きたい!と、どんなに強く思っても直面する現実は、国のために死にに行かなくてはならないなんて。愛する人に会 い た い 、触 れ た い 、話 し た い 。それすら叶わない現実。自ら国のために自爆する瞬間。いったいどんな思いで、何 を 願 い 、何 を 叫 び 、死んでいったのか。しかし、どんな時代に生きようとも、たとえ確実に明日死ぬとしても、人間である以上願うのはただ一つ。「 生 き た い 」それだけなんだと思う。*そんな時代に生まれてこなくてよかったと、心のどこかでわたしは思ってしまう。明日は必ずくるものだと思ってしまう。いえ、そんなことすら考えていない。生きている、命があるという価値にすら、気づいていない現実。生きている以上、どんなに些細なことにでも、感ずる心はあって当然。 でも、ヨ ワ イ よ 。コ コ ロ が 。ニ ン ゲ ン が 。私たち現代人は。あの頃の人たちよりも、圧倒的に。私は今、夢を追っている。そのためには甘っちょろい心ではいかん。時には自らを極限に置いてみる、そしてこの命の尊さを重んじる。そんな姿勢も大切だと思う。今、普通に呼吸しているということ。生きているということ。明日という未来があるということ。その、何気ない日常。*極限にある命。その切羽詰った「 いま、生きている 」 という思い。この感覚を、自らに当てはめてみること。他者の他者たるゆえんを寛大に歓迎し、普通の日常に、感謝すること。すべては人の心のなかから生まれる。