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かりん御殿

多言語育児1

【手結川家・多言語体験談】
**手結川敦仁編*第一章**

《一歳から四歳まで》
長男は一歳半の時に上海から英国に来た。
私は長男とは基本的に日本語(状況によっては中国語)
また夫は日本語・普通話(中国標準語)・上海語・英語を気分次第で使っていたが
夫の両親と同居で夫の姉達もほぼ毎日遊びに来ていたので
何と言っても中国語が家庭の主要な言語だった。

バイリンガル育児の影響か長男の発話は
「パパ」「ママ」が出てから暫くは全く発展が無く
一歳半でようやく話せた言葉は
「ナィナィ(祖母)」「イェイェ(祖父)」「クークー(おばちゃん)」
「好(ハオ)」そして皆で集まる際に得意になって言う「乾杯」くらい、
この時代、絵本の読み聞かせ(日本語)も始めていたが全く興味を示さず
私が中国語の絵本を長男より1歳年上の姪っ子に読んでやっている時も
ブロック(レゴ)等他の遊びをしていた。
童謡のビデオにも興味は示さず
むしろ姪っ子の方が興味を持ち中に出てくる歌も歌える様になったほどだ。

英国に来てからも
あの手、この手で絵本の読み聞かせ(日本語)をしたが
全く「笛吹けど踊らず」状態だった。
ストーリー性のある絵本は全然受け付けず
絵を見るのは好きな為か眺めはするのだが
「読んで」と頼むのは気に入った場面のみ。
反面、対象年齢が上の恐竜や怪獣関係の本は大好きだったので
何もしないよりはマシか....?と
「絶対理解していないだろうなぁ」と思える様な文章を
要求されるままに繰り返し読み続けるという時期が続いた。

発話面では
中国語は親の会話を聞くのみで口に出す事は全くなくなり
日本語も暫くは低迷していた。
英語については
習い事やMother & Toddler Groupを通して
英語で話さなければならない友達もたくさんできたものの
二語文が喋れる様になったのは、2歳3ヶ月で
Playgroup(親の付き添い無し・2時間半・週5日)に行き始めてから。
その後3歳の時
国際結婚カップルや海外駐在経験を持つ英国人や駐在家族が多い
国際色豊かでバイリンガル教育に理解のあるロンドン西南部から
同様にミドルクラスながら
あまり人の動きがなく(親の世代から近所に住んでいる人が多く)
国際経験は旅行が中心・外国語は片言止まりという
モノリンガル英語話者が大多数の村に引越した。

ここには既に旧友(日本人)が住んでおり
友人のお子さん(長男より一歳・三歳年下)達と
大の仲良しとなった長男の日本語力は断然アップした。
二年前、国外に引越していってしまったが
今の長男の日本語の基礎は
この友人家族が作ってくれたと言っても過言ではなく大変感謝している。

そして数ヶ月、地元のPlaygroupに通った後
3歳10ヶ月でクラスで唯一の非英語話者として
公立小学校付属のNursery(=幼稚園・週5日2時間半)に通い始めたが
すぐに担当の先生から
1対1で話せば解るがクラスに向けての指示がよく理解できていないので
家庭でも英語を使ってくれないか、と言われた。
その提案は受け入れられなかった為
妥協案として、家庭で英語学習を徹底的にサポートする事を約束したが
実際は、我が家でも既に英語のサポートに腐心していたので
思わず「これ以上どうすれば、いいんだぁ~?」と暗い気持ちになった。

ところが、長男は、いつのまにか、Nurseryの影響で
今まで殆ど拒否していた「読み聞かせ」や「童謡」に
次第に興味を示す様になっていたのだ。

Nurseryからは毎日
読み聞かせ用の絵本を借りて帰る事になっていたので
その絵本を英語で読んでやった後
日本語で説明したり内容について喋ったり
一緒に英語の童謡ビデオや児童番組を見ている時に
「~(英語)の意味解った?~って事だよ。」と
日本語で積極的に補足した。

これが役に立ったかどうかは不明なのだが
2ヶ月くらいでNurseryの先生から「もう英語に問題は無い」と言われた。
何とかサバイバル用の英語は習得した、という事だと思う。

昨年、次男がNurseryに通い始めた頃、長男は
「僕の英語はね、Nurseryで勉強したんだよ。」
「うまく言えなくて悔しかったから頑張ったんだよ。」
「弘治(弟)も、もっとtoughにならなきゃ駄目だよ。」
「闘わなきゃいけないんだよ。逃げちゃだめなの。」等と言っていた。
当時の次男の様に
「学校(幼稚園)きらい。先生怒っちゃうの。学校行かない。」と泣く事も無く
毎日ニコニコ通っていた長男だが、やはり苦労していたのだろう。

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