法学セミナー編集部 編『司法試験の問題と解説 2015』の誤り
平成27年短答式試験問題[憲法]〔第20問〕ウ.地方公共団体は,地方自治の本旨に従い,その財産を管理し事務を処理し及び行政を執行する権能を有し,その遂行のためには,その財源を自ら調達する権能を有することが必要であるから,地方自治の不可欠の要素として,課税権の主体となることが憲法上予定されている。【解説】正しい判例は以下のとおり判示している(最大判平成18年3月1日民集60巻2号587頁、平成12年(行ツ)第62号、平成12年(行ヒ)第66号、国民健康保険料賦課処分取消等請求事件)。「国又は地方公共団体が、課税権に基づき、その経費に充てるための資金を調達する目的をもって、特別の給付に対する反対給付としてでなく、一定の要件に該当するすべての者に対して課する金銭給付は、その形式のいかんにかかわらず、憲法84条に規定する租税に当たるというべきである。市町村が行う国民健康保険の保険料は、これと異なり、被保険者において保険給付を受け得ることに対する反対給付として徴収されるものである。前記のとおり、被上告人における国民健康保険事業に要する経費の約3分の2は公的資金によって賄われているが、これによって、保険料と保険給付を受け得る地位とのけん連性が断ち切られるものではない。また、国民健康保険が強制加入とされ、保険料が強制徴収されるのは、保険給付を受ける被保険者をなるべく保険事故を生ずべき者の全部とし、保険事故により生ずる個人の経済的損害を加入者相互において分担すべきであるとする社会保険としての国民健康保険の目的及び性質に由来するものというべきである。したがって、上記保険料に憲法84条の規定が直接に適用されることはないというべきである」上記解説は最大判平成18・3・1民集60巻2号587頁(旭川市国民健康保険条例事件)の判決文を引用していますが,そこから直ちに本肢の内容を読み取るのは困難なのではないでしょうか。この点,最判平成25・3・21民集67巻3号438頁(神奈川県臨時特例企業税事件)は,「普通地方公共団体は,地方自治の本旨に従い,その財産を管理し,事務を処理し,及び行政を執行する権能を有するものであり(憲法92条,94条),その本旨に従ってこれらを行うためにはその財源を自ら調達する権能を有することが必要であることからすると,普通地方公共団体は,地方自治の不可欠の要素として,その区域内における当該普通地方公共団体の役務の提供等を受ける個人又は法人に対して国とは別途に課税権の主体となることが憲法上予定されているものと解される。」と判示しています。したがって,本肢の正誤の根拠としては,旭川市国民健康保険条例事件判決よりも神奈川県臨時特例企業税事件判決の方が直截的であるため,最も適切な判例を指摘できていないという意味では,上記解説は誤っていると思います。ちなみに,本問の解説の執筆者は,本問について以下のようにコメントしています。判例の基本的知識を問う問題であるが、出題されている判例は判例百選にも掲載されている基本的な判例であり、法科大学院教育と整合し、出題は適切である。神奈川県臨時特例企業税事件判決は,判例百選にしっかりと収録されている判例です(長谷部恭男・石川健治・宍戸常寿 編『憲法判例百選Ⅱ』[第6版](有斐閣,2013)442頁)。さらに付言すると,本問の肢アから肢ウまでの3つの肢の正誤の根拠となる最高裁判例は,すべて判例百選に掲載されているものです。それにもかかわらず,本肢の正誤の根拠として判例百選の中から不適切な判例を選択して指摘し,最も適切な根拠判例を的確に指摘できないというのは,法科大学院で教鞭を執る現役の実務家教員として如何なものでしょうか。それでは。