鑑みる
私はいわゆる“日本語警察”ではないと自分では思っているのですが,それでもやはり少々気になってしまいます。少なくとも法律家や司法試験・予備試験受験生や法科大学院生の方々からは,多少なりとも共感が得られるのではないでしょうか。鑑みる/鑒みる【意味】手本,先例などと比べ合わせて考える。【例文】現状を鑑みるに…。【語源】鏡などに映してみる意の「かがみる」の変化。(林 巨樹 監修『現代国語例解辞典』(小学館)参照)「鑑みる」は,判例ではよく使われている言い回しであり,今年の最高裁判例においても使用されています。「このような同項の趣旨及びその保護法益に照らすと,(中略)と解するのが相当である。そして,上記のような薬事法66条1項の趣旨及びその保護法益に鑑みると,(中略)客観的に判断するのが相当である。」(最高裁判所第小法廷令和3年6月28日決定(平成30(あ)1846 薬事法違反被告事件))(太字,下線は筆者)「照らす」にも「見比べて確かめる。参照する。」という意味があり,この決定文では,「鑑みる」と「照らす」は同じような意味合いで使われています。ところで,昨年から今年にかけて,関係各所からの下記のような声明を頻繁に目にするようになりました。「この度は,新型コロナウイルス感染症拡大の状況を鑑み,イベントの開催を中止することとなりました。」最近では,このようなアナウンスも最早お馴染みの措辞になりつつありますが,この声明では「状況を鑑み」と表現されているところ,「鑑みる」の前に付く格助詞は「に」が日本語としては正しいとされています。そして,それは「鑑みる」の語源が鏡などに映してみる意の「鏡みる(かがみる)」が変化したものであることに照らすと納得できます。ところが,私が参照した国語辞典には「現状を鑑みるに…。」という例文が挙げられており,文法的にはさておき,「…を鑑みる」という表現があながち誤りではないようにも思われます。個人的には,上記のような判例(判決文,決定文)のほか,公文書(公文書等の管理に関する法律2条8項参照),学校の試験や資格試験などの正しい日本語を使わなければならない場面以外では,文章の意味が通じればよいと考えているので,「…を鑑みる」という言葉遣いを取り立てて誤用だと指摘するつもりは全くありません。文脈から察するに,上記声明での「鑑み」るは,考慮する,勘案する,斟酌する,踏まえるといった意味で使われているのでしょうから,言わんとしていることは伝わるので,あまり問題はないと思います。ちなみに,私が見たインターネット上で紹介されている新型コロナウイルスに伴うイベント等の延期・中止・自粛についての文例においては,一貫して「…を鑑みる」という表現が使われていたので,これが「…を鑑みる」という言い回しが広く用いられるようになった要因の一つなのかもしれません。もっとも,判例においては「…を鑑みる」という表現を見たことがありませんし,「…に鑑みる」に慣れ親しんだ身からすると,上記のような声明を見る度にちょっとした違和感を覚えてしまいます。それでは。