戸松秀典『憲法』・『憲法訴訟』
戸松秀典『憲法』(弘文堂,2015)552頁学習院大学名誉教授の著者による基本書。著者は,故芦部信喜博士の弟子で,旧司法試験の考査委員を務めていました。また,以前は弁護士登録をしていましたが,憲法学の研究に専念するために2014年(平成26年)に弁護士登録を取り消しました。本書は,憲法訴訟論の第一人者である著者が著した概説書であり,「日本国憲法の実情を観察し、それをありのままに描き、憲法秩序が形成されている様相を考察すること」に注力して書かれています(本書はしがき参照)。そのため,本書では,一般的な憲法の概説書とは異なり,日本における憲法の生成過程を歴史的沿革に照らして紹介したり,議論のある論点について学説の対立状況を整理したうえで自説を主張するというようなことは控えられています。その反面,憲法秩序の形成の様相が最も憲法らしく展開している平等原則(14条)および法定手続の原則(31条)については詳述されています。なお,本書では一般的な基礎理論の説明がかなり省略されているため,本書を読む際には,前もって入門書や芦部信喜『憲法』などを読んで前提知識を頭に入れておく必要があります。憲法の実情を判例の整理によって描き出すという本書の叙述スタイルは,現在の司法試験および予備試験の内容に照らすと,その出題傾向に合致している部分が多いと思います。したがって,その意味においては,本書は基本書として有用だと言えるでしょう。ただし,憲法秩序の形成が乏しい人権分野の内容に関しては,他の基本書や参考書を参照する必要があるかもしれません。そしてもう1冊,憲法訴訟論が専門の著者が著した本といえば,むしろ,戸松秀典『憲法訴訟』[第2版](有斐閣,2008)522頁の方が有名でしょう。2000年(平成12年)7月に初版が出版された本書は,日本の憲法訴訟について論じた我が国初の概説書です。憲法訴訟の過程は憲法価値の具体的実現のための過程であるとの認識の下,憲法訴訟の全過程を精緻に分析するとともに,憲法訴訟論の展開とその現実的課題を論じています。判例の詳細な分析を通じて憲法秩序の形成の様相を明らかにし,これからの憲法価値の実現について考察するという著者独自のアプローチの仕方は,上記『憲法』と全く異なるところはありません。本書は,憲法訴訟の制度論(第1編),憲法訴訟の手続論(第2編),憲法訴訟の実体論(第3編),憲法訴訟の機能論(第4編)の全4編からなりますが,司法試験および予備試験との関係では,実体論における憲法判断の方法(第9章),司法審査の基準(第10章),機能論における憲法裁判の効果(第13章),司法の積極主義と消極主義(第14章)などが特に参考になると思います。それでは。