*Muku* Blog

2019/05/16(木)05:40

小説”金魚姫”を読む

本(34)

​      著者; 荻原浩    仕事運にも恋愛運にも見放され、今や自殺願望しかない主人公:江沢潤という若者が、窓越しに聞こえる祭囃子に導かれ近所の神社へと向かう。 金魚すくいの屋台に立ち寄り、狙いを定めた1匹の小さな赤い琉金に自分の明日を託す。 「もしとれなかったら、その時は、この辺りでいちばん高いマンションの屋上へ行く…」  「この世から消えるのは別に怖くない。息をするだけで苦しい毎日から逃れられるのだから。」 でも、琉金をすくい上げた潤は、琉金と赤い水草と水の入ったビニール袋を受け取り、トボトボと家路に戻り途中の古本屋で金魚の飼い方の専門書を買う。 急いで買った[金魚傳(きんぎょでん)著者:長坂常次郎]と書かれた古本は文章だらけの古い書物で、その冒頭に、「金魚の歴史は、今を遡ること凡そ千七百年前、中国の晋の時代を嚆矢(こうし)する。長江(揚子江)水系の深山に棲息するヂイ(中国ブナ)のうちの一匹に、「火の如く赤い魚」が現れた。」と書かれている。 潤は部屋に戻り応急処置として、破局した彼女が残していった大きい広口瓶に温度調節したミネラルウォーターを注ぎ、琉金と一緒に貰った水草を入れる。 「とりあえず仮住まいだ。ひと晩だけ我慢してくれ」 「水道水に残留する次亜塩素酸カルシウムは、紫外線により揮散する。『ひなた水』は誠に心地好い環境を整えてくれる。」金魚傳。   潤は洗面器と鍋に水道水を満たしてベランダに置いた。     「メモリアル商会」という仏壇・仏具販売のノルマ実践会社に籍を置く潤は、斎場や霊園に出向き顧客を獲得しようとするが成績が上がらない。会社員になりたいという強い思いから職種を選ばずやっと就職できた会社が超ブラックだったことに絶望を抱いている。    その夜、潤の部屋の暗闇にずぶ濡れの若い女が現れる。いにしえの時代から時空を超えてやって来たような赤く裾の長い衣装の美しい姫が立っている。  「ど、こ、だ。」姫の唇が動く。  混乱状態の潤は、自分は統合失調症を患って幻覚を見ているに違いないと理解するが恐怖で意識を失ってしまう。 目覚めると姫の姿はなくいつもの朝があり、傍らの広口瓶に昨日金魚すくいで捕った小さな琉金が泳いでいる。 潤はこの琉金に「リュウ」と名付る。でも、前触れもなく現れるずぶ濡れのお姫様との奇妙で摩訶不思議な同居生活も同時に展開されていく。    中国は晋の時代、残虐で恐ろしい運命に命を落とした高貴な男女の悲恋物語を軸に、(怨念と復讐心はさておいて)天真爛漫な赤い琉金のリュウの世話をするうちに心から愛してしまう主人公を切なくユーモラスに描いたとても面白い小説でした。 〈全ては繋がっている〉長坂常次郎の言葉。 「え!」って思える展開がある悲恋物語だけど、とてもさわやかな最終章でした。

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