朝の随想9 -町屋の屏風まつり-朝の随想9 「町屋の屏風まつり」<春の催し、秋の催し> 第一回の「町屋の人形さま巡り」が一ヶ月の開催期間を大盛況のうち終了し私は感無量でした。 しかしやり遂げたという充実感とは裏腹に、気疲れも加わってか体は疲労困ぱいでした。 そんな時、ある参加店のご主人が私に「うちではお客さんにおばあちゃんが説明をしたんだけれども、楽しそうでね、おばあちゃんが若返ったよ。来年もまたやってくれ。だけど一年待つのは長いな。せっかく元気になったうちのおばあちゃんがボケるといけない。秋にもぜひ何かやってくれ」 と言ってくれたのです。 この言葉が疲れてボーとしていた私を目覚めさせ、以前より温めていた『町屋の屏風まつり』を秋に実行しようと決心させたのでした。 春の「人形さま巡り」だけでなく秋にも核になる催しが必要だと思っていたからです。 <町屋の屏風まつりの由来> 村上には屏風の伝統があります。 毎年7月7日の村上大祭は、鎮守の神様の祭礼で、その時どの家も店に屏風を立ててお祭りのしつらえをするので、村上のお祭りは別名「屏風まつり」といわれていたのです。 しかし近年めっきり屏風は立てられなくなっていました。そこで伝統復活の意味も込めて、屏風を町屋の中で展示披露する「町屋の屏風まつり」を思いついたのです。 <厳しい前評価> 村上の伝統の屏風が町屋をみやびに飾り立て、格調高く、さぞかし魅力的な催しになると期待を膨らませていた私でしたが、市民の前評判は厳しいものでした。 「屏風では人は集まらない。」とか「屏風に興味のある人は女ではなく男だ。男の財布にはあまり入っていないだろうから経済効果も期待できない。」と言われました。 さすがにどうなるだろうかと思いながらも、平成13年の9月に第一回「町屋の屏風まつり」は、60軒が参加し、開幕しました。 前評判を覆し、またも全国から大勢の人達が村上にやって来てくれました。一日平均の来客数は「人形さま巡り」を上回る賑わいとなり、3万人もの人が訪れたのです。 <町に誇りを持つということ> こうして「春の人形さま」も「秋の屏風まつり」も、村上に衝撃とも言える「町屋」旋風を巻き起こしました。 町屋に光を当てようと取り組んだ一連の取り組みでしたが、私にとって一番嬉しかったことは、市民の町屋に対する意識が変わったことです。 それまで「うちのは町屋じゃない。ボロ屋って言うんだ。」と言っていた人が、いつの間にか町屋を誇らしげに説明するようになり、市民が町屋に誇りを持つようになったのです。 町屋をはじめ人形も屏風もそれまで相手にもされていなかったもの、それが活性化の起爆剤となり町の誇りとなったのです。 地域にはその町の誇れる文化や自然、特徴がきっとあるのです。 遠くにではなく、近くにこそ求めているものがあり、まちづくりで大切なのは市民が町の価値を見出し「自分の町に対し誇りを持つ」ということなのです。 |