2005/08/31(水)22:24
昨日は血まみれになりました。怖かった。痛かった。
昨日の午後6時12分頃、私は帰宅途中でした。
29日(前日)は部活が長引き、7時頃の帰宅だったので、昨日は「もっと急いで帰らなきゃ」と焦っていました。
ヨークマートの隣にある、小学校の校門前で、私は右足を踏み外し、大きく横に転倒。昔こけた時と同じく、どうせ肘か何処かをすりむいただけだろうと。
たかを、くくっていました。
でも、コンクリートは意外と恐ろしいという事を即座に知りました。
左目の、少し上の方が、生ぬるい。
あれ、どうしてかな、と体を起こそうとして、「ボタッ」という音。
音は制服に落下したので、私もそれに続いて征服を見つめます。
そこには、スプラッタ映画よろしく、鮮血が散っていました。
あれ、私そんなに大怪我したの?と思いつつ、状況確認をしている内、左目の上から落ちる血で右腕が真っ赤になります。左肘も血まみれ。両膝もすりむけて血まみれ。真っ赤に染まる制服を見ていて、暫く経った頃。
そこを通りかかる2、3人のおじさんやおばさんに「大丈夫!?」と声を掛けていただき、「目の上、切れてるよぉ!」という声で、意外とマズい状況だと知ります。
こういう状態の時って、本人よりも周りの人の方が心配するもんなんですね。
私はひたすら「私の体は平気なんですけど、眼鏡が勿体ない…。」と言っていました。AB型らしさが現れる瞬間?ちょっと場違いな発言ですよね。
でも、5年間も一緒だった愛用の眼鏡が、左側のレンズは傷つき、フレームは歪んでしまっていたので…。ついつい、自分よりも眼鏡の損失が悲しかったんですよね。
とりあえず、母親に「転んで怪我した。迎えに来て。」と報告。
再びぼーっとしている間に、小学校の女の先生が出ていらして「大丈夫?体育館入って親御さんを待ってる?」と、優しく声をかけてくださいました。
人って、助け合って生きてるんだなぁ、って、しみじみ感じました。
でも、中に入ると親が私を見つけられないと思い「いえ、でもありがとうございます。」と断り、小学校の入り口の花壇に腰をかけて母を待ちます。
ティッシュを出してくれたり、自転車を起き上がらせてくれたり、眼鏡を拾ってくださったり…。皆さん、本当に名前も知らないこんな私の事を心配してくださいました。血まみれの私を、驚いた目で見ながら通り過ぎるおばさんやおじさんも居ましたが、私はとりあえず、ぼけーっとしていました。
暫くして、母親がやってきて、私のことを助けてくださった方々にお礼を言って、車に自転車を積んで、私も乗って、家へ帰りました。
そして、軽くマキロンで消毒をして、父親に電話をして早めに帰ってきてもらって、その父に地元の病院に連れて行ってもらいました。所謂、夜間外来っていう奴ですよね。多分。
真っ暗な病院内。片目しか使えない私は父に支えられ、席に着きます。
待ち時間の間、私はずっとタオルで左瞼を押さえ続けました。タオルを離そうとすると父が「しっかり押さえとけ。」と言いました。それから「あまり話すな。」とも。しかし私は、脈絡のない話をし続けました。友人にも、こっそり携帯を使って病院内で“血まみれ近況報告”をしていました。
急患がきたり、足をすっぱり切ってしまったお兄さんなどが居て、私まで中々番が来ません。ひたすら寝て待ちました。
2時間程かかって、診察を終え、家へ帰りました。
傷の消毒はとても痛くて、歯を食いしばる程の情けなさ。自業自得です。転んだ自分がいけないのです。
全治一ヶ月?位かなっていう予想です。今日、眼鏡は作ってきましたが、なんと以前の眼鏡をかけた私の視力は0.3だったという事が発覚。
眼鏡かけてる意味ないだろ!?
と、父に叱られ、0.5弱位には上がる度の眼鏡を作ってまいりました。
おかげで、パソコンから30センチ離れてもはっきり字が見えてます。
でも、こんなに見えすぎると、人の視線が今まで以上に気になりそうです。
ここの所、ツイてない事ばっかりです。
好きでもないクラスのために書きたくもないポスターを書かされ(しかも汚い絵で、背景は真っ白!!)、
昔よりも素敵になった中学の友人をしっかり目撃してしまったり(慌ててバレないように逃げたのですが/太った自分を見られたくなかったので…;)
そして、この怪我。体育祭も出れそうにないです。どないせーっちゅーねん。体育の成績を下げそうで、ちょっと困ってます。
体の節々が痛いけど、早く治るように祈ってようっと。
母親達の信仰する宗教の神様が祀られてる和室で、「神なんて偶像崇拝だと思いますから」と宣言した所為なのだろうか?(怪我する前日に宣言しました;)