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2006/05/27
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カテゴリ:シロウトの音楽話
私はオフコースのファンで、2回ほど武道館のコンサートに行ったことがある。
小田和正の蒸留水のような声と、無機質のように見えて実は情緒が濃いメロディーが好きだ。

しかし小田和正の書く歌詞に対しては、正直なところ「これはちょっとね」と感じていた。

私が中学高校時代は、ニューミュージックが全盛期で、シンガーソングライターが表現力を駆使して、感性の饗宴のような切れ味ある素晴らしい歌詞を書いていた。

ニューミュージックの女王、松任谷由実ことユーミンは、ストーカー的心情吐露と、詩的な情景描写と、大胆で確信犯的な台詞が得意だった。

♪魔法の鏡を持ってたら 
 あなたの暮らし 映してみたい
 
「魔法の鏡」

♪私を許さないで 憎んでも 覚えてて
「青春のリグレット」

♪ソーダ水の中を、貨物船が通る 
「海を見ていた午後」

♪だから短い キスをあげるよ 
 それは失くした 写真にするみたいに

「埠頭を渡る風」

♪オレンジのトンネルの中は
 横顔がネガのようだわ

「星空の誘惑」
 
対する中島みゆきは肺腑と内臓を同時にえぐり出す、自虐的な暗い詞を得意としていた。

♪悲しみばかり見えるから 
 この目を潰すナイフが欲しい
 そしたら闇の中から 
 明日が見えるだろうか
 
「友情」

♪夜明け間際の吉野家には 
 化粧の剥げかけたシティガールと
 ベイビーフェイスの狼たち 
 肘をついて眠る

「狼になりたい」

♪世の中はとても変わっているから 
 頑固者だけが悲しい思いをする

「世情」

♪エレーン 
 生きていてもいいですかと 
 誰も問いたい
 エレーン その答えを 
 誰もが知ってるから 
 誰も問えない
 
「エレーン」

♪はじめて私に 
 スミレの花束くれた人は
 サナトリウムに消えて 
 それきり戻っては来なかった

「遍路」

♪思い出は綺麗 ホントより綺麗 
 あり得ぬほどいい人が 心で育つ

「トーキョー迷子」

ニューミュージック界の紫式部・清少納言と言われただけあって、両者ともメロディーがなくても、言葉の切れ味だけで通用する詩である。

ところが、ユーミンや中島みゆきの技巧を凝らし、内面を鋭く吐露した文学的な詞に比べて小田和正は

あなたに会えて、本当に良かった
嬉しくて嬉しくて、言葉にできない

「言葉にできない」

君を抱いていいの 好きになってもいいの
「Yes No」

愛を止めないで ここから逃げないで
素直に涙を 流せばいいから

「愛を止めないで」

というワンパターンの誰にでも書けそうな単純な歌詞を、これでもかこれでもかと書いていた。
「君」と「僕」と「好き」と「愛」と「抱きしめる」と、あと「春」「夏」「秋」「冬」といった限られた20個ぐらいの単語のパーツを組み合わせるだけで、小田和正の詞はできてしまうような気がした。
私は失礼ながら、そんな小田和正の詞を、ちょっと「軽蔑」していた。

ところが、最近では小田和正の詞の良さ、というより、小田和正が歌詞に込める意図が見えてきた。
小田和正が歌詞を作るうえで大事にしていること、それは「普遍性」とか「不変性」とか「不偏性」といったものではなかったか?

時代世相を映した歌詞は、賞味期限が切れたら古くなる。

たとえば
♪僕の髪が 肩まで伸びて 
 君と同じに なったら
 約束どおり 街の教会で 
 結婚しようよ
 
吉田拓郎「結婚しようよ」

♪就職が決まって 
 髪を切って来た時
 もう若くないさと 
 君に言い訳したね

バンバン「『いちご白書』をもう一度」

どうして髪の長さが相手の女の子と一緒になったら結婚するのか、なぜ髪を切った時、男が彼女に言い訳をしなければならないのか、現代の若者には説明しないとわからない。「髪」という言葉が何を象徴しているのか、よく理解できないだろう。

バンバンや吉田拓郎の歌みたいに、歌詞の解釈が必要で、理解させるのにワンクッション必要な曲は、同時代の人達には過去の思い出が染み込んでいるから懐メロとして熱狂的に支持されるが、逆にいえば同時代を生きた人じゃないと、曲の世界に素直に入り込めない。

時代を活写した具体性のある歌詞には、同世代は熱狂するが、異世代からは敬遠される。
70年代フォークだけでなく、軍歌にもそんな傾向がある。

逆に小田和正の曲は、状況説明がなされていない「単純」な分だけ、さまざまな解釈が可能である。まるでオタフクのお面が、状況によって怒って見えたり、笑顔に見えたり、時には泣き顔に見えたりするように。

小田和正が齢60にして、懐メロ歌手に退くことなく第一線の現役で活躍しているのも、普遍性を持つシンプルな歌詞にも原因があるのではないだろうか。
シンプルな歌詞からは様々な解釈が生まれ、同世代の人間だけでなく、世代を超えて支持を得やすいからだ。
小田和正の歌詞は、どんな世代の人間も、またどんな状況下の人間も自己投影しやすい歌詞である。

若い人に小田和正が支持されているのは、シンプルな詞があってこそなのだろう。

たとえば小田和正に「言葉にできない」という曲がある。

この曲、男女の愛を歌ったものだが、歌詞の場面状況が曖昧でシンプルな分だけ、恋愛という限定された愛だけではなく、普遍的な愛に連なる解釈ができる。

あなたに会えて、本当に良かった
嬉しくて嬉しくて、言葉にできない


なんてシンプルな歌詞なんだ!

だからこそこの詞は、男女間の愛にも、夫婦愛にも友情にも、親子の愛にも解釈できる。
この歌詞の中の「あなた」は、恋人にも友人にも夫にも妻にも子供にも、聴く人によって変化する。

ところで2年ほど前、松田聖子と船越英一郎が夫婦を演じる、ダウン症で言葉が話せない、6歳で死んでしまう男の子のテレビドラマが放映され、主題歌に「言葉にできない」が使われていた。

2人の若い、子供を失うにはあまりに早過ぎる年齢の夫婦が、子供を6歳で失う。
ラスト近くで子供が死んだ時、小田和正の「言葉にできない」が流れる。

終わるはずのない愛が途絶えた
命尽きてゆくように
違う きっと違う
心が叫んでる


小田和正は「失恋」の痛みを歌ったのだろうが、状況が具体的に限定されてないので、子供を失う親の痛切な悲しみに解釈できる。

たとえばここの歌詞が

午前4時 ベイブリッジ
終わるはずのない愛が途絶えた
命尽きてゆくように
違う きっと違う
心が叫んでる


だったらどうだろうか?

「午前4時 ベイブリッジ」というフレーズが加わり、場所と時間が限定されただけで、この歌詞から普遍性が消える。
歌詞の状況は男女間の恋愛に限定され、親子愛や夫婦愛には使えなかっただろう。

小田和正は時間とか場所を限定せず、また比喩も「命尽きてゆくように」と文学的な虚飾の匂いがしない「ありきたり」なものを使うことで、歌詞に普遍性を獲得する道を選んだのだと思う。

同時代人に強い刺激を与える「複雑」な歌詞より、時空を超えて深い共感を与える「単純」な歌詞を、小田和正は目指したんだと私は推測する。





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Last updated  2006/12/15 07:01:03 PM
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