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まじめな教育論

2006/04/18
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カテゴリ:まじめな教育論
広島県は首都圏・関西圏並みに中学受験が盛んな県だが、東部と西部の私立中学受験事情は大きな違いがある。

私の塾は広島県東部にあるが、私の目から見ると広島市を中心とする県西部には、大学の進学実績があり個性あふれる中高一貫校がたくさんあるように見える。広島大附属(皆実本校)・広島学院・修道・広島城北・工業大附属・ノートルダム清心・広島女学院など、まさによりどりみどり。選択の幅が非常に大きい。

しかしその一方で、福山市を中心とする県東部は、実績ある中高一貫校の数が限られている。
広島大附属福山・暁の星・近大附属・・・ 
あとは? う~ん・・・
如水館が最近がんばっているが、県東部の学校の層は極めて薄いと言わざるを得ない。

県西部なら、もし広島大附属に不合格になっても、広島学院・修道を選択することができる。進学実績では広島学院がずば抜けているので、はなから私立一本に目標を絞ることもできる。

ところが、県東部は附属福山の一人勝ち状態で、附属に対抗する私立中学がない。
県西部では勉強が得意な子供はそれぞれ「学院」「修道」「附属(=皆実の附属)」「清心」と志望校は微妙に違うのに、広島県東部では男女とも勉強ができる子は、判を押したように志望校が附属福山である。
県東部では「附属(=附属福山)」に合格することがステイタスであり、大袈裟な言い方かもしれませんが、将来の安定につながる礎になっています。
高校野球選手の目標が甲子園であるように、県東部で中学受験する子供の目標が「附属」一本槍になっている。価値観が「附属」で凝り固まっていると言ってもいいだろう。

暁の星と近大附属にもう少し頑張ってもらいたいのだが、両校ともに大学進学実績では附属福山に水をあけられている。
そんな事情もあり、附属福山に不合格になったらどの中学校に通っていいのか、正直言って迷う。公立中学に通って、高校受験でもう一回チャレンジする子も数多くいる。

一番かわいそうなのは、附属福山に学科で合格したのに、抽選で落とされた子だ。附属福山に進学できなかったら、中学受験に命を張ってきた子供は行き場を失う。だから附属福山の抽選会場は、くじに外れた親子が抱き合って悔し涙を流す阿鼻叫喚の世界である。

では附属福山中学に不合格になったら、いったいどの中学へ行けばいいのか?

私が子供を持つ身であれば、男の子なら公立中学に通って、再度高校で附属にチャレンジするか、北高を目指すという選択肢を取るだろう。

公立中学は以前にまして、中学校の先生方の努力で状況が大幅に改善されている。6~7年前までは公立中学のトイレが喫煙所だったり、校庭にバイクが走っていたり絶望的な教育環境だったが、今ではそんなことはない。どれだけ現場の先生が
熱心に指導されたか、頭の下がる思いがする。
だから公立中学に通いながら、友人とだべる塾ではなくて、しっかり応用力をつけてくれる塾を選び、3年後の捲土重来を期すのが最高のパターンだと私は思う。
男子校で附属に代わる学校は正直言ってない。

女の子だったら断然暁の星だ。英語教育の熱心さは非の打ち所がないし、生活指導の素晴らしさも特筆ものだ。また大学の推薦入試制度も充実していて、進学への面倒見も素晴らしい。

以上はあくまで私の個人的意見である。進路についてはいろんな人の意見を聞いていただきたい。






Last updated  2006/04/18 12:36:39 PM


2006/04/13
カテゴリ:まじめな教育論
私の親類に、首都圏の人間なら誰でも知っている某中学受験塾の講師がいるのだが、その塾には、2chやyahoo掲示板専門の、ネット対策係がいるらしい。
要するに「掲示板スパイ」だ。

彼らはもちろん専属ではないが、2chやeduやyahooなどの匿名掲示板に張り付いて、父母の書き込みをチェックしているというのだ。
もちろん、楽天やライブドアのブログも、チェックされている。

ブログや掲示板には親の刺激的な本音があふれている。他塾と自塾の比較対照もできる。経営の参考になる情報が散りばめられている。
「掲示板スパイ」は保護者の方の本音を聞いて、今後の指導に生かすために存在するらしい。

もひとつ、「掲示板スパイ」第2の仕事は、ブログや掲示板に書き込む保護者が誰か、特定することらしい。

塾に不平をもっている親は、大手塾個人塾問わず、気になる存在だ。
たとえば、楽天やライブドアのブログなら70%、yahooやedu掲示板の投稿なら20~30%程度は、人物を特定しているようだ。

特定する上で、一番役に立つ判断材料は、どうやら子供の成績らしい。
「私の子は小5の時は61だったのですが、受験前の今では49しかありません」
とかいう情報が掲示板に書き込まれていたら、それがいったい誰なのかは、一発でわかる。

また、偏差値が60しかないのに、ブログでは67とか、嘘をつく親もあとを絶たないという。

「掲示板スパイ」は、掲示板が荒れた時には父母を装い、自塾に有利なように、話の流れを軌道修正したりする。
「掲示板スパイ」は無闇に楽天やyahooに削除を求めたりしない。そんな下手な方法は使わない。
塾に対して怒りを持つ親を優しくなだめて、落ち着かせる。

とにかく、私の想像よりも遥かに多くの人が、ネットを眺めているらしい。
ネットの情報は、一種のマスコミ化している
大手塾の人がネットに神経質になるのは、今更ながらよくわかる。

私はそんな事実を知っているから、校舎の名前とか子供の成績とかを晒している人がいると、あまりの無防備ぶりにハラハラしてくる。






Last updated  2006/04/13 08:01:22 PM
2006/04/12
カテゴリ:まじめな教育論
毎年4月の初旬は、長期の海外旅行へ行く。

去年は北京・上海、一昨年はロンドン・パリ・ブリュッセル・ブリュージュ・ベルリンを駆け足で、2003年はバンコク、2002年はロサンゼルス・サンフランシスコ、2001年は香港、2000年はニューヨーク・ラスベガスへ行った。

今年は初めてイタリアを旅した。
ローマ・フィレンツェ・ミラノ・ヴェニスを放浪した。
主に教会と美術館を回り、ミケランジェロやラファエロやダ=ビンチの「天才の色気」に生で接した。

現在日本は午後6時、イタリアは午前11時だ。
飛行機の中では映画を3本見たので、睡眠時間は2時間ぐらいしか取っていない。
当然、時差ボケ状態だ。

海外を旅行するごとに、自分の脳味噌がリフレッシュするのがわかる。
イタリアの心地良い刺激で、新鮮な脳が移植されたような気分だ。

ただ、新しい脳にはまだ完全には慣れず、少々頭痛がする。
頭痛は時差ボケのせいだけではなく、新しい脳に免疫ができるまでの、ちょっとした我慢なのかもしれない。

かつて吉田松陰は日本中を旅して、錚々たる学者と会見し、その学を深め先鋭化させた。
福沢諭吉は洋行を重ね、西洋から猛烈な刺激を受け、受けた刺激をネタに数々の本を著し、若者を啓蒙した。

「教育者」は金銭的・時間的に無理をしても、旅をしなければならぬ。
旅は苦痛だ。ただ苦痛の中から、鋭気が生まれ、新鮮な講義で生徒にアピールできる。

私も「教育者」のはしくれ、旅を重ね、脳に刺激を受ける機会だけは常に用意しておきたい。






Last updated  2006/04/12 05:58:09 PM
2006/04/04
カテゴリ:まじめな教育論
いったい、先生1・生徒2の、1対2の個別指導というのはどうなのだろうか。
講師も生徒も、やりにくくはないだろうか。

たとえば、1人は勉強ができる素直で真面目な子、1人は勉強が苦手で「ひねくれた」子、それに講師3人の小さな空間。

勉強ができない子の側に立ってみれば、非常に好ましくない、居心地の悪い環境に違いない。

彼は学校では「お客さん」だ。勉強は全くわからず、1日中ヘブライ語を聞いているのと同じような、退屈極まりない時間を過ごしている。
それと同時に彼は、勉強ができる子の姿を目にしながら、能力的に越えることのできない壁を常に感じている。
勉強ができる子の存在は、自分の劣等感をかき立てる不愉快な存在でしかない。

だからこそ個別塾に通い始めた。心機一転個別塾では居心地のいいマイペースな環境が与えられると思ったら、隣には自分よりもずっと勉強のできる子が立ちはだかっている。
学校と同じ状況だ。
しかも、学校だったら自分と同じ「お客さん」は数多くいるが、塾では自分ひとり。逃げ場がない。常に隣の優秀な子と比較されている

そんな状況で講師はどうすればいいのだ?

講師が本能に忠実だったら、素直な優秀な子に愛着がわいて、言葉に棘がある勉強嫌いな子を知らず知らずのうちに遠ざけてしまうに違いない。

教師と優秀な子の間は密接になり、勉強が苦手な子は疎外感を抱く。
まるで小出監督と高橋尚子の密接な師弟愛の中に割り込む、しがないマラソンランナーみたいな気分になるだろう。

逆に、勉強ができる子の側から考えてみると、立場が逆になる。
巷で塾が流行るのは、優秀な子はより優秀にしたいという、親の願いが強いからに他ならない。
だからこそ、勉強ができる子の父母の方は、勉強が苦手な子と同じ環境で学ぶことに抵抗を持つ方が多い。

学校ではそんな環境に対して当然ながら文句が言えない。しかし塾では勉強が苦手な子と隔絶された環境で勉強して欲しい。
特に集団塾じゃなく個別塾を選んでいる優秀な子の親は、なおさら自分の子供を「特別扱い」して欲しい願望があるだろう。勉強ができない子を近づけるなんてとんでもない。

とにかく、1対2対応の個別指導で、勉強ができる子とできない子を同室にすることは良い対応とは言えないし、やむを得ずそうなった場合は、講師や個別指導塾の室長は、トラブルが起きないように神経を尖らせておくべきだろう。






Last updated  2006/04/04 05:22:49 AM
2006/04/03
カテゴリ:まじめな教育論
アメリカやヨーロッパに塾がないのは、宗教の影響が大きいだろう。

欧米ではキリスト教の影響が強く、日曜日は安息日になっており、人間としての営みを最小限にして神とともに過ごす時間ということになっている。
日曜日は神と過ごす時間なのだから、塾の先生と一緒に過ごしてはならないという訳なのだろうか?
だから欧米人は、日曜日スパッと休む。

たとえばロンドンは、日曜日はかつてデパートや商店は全面的に休みだった。
ここ数年、デパートは日曜日にも開店するようになったが、それでも開店時間は正午から午後6時までと、圧倒的に短い。
だからロンドンの日曜日の夕方は閑散としている。ゴーストタウンのようだ。

逆に日本人は、土曜日・日曜日に暇をもてあますことができないらしい。デパートは稼ぎ時だ。日本人は遊びに忙しい。また土日も骨身を削って働く人もいる。
平日も休日も動きまくる。日本人は動いていないと死んでしまうマグロやカツオのようだ。

だから日本の大人は、子供が休日ダラダラしていると不安になる。子供にも休日に動いてもらわない時がすまない。
土日の「貴重な」時間を利用して勉強すれば将来凄いことになるんじゃないか、そんな欲も出てくるし、よその子はせっせと塾に通っているから、自分の子も塾に通わせる。

どうせ子供は自分で勉強できないんだから、どこか評判のいい塾に預けよう。そんな親の気持ちが塾を流行させ、受験熱はヒートアップするのだろう。そんなわけで子供の休日は塾通いで潰れる。

そもそも日曜日というものを作り、7日に1日は休みにしようという概念はキリスト教圏ののものである。
日本に「週」という概念が導入され、日曜日が終日休日に、土曜日が半ドンになったのは、明治以降のことだ。

江戸時代以前の日本に日曜日はなく、正月と盆の薮入りで丁稚や奉公人が自宅へ帰るのを許された以外は、まともに休日などなかった。月月火水木金金じゃないけど、日本人は放っておいたら毎日働く民族だったのである。

もしかしたら今でも日本人の体内時計に日曜日は組み込まれていないのかもしれない。

よって日本人の子供が、学校や塾に拘束される時間は、途方もなく長くなっている。

平日は朝7時からクラブの朝練、8時半から16時まで授業、16時から18時までクラブ活動、19時から22時まで塾。土日もクラブの練習や大会、そして塾で休む間もない。

これを大人の世界にあてはめると、9時から17時まで勤務したあと、夜また別の職場で働かなければならない、ということなのである。
しかも別の職場は土日にもある。
しかも、宿題という在宅勤務までたっぷりと用意されている。

子供が疲れないわけはない。

ところで、私は儒教についてはまるっきり素人だが、日本や韓国や台湾など儒教文化圏の地域で塾が流行っていて、起きている時間全て勉強で埋め尽くさねば気がすまない、「蛍雪の功」的な狂気スレスレの勤勉さを見ると、儒教文化とどうしても結び付けたくなってくる。

そういえば閑散とした日曜の夕方のロンドンも、チャイナタウンだけは暗黒の中の篝火のように、とても活気があった。






Last updated  2006/04/04 12:15:53 AM
カテゴリ:まじめな教育論
いま、塾の時間講師は、どれくらい賃金をもらっているのだろうか?
今日は私が時間講師だった頃の給料を、包み隠さず公表しよう。

私が塾でアルバイトを始めたのは1988年。バブル絶頂期だった。

その頃の労働条件は、次のようなもの。

●授業 時給2000円~(講師によって差あり)
●特業(空きゴマの時もらえる賃金)時給550円
●教育相談・テスト監督 時給1000円~(講師によって差あり。額は授業時給の半分)
●昼食費 時給650円
●残業手当(8時間以上労働した時につくもの)1.25%

例えば、ある講師の夏講での日課を例にとる

8:00~9:00 
ミーティングと玄関での生徒の出迎え
特業1時間 550円×1=550円

9:00~12:00
小4国語 
授業3時間 2000円×3=6000円

12:00~13:00 
昼休み
昼食代650円 650円×1=650円

13:00~15:00 
小6社会
授業2時間
2000円×2=4000円

15:00~17:00 
空きゴマ 質問教室の監督
特業2時間
550×2=1100円

17:00より1日の実働時間が8時間をオーバーし
17:00以後の時給は1.25倍に

17:00~20:00
中3国語・中2社会
授業3時間
2000円×3×1.25=7500円

20:00~22:00 
生徒の補習・ミーティング・掃除・プリント作成など
550×2×1.25=1375円

合計額は550+6000+650+4000+1100+7500+1375=21175円
今思うと、かなり恵まれた労働条件だった。

その後バブルがはじけると、特業と昼食代、残業手当が削られるようになった。

バブル崩壊以後の給与体系で、時給を計算し直すと、

8:00~9:00   
ミーティングと玄関での生徒の出迎え
0円

9:00~12:00  
授業3時間
2000円×3=6000円

12:00~13:00 
昼休み
0円

13:00~15:00 
授業2時間
2000円×2=4000円

15:00~17:00 
空きゴマ
0円

17:00~20:00 
授業3時間
2000円×3=6000円

20:00~22:00 
生徒の補習・ミーティング・掃除・プリント作成など
0円

6000円+4000円+6000円=16000円

同じ業務内容でも、バブル崩壊以後は1日にして5175円も安くなった。

私が働いていた大手塾で問題だったのは、特業や残業手当が削られた後も、講師がしなけらばならない業務がそのまま残ってしまったことである。

経営者の側からは、特業の費用は削りたい。しかし業務を縮小してサービスの質は低下させたくない。

経営者も、また室長レベルの校舎を預かる中間管理職の意識も、ミーティングやプリント作成特業の時給を払わなくなっても、講師は無償でも仕事をやりなさいという意識が後々まで残っていた。

バブル崩壊後は、時間講師の「ただ働き」が、恒常化したのである。






Last updated  2006/04/03 08:57:34 PM
2006/03/31
カテゴリ:まじめな教育論
目先の成績に一喜一憂して、多くの生徒の自学自習の力の芽をつむ塾の作り方をお教えしよう。

まず、最初の入塾説明会の時、塾長は親子に伝える。

「はじめまして。ようこそツバサ・アカデミーへ。塾長の酒井です。一緒に頑張りましょう。ご存知のとおり、うちの塾は勉強に厳しいです。でも私のやり方、当塾のカリキュラムについていけば、成績は絶対に伸びますよ。私にお任せください。ただ、やる気がない子は、時々やめていきます。最後まで歯を食いしばってがんばってください。」

こんな巧みな言葉で、厳しさについていけずに塾をやめる子は「やる気がない子」という、情けないレッテルが貼られることになる。
塾をやめる事は逃げることだと、お母さんは釘をさされる。

入塾したら、子供はかつてない勉強攻撃にさらされる。

○1日何時間もかかる、膨大な宿題
○ビンタ・正座・2kmマラソンなど、忘れた場合厳しい制裁が待っている
○重箱の隅をつつくような宿題チェック
○授業にいい加減な態度で臨んだときに浴びせられる厳しい罵声
○テストの順位は常に全員に配布。当然1位から最下位まで掲載
○成績が落ちた時の、ライバル達のたっぷりと軽蔑のこもった冷たい視線
○得点がアップした時の、講師のおおげさなほめ言葉(子供をほめることは、悪の道の王道)
○授業終了時間など有名無実化した、夜遅くまでの延長授業
○子供にとって、大事な大事な日曜日に実施する長時間補習
○電話での頻繁な叱咤激励

ありとあらゆる、成績を即効的に伸ばすための仕掛けが待っている。

子供は、塾の先生に怒られないため、成績が下位になって恥をかかないため、それだけのために勉強する。

ツバサ・アカデミーは厳しいだけではない。子供の勉強における障害を前もってことごとく取り除く。
子供が自力で試行錯誤することすら許さない。
講師が得点力アップのために、一番効率的だと思った教材・プリントをやらせる。
いかに楽して得点力を伸ばすか。講師の意識はその一点に収斂される。

ツバサ・アカデミーに入った子供は、学校の定期試験が飛躍的に伸びる。
40点だった英語が、塾で暗唱を強制させられ56点、85点と、ぐいぐい、目に見えて伸びていく。
手取り足取り、ほめてけなして、忙しいことこの上ない。

オリックス元監督の故仰木彬さんは、弱小球団オリックスを華麗な采配で日本一にした。その姿をマスコミは「仰木マジック」と評した。

それと同じように、ツバサ・アカデミーの近所のお母さんは、ツバサ・アカデミーに入塾した中学生の成績が著しく伸びるのを見て、「ツバサマジック」という言葉でツバサ・アカデミーを讃辞する。

「ツバサマジック!」かっこいいですね。

塾長は調子に乗って、広告にも「ツバサマジックを、体験しよう!」と書く。
コピーの巧みさに、親達は引き付けられ、ツバサ・アカデミーには入塾希望者が殺到する。

親達は、ツバサ・アカデミーに通い出してから、部屋にこもって勉強する時間がぐっと増えた息子や娘の姿を見て、「塾の先生が厳しいからもう安心。」と、子供を「やる気」にしたツバサ・アカデミーを絶賛する。
塾で厳しく勉強させられている子供の姿に、親達は大きな満足を覚え安堵する。

厳しさの名の元の過保護を見過ごす。

最愛の子供に厳しく接することは、親にとっては辛いことだ。厳しさが必要だと思っていても実現することは難しい。一部の親は厳しさを放棄し、赤の他人の塾講師に、子供に厳しくしてくれるよう嘆願する。
しつけも勉強も厳しい塾を、求め続る。

ツバサ・アカデミーに子供を通わせる親の中には、時々自分の子供の力を過大評価して大手進学塾に子供を転塾させる。
子供の力を、正真正銘掛け値なしの学力だと勘違いし始める。

「ツバサ・アカデミーくらいの中規模塾でこれだけ伸びたのだから、大手だともっと伸びるに違いないわ」
しかしその目論見は見事に外れる。大手進学塾は意外と自由放任でやらせているところが多い。
成績は見る見る下がり、また親は「ツバサ・アカデミー」に戻る? と子供に聞くが、子供はもう二度と「ツバサ・アカデミー」での地獄体験を味わいたくないので、塾には2度と行きたがらなくなる。勉強に対する生理的嫌悪感が、子供の心に根付く。

ツバサ・アカデミーを中学校で卒業した後、卒塾生達は高校で勉強が大いに伸び悩む。
勉強しなくても叱られないので、勉強しないし、勉強しようと思っても、やり方を教えてもらっていないから、わからない。厳しい塾で極度の勉強嫌いになっているから、勉強アレルギーになる。

廃人製造機、「ツバサ・アカデミー」に乾杯!






Last updated  2006/04/01 12:10:50 AM
カテゴリ:まじめな教育論
教室運営が上手くいっているかどうか、そのバロメーターの1つは、生徒の「笑い声」である。

やる気がある子が揃うクラスは、授業の雰囲気にメリハリがある。
騒いでいい時は騒ぐ。しかし聞くときは、まるで英語のリスニングの時間のように、講師の話を聞き漏らすまいと猛烈な集中力で聞く。

そして、講師がギャグを飛ばす時の「笑い声」が大きい。
「静寂→大笑い→静寂→大笑い」という、メリハリのある授業サイクルが続く。

講師も授業がやりやすい。アクセルにちょこんと足をかけただけで驚異的な加速を見せる、安定したドイツ車を運転するような感触だ。

ところが・・・

やる気が無い子が多いクラスは、そうではない。

勉強が苦手な子は、オンとオフの使い分けができない。騒いでいい時か悪い時か「場」の雰囲気がつかめない。状況が察知できない。

だから甘い先生の時は、教室がずっと騒がしいサル山状態のクラスになる。
逆に先生が怖ければ、倦怠的な静寂が支配する死人の群れみたいなクラスになる。
「中間」がない。

勉強に対してやる気が無い子は、怖い先生に対して「面従腹背」の態度を取る。
講師が独裁者のように全員を怒鳴り上げたら、生徒は亡者のように沈黙し、教室が革命前夜の独裁国家みたいに殺伐となる。
講師がたまにギャグを飛ばしても、シラ~として笑わない。
表面上の服従、裏での嘲笑と反抗。一向に伸びない成績。

とにかく、騒がしいクラスは問題だが、静か過ぎるクラスはもっとタチが悪い。
授業中にメリハリがなければ、教室運営は失敗だ。
講師がギャグを飛ばして、笑い声が大きくなったら教室運営は大成功だろう。






Last updated  2006/12/06 03:39:03 PM
2006/03/28
カテゴリ:まじめな教育論
良心的な塾は授業を公開しているところが多い。体験学習をいつでも実施している。

自分の塾に自信のある塾長は、自分の塾を見せたくてたまらない。だから入塾希望の親から「入塾迷っているんですが」と問われたら、即座に
「じゃあうちの塾の授業風景をご覧になってください。」
と答えるはずだ。

逆に、ヒドイ塾も授業を見せてくれる。
ただし、電話をかけてからから1週間後に。
時間が塾のほうから一方的に、指定される。

その間塾長は半年くらいしていなかった塾の掃除、今までしてこなかった授業の予習、それから授業を完璧に見せるために、ふだん使ったことなんかない模造紙なんか使って授業の準備。
普段着でない授業をたっぷり見せてくれる。

絶対にそんな日は、自分が一番教えるのが得意な科目をやる。とっておきの雑談を用意し、子供の関心を引こうとする。

もし出来の悪い講師がいたら、その日はお休み。
授業態度の悪い子、有名ないじめっ子がその学年にいたら、その子たちは体験学習の日には授業に参加させない。

万が一、入塾した場合、子供は体験学習のときと全く違う授業を体験することになる。
先生は遅刻してくる、休みが多い、授業はつまらない&やかましい、休憩時間にはいじめっ子がいてひどい目に合う。
見せかけには注意しなければならない。

良い塾の見分け方を教えよう。
それは、休憩時間の子供達の過ごし方を見ればわかる。

休憩時間、子供達がギャ-ギャ-騒いでいる塾と、静かに子供達が待っている塾、どちらがいい塾だと思うか?

それは意外なことに、ギャ-ギャ-子供達が騒いでいる塾の方だ。
ただし授業中になると、ただならぬ緊張感が漂っていなければならない。

優秀な講師は、子供達の疲れを知らない底知れぬパワーを、授業の集中力に簡単にシフトさせてしまう魔術師だ。
子供達は休憩時間に騒ぐパワーと同じ力を、授業にも注ぎ込む。休憩時間の外的なエネルギーが、授業中の内的なエネルギーに転化する。
逆に休憩時間子供が疲れて死んでいる塾は、授業中の集中力も実は大したことがない。

受験前は、当然少し様子が違ってくるのだが。






Last updated  2006/03/29 12:12:59 AM
カテゴリ:まじめな教育論
現在春講の真っ最中。一日11時間授業の毎日が続く。今は束の間の休憩時間。

kamiesu先生のブログを拝見していると、またまた共感してしまった。

「チューカンシケン」は中学生の踏み絵である。

小学校のテストとは違って、中学校のテストは「テスト勉強」をしなければならない。

「テストのためには、テスト勉強をしなければならない」
こんな当然至極なことを理解していない子が結構いる。というか大部分の小学生がそうである。

3月中旬、私はフレッシュな新中1諸君に、世界の国名50個、日本の県名・県庁所在地名全部(もちろん「さいたま市」以外は漢字で書かせる)を暗記する宿題を出した。

テスト前、中学受験経験者や、小学校時代から塾にいる子は、塾に来るやいなやプリントを出して、テスト前の最終チェックに余念がない。
しかし、3月から入塾した子は、友達と語り合ったり、本を読んだりしている。
テスト前の緊張感など、どこにもない。

私は授業前の教室に入って
「君達は今、何をすべきか!」
とホワイトボードにデカデカと書いて、その場を立ち去った。
小学生時代からの塾生の姿を見習い、彼らも暗記し始めた。

もちろん塾で騒いでいる子は、家でテスト勉強なんかしていない。テスト前にチョロッと読み返したくらいで、良い点数が取れるわけがない。

実は私は、塾に来たばかりの小6達が、塾でテストをやると予告してもテスト勉強なんかやらないことなんて、全てお見通しである。
彼らがサラッとプリントを眺めただけで「勉強やったつもり」になることも、結構長い教師経験から予測している。

テストをする時、私はわざわざ「テスト勉強してこいよ」「覚えて来いよ」とは言わない。「テストをします」とだけ告げる。
そして、案の定ろくすっぽ勉強せずにやって来て、中途半端な点数しか取れない子に対して、強い喝を入れる。
故意に私はテスト勉強しろとは言わない。勉強しないと、どんなに悲惨な点を取るか体得して欲しいのだ。

私のやり方は、少々意地悪に映るだろう。
ただ、5月後半の中間試験で愕然とさせないために、前もって塾で「テスト勉強をしないと、痛い目に合うよ」と思わせておかなければならない。

塾に来て1ヶ月ぐらいすると、
「テストのためには、テスト勉強をしなければならない」
という当たり前の習慣を、ほとんどの子が身につける。






Last updated  2006/03/28 05:26:24 PM
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