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映画・テレビ好き

2006/09/09
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カテゴリ:映画・テレビ好き
今日はkamiesu先生の真似して、「24-twenty four-」のお話。
ネタバレありなので、まだ見ていない人は絶対に読まないように。
また「24」に興味がない人は何のことかわからないので(私も生徒達に「エヴァ」や「ドラゴンボール」の話をされた時は、ついていけなくて往生した)読まない方がいいと思う。




















「24」の第5シリーズのレンタルが開始された。DVDは全部で12本あるが、3本ずつ小分けしてレンタルされる。チョコチョコ出すなよ。もどかしいぜ。
だからレンタルで見るのはやめて、11月にDVD-BOXが発売されるので、買って一気に見ようかと思ったが、でもやっぱり気になって借りない訳にはいかず、3本まとめて一気に見てしまった。

いやあ、最初から飛ばしてますね。第1話のテンションの高いこと高いこと。
主要人物のうち2人が殺され、1人が重傷。のっけからとんでもないショックを受けた。
たとえるなら、「サザエさん」を見ていたら波平さんが射殺され、ワカメちゃんが爆死し、マスオさんが重傷になり治療室に運ばれたら、視聴者は驚くでしょ?
「ドラえもん」でジャイアンが射殺、静香ちゃんが・・・(しつこいので以下同文)

もちろん「サザエさん」「ドラえもん」は予定調和の平和な世界だけど、「24」は波乱万丈のスパイアクションなので、死がつき物なのは重々承知なのだが、だからといっていくら「24」といえども殺しちゃいけない、死んだら視聴者が悲しむ登場人物はいるでしょうに。「24」は登場人物にたっぷり感情移入させといて突然殺す。趣味悪いよ。

あと役者が上手い。役者の層が厚い。
NYやロスのレストランのウェイターやウェイトレスの感じは非常に良いらしい。なぜならNYではブロードウェイの、ロスではハリウッドの役者の卵達が生活費を目当てにアルバイトしているというのだ。俳優の卵達は感じのいい人間を演じる訓練のために精一杯笑顔を振りまくという。
そんな厚い層の中から選ばれた俳優達が「24」には登場する。日本のドラマでミスキャストが多いのは俳優の層が薄いためで(どうして来年の大河ではGacktが上杉謙信なの?)、「24」にはミスキャストがほとんどない。キャラも演技力もきわめて高い。

パウエル大統領は理想の大統領像だ。アメリカ初の黒人大統領が現実になるとしたら、おそらくこんな感じの人だろう。
またブッシュを髣髴させるアホ大統領ローガンを演じる役者さんは上手い。ピンチになると必ずアホみたいに口を半開きにする。
どんなにローガンが平和主義的な理想を述べても、口を開けるというたった1つの行為で彼が信頼性に欠ける人物であることを表現している。
パウエルは民主党、ローガンは共和党だろう。アメリカの映画界やマスコミには民主党支持者が多いというが、「24」の製作者も民主党支持者だろう。

あと「24」には「変な女」が次から次へと出てくる。変な女の代表と言えばもちろんパウエル大統領夫人シェリーだろう。
シェリーはとっても変。顔も変だし性格はもっと変。身体が絶えず前屈みでクネクネしていて、指の使い方がとっても怪しい。
彼女が登場すると必ず波乱が起きる。ところが、どうしようもない女なのに何故か憎めない。
シェリーが身体をクネクネさせ唇を突き出し怪しい熱弁を振るっている時の、夫パウエル大統領の苦虫を噛み潰したような怖い仏頂面がいい。「8時だょ!全員集合!」で志村けんが「東村山音頭」を歌っている時のいかりや長介の気難しい顔に似ている。

あとCTU ロス支局の部屋が素晴らしい。支局長の部屋が2階でガラス張りになっていて、1階の部下の仕事が俯瞰できる。東京証券取引所みたいな感じの部屋だ。
私が塾を建てるとしたら、CTUみたいなレイアウトにしようと思う。塾長室が2階で、ガラス張りで1階の各教室の授業風景が丸見え。格好いい。

ただ塾の校舎を建てるのは金がかかるので、せめてCTUの電話の音だけでも真似したい。CTUの「ププッ・ピ・ドゥー(マリリンモンローではない)」という電話の呼び出し音が鳴る電話機、どこかに売ってないだろうか?
携帯の着信音なら探せばどこかにありそうだ。

また電話なら、トニー・アルメイダの「アルメイダ?」という無表情な電話の取り方が格好いい。

(気が向いたら続く)






Last updated  2006/09/09 03:43:45 PM


2006/07/05
カテゴリ:映画・テレビ好き
歴史好きになるにはNHK大河ドラマを見ればいいとよく言われる。
しかし実際の大河ドラマは、たとえば今年だったら山内一豊と周辺人物のことしかやらない。一年通して見ても、織田信長・豊臣秀吉・徳川家康の時代には詳しくなるだろうが、あとの時代が抜けてしまう。

だから「功名が辻」を1年間たっぷり見ても、藤原道長や足利義満や明治天皇のことはわからないままだ。
だったら歴代大河ドラマの総集編ばかり集中的に、子供に見せるのも手だ。

たとえば歴史上のメイン人物なら・・・

平将門「風と雲と虹と」加藤剛
藤原清衡「炎立つ」村上弘明
源義経「義経」滝沢秀明
源頼朝「草燃える」石坂浩二
北条時宗「北条時宗」和泉元彌( ̄w ̄)ぷっ
足利尊氏「太平記」真田広之
日野富子「花の乱」三田佳子(足利義政は市川団十郎)
武田信玄「武田信玄」中井貴一
織田信長「信長」緒形直人
豊臣秀吉「秀吉」竹中直人
徳川家康「徳川家康」滝田栄
徳川秀忠「葵・徳川三代」西田敏行
春日局「春日局」大原麗子(徳川家光は江口洋介)
徳川吉宗「八代将軍吉宗」西田敏行
徳川慶喜「徳川慶喜」本木雅弘
西郷隆盛「翔ぶが如く」西田敏行
(何でもできちゃう局長西田敏行。今年は徳川家康)

原始古代及び明治以降が弱いのが難点だが、これだけ見れば歴史好きになるかも。
明治以降は「獅子の時代」や「春の波濤」があるが、「獅子の時代」の主人公は架空の人物だし、「春の波濤」は川上貞奴という女優の生涯なので、受験勉強にはあまり使えない。

日露戦争を大河ドラマ化して欲しい。「明治天皇と日露大戦争」でも見せようか。「坂の上の雲」が大河ドラマになれば一番いいのだけど。

あと大村益次郎の「花神」、呂宋助左衛門の「黄金の日々」、伊達政宗の「独眼竜政宗」、前田利家の「利家とまつ」、忠臣蔵の「峠の群像」「元禄繚乱」あたりを適宜見せてもいい。






Last updated  2006/07/05 07:18:10 PM
2006/06/16
カテゴリ:映画・テレビ好き
「冬のソナタ」が放映されていた頃、誰か大人に会えば必ずヨン様の話になった。
塾の三者面談のとき子供を差し置いてお母さんとヨン様話で盛り上がったこともある。
「冬のソナタ」のCDをお母さんに貸したこともあった。

お母さん方は私が「冬のソナタ」を見ているタイプには見えないらしく、私が冬ソナについて熱く語ると、結構意外そうな顔をしていらっしゃった。

それにしてもヨン様フィーバーは凄かった。30代40代50代女性の狂乱ぶりには圧倒された。

成田空港やホテルニューオータニの騒乱ぶりも凄かったが、釜山のロッテホテルでヨン様の写真展があり、それを目当てに海を渡って韓国までヨン様を追っかけた人たちもいたのだ。

ヨン様写真展の初日は、ヨン様が自ら登場することもあって、500人の日本人が詰め掛けたという。そのうち100人はヨン様の登場を待つために、ホテル前に徹夜したらしい。

ヨン様は午後1時半に現れると、写真展のテープカットをした後、500人の女性全員に笑顔を振りまきながら全員に対して丁寧にサインをしたという。ヨン様出血大サービスである。

韓国に渡ったヨン様ファンは賢かった。
成田ではちょこっとしかヨン様を拝むことはできなかったが、釜山に行けば一緒に写真を撮ってもらい、サインまでしてもらえたのだから。
暇と金と家族の了解がなければできないことだけど。
とにかく500人もヨン様目当てに日本人が海を渡るなんて驚いてしまった。

また、テレビでヨン様の追っかけに夢中の、50代主婦のドキュメントをやっていたこともあった。
そのヨン様追っかけ主婦の旦那さんは、妻のヨン様に対する入れ込み振りに眉をひそめているかといえば、どうやらそうではないらしい。
旦那にとってもヨン様の存在は嬉しかったのだという。

なぜならヨン様効果で、50代主婦の更年期障害が解消されたらしいのだ。
ヨン様のフェロモンでその主婦は、再び女に戻れたのだという。旦那もヨン様のおかげで楽しいSEXができて万々歳らしいのだ。

とにかく一連のヨン様騒ぎは、私のような「冬ソナ」にはまった人間には、狂乱ぶりをある程度理解しようと思えば理解できないこともないのだが、ドラマを見ていない人にはバカ騒ぎにしか見えなかっただろうに。

ヨン様フィーバーは、どこまでがヨン様の容貌によるもので、どこまでが「冬のソナタ」のドラマ自体の魅力によるものなのか境界線は明確ではないが、恐らく2つの要素の相乗効果だったのだろう。

「冬ソナ」の主演がヨン様じゃなかったら、ドラマが熱狂的に受け入れられることはなかっただろうし、またヨン様も「冬ソナ」に出演していなかったら異常フィーバーに巻き込まれることもなかったに違いない。

ヨン様もそろそろ、チェ・ジウみたいに日本のドラマに出ないかな。






Last updated  2006/06/16 08:36:28 PM
2006/05/18
カテゴリ:映画・テレビ好き
塾から帰って「渡る世間は鬼ばかり」を見たら、「おかくら」では京唄子がゴジラのように猛烈に吼え、植草克秀が酔って大声でわめき散らし、村田雄浩もベロンベロンになっている。
営業終了後とはいえ、何という秩序のない店か。身内の図々しさには呆れてものが言えぬ。

それから、宇津井健=岡倉大吉の調理の腕に疑いあり!

どうして宇津井健は、割烹の主人のクセに、いつも擂鉢でゴマをすったり、和え物をしたり、オタマで味見をしたり、包丁を研いだり、軽作業しかやらないのだろうか。

また、仕事に気合が入っていない。
前回なんか宇津井健は、泉ピン子の身の上話を聞きながら竹の箸を削っていたのだが、5分間に1本しか削らなかった。効率の悪いことはなはだしい。
追い回し役の山田雅人も、身の上話を立ち聞きしながら、1枚の皿を3分もかけて拭いていた。
よその店だったら、いつクビになってもおかしくない怠慢仕事だ。

それに、宇津井健が魚をさばく姿を見たことがない。これは前任者の藤岡琢也にも言えることだ。
最近話の筋よりも、宇津井健の手元ばかりが気になる。






Last updated  2006/05/18 09:50:29 PM
2006/05/11
カテゴリ:映画・テレビ好き
「渡る世間は鬼ばかり」の和食屋「おかくら」は、いったい商売が成り立っているのだろうか?
客にとって、あんなに居心地の悪い店はなかろうに。

まず、カウンター席がいつも身内で固められている。しかも、うるさい。
声のでかい藤田朋子、愚痴の多い泉ピン子、しゃべり倒す中田喜子、陰気な長山藍子、ハキハキした声が耳障りの植草克秀・・・
それだけならまだ耐えれるが、そこへ超深刻な顔でお詫びに来る角野卓造や、関西弁ババアの京唄子が加わったら最悪である。

ふつうの職業意識を持つ板前なら、身内が来ても「今仕事だから後にしてくれないか」と追い返すだろうし、泉ピン子達身内の側も、相談事があるなら営業時間を外して「おかくら」を訪れるだろうに。
営業時間中に身内の相談事に没頭する岡倉大吉、営業時間中にズカズカ職場にやって来て騒ぐ身内。どちらもどっち。どんなんやまったく。

それにしても一般客は身内がベタベタ居座る環境で、バクバク飯なんかよく食えると思う。耐えているのか、無神経なのか。
それに、「おかくら」は一般客のおしゃべりが一切聞こえない。身内がカウンターで賑やかに騒いでる後ろで、一般客は刑務所で囚人が食っているかのように、黙々と静かに食べている。
頑固なラーメン屋みたいに「お食事中は静粛に願います」と店のどこかに張り紙でもしているのか。それならあの身内のしゃべりは何だ!

とにかく変な店だ。2chやZAGATみたいなグルメガイドではケチョンケチョンに書かれるだろう。






Last updated  2006/05/11 10:59:51 PM
2006/04/21
カテゴリ:映画・テレビ好き
時々「クサイ」とは知りながら、人情味のある、ヒューマン系の映画が無性に見たくなる時がある。

「寅さん」の山田洋次監督作品「家族」がいい。
昭和40年代、ちょうど大阪で万博が開催されていた頃、九州の炭鉱で生活していた貧しい家族が炭鉱の斜陽化で故郷を追われ、新天地を求めて北海道の開拓村に移住するロードムービーだ。
日本版「怒りの葡萄」とでもいおうか。

炭鉱で職にあぶれた貧しい家族が、高度成長期の繁栄の前に取り残される。

しかし貧しいがゆえに家族が結束しいたわりあう姿がいじましい。悲惨な映画だが見た後は爽やかなものが残る。
また、昭和40年前半の古い日本の風景がふんだんに見ることができ、ノスタルジーをそそる。
たとえば私の隣町福山駅は、いまは新幹線の近代的な高架駅だが、映画では古めかしい地平ホームで登場する。

それからやはり「幸せの黄色いハンカチ」は山田監督の最高傑作だと思う。
刑務所出所後の高倉健が、久々に刑務所生活から解放され、刑務所前の食堂でうまそうに、ほんとにうまそうに醤油ラーメンをすするシーンは見ものだ。

黒澤明監督のヒューマン物なら、「生きる」がいい。私は黒澤明が大好きだ。映画作家で一番尊敬している人である。
「生きる」は市役所に勤めるただ仕事場に来て座っているだけの、やる気のない初老の小役人志村喬が、ガンで余命6か月と診断される。
しかしその宣告をきっかけに主人公は豹変し、死ぬまでの短い期間、生まれ変わったかのように仕事に没頭する。

人生最後の時間に、自分の生命力を燃焼させる潔さ、格好よさがストレートに伝わってくる。
僕は高校2~3年生の頃強い自殺願望があったのだが、その愚かな自殺願望を時間をかけてじっくりと癒してくれ、「どうせ生まれたからには、何か残して死ななきゃね!」と思わせてくれた映画だ。
役人役の志村喬の目が、死人の目から狂気の目、そして死ぬ前には純粋な目に変わる。
ドラマ「僕の生きる道」が好きな人は、絶対に見て欲しい。

古い映画なので少し冗長の感はあり、また白黒映像なので見始めの3分間は違和感があるだろうが、猛烈に「泣ける」映画だ。「七人の侍」と並ぶ黒澤監督の2大傑作というのが、世間の定評である。
どうやら「生きる」は、ハリウッドでリメイクされるらしい。

あと「赤ひげ」もいい。
僕が高校時代夢中で愛読した山本周五郎の原作。貧しい病人を無料で診察するために設立された小石川養生所のボス「赤ひげ」三船敏郎は、ぶっきらぼうで唯我独尊、若い医師たちには「問答無用」と自分の意志を押し通す頑固な男。
しかし悪を憎み、貧しさを生み出す愚かな政治を憎むまっすぐな人で、根は非常に優しい。

その赤ひげ率いる小石川養生所へ、長崎でオランダ医学を学んだ若きエリート医師加山雄三がやって来る。加山雄三は幕府の御典医として働きたかったのだが、なぜだか貧乏臭く、傲慢なボス赤ひげのいる小石川養生所に配属され、最初のうちは大いに腐る。
病院には貧しく汚らしい患者ばかりだし、それに上司である赤ひげの頭ごなしの命令が嫌でたまらない。

しかし小石川養生所の患者達の貧しい中でも尊厳を失わない気高い心や、養生所で働く同僚たちのやさしさ、そして三船敏郎の赤ひげの人格的な凄さに触れ、加山雄三は、だんだん小石川養生所で働くことが好きになる。
一人の青年が変わってゆく「教育映画」としても面白い。
赤ひげ役の三船敏郎は頑固オヤジの雰囲気をたたえ、また若き日の加山雄三も青二才の若造医師を好演。

心が乾いた時に「家族」「幸せの黄色いハンカチ」「生きる」「赤ひげ」はお勧めします。






Last updated  2006/04/21 07:50:49 PM
2006/04/15
カテゴリ:映画・テレビ好き
ところで、どうして「渡る世間は鬼ばかり」を見る時、僕達は泉ピン子に肩入れするのだろうか?

だって、バラエティ番組に出演する泉ピン子を見るがいい。
バラエティの泉ピン子は、自分は話術があって、話が面白い芸能界の大物という自意識プンプン。服はシャネル一本槍。こんな下品で嫌味なオバサンはあまりいない。

しかし「渡る世間は鬼ばかり」で幸楽の白い上っ張りを着て、赤木春恵や沢田雅美や中島唱子のイジメにじっと耐えている泉ピン子の姿を見ると、視聴者は「泉ピン子かわいそう」と、泉ピン子に感情移入する。
バラエティのふてぶてしい泉ピン子の姿を、しばし完全に忘れてしまう。

「渡る世間は鬼ばかり」の視聴者で、赤木春恵や沢田雅美や中島唱子の味方をしながら見ている人は、果たしているのだろうか?

「赤木春恵、もっと泉ピン子をいじめたらんかい!」
「沢田雅美、泉ピン子をイビリ倒して、幸楽から追い出したらんかい!」
そうブラウン管の前で叫んでいる人は、あまりいないと思う。

とにかく僕達が「渡る世間は鬼ばかり」で泉ピン子の味方をするのは、泉ピン子の演技力と、橋田壽賀子のシナリオの魔術の相互作用に他ならぬ。

だって本当の泉ピン子は、どう見たってイジメっ子キャラでしょ?
「渡る世間は鬼ばかり」で突然、泉ピン子がバラエティ番組で見せるような、ふてぶてしいババアキャラの本性を出して、赤木春恵や沢田雅美に逆襲したら、ドラマはK-1並に面白くなる。

TBSの「春の大感謝祭」みたいな番組で、「渡る世間は鬼ばかり」の出演者が出ているが、「渡る世間は鬼ばかり」チームで一人大きな声でしゃべり倒しているのは泉ピン子で、横でイジメ役の赤木春恵は高そうなピンクの縁無し眼鏡なんかかけて、淑女然と上品そうに無口なまま微笑を湛えている。

傲慢っぽい泉ピン子がイジメられる嫁役で、上品な婦人である赤木春恵が鬼姑役。
ドラマの嘘の世界は、だからこそ面白い。

ところで、「渡る世間は鬼ばかり」の石坂浩二のナレーターは、今回も絶好調である。
下品極まりないドラマの格調を、石坂浩二のナレーターが一気に高めている。






Last updated  2006/04/16 04:52:36 AM
2006/04/14
カテゴリ:映画・テレビ好き
久しぶりに「渡る世間は鬼ばかり」を見た。

岡倉大吉役が、藤岡琢也から宇津井健に交代するというので、非常に興味があった。
TBSドラマ界において、水戸黄門役が東野英治郎から西村晃に変わって以来の、大幅キャスティング変更である。

宇津井健は、岡倉大吉役を70年続けているかのような、見事なハマリ具合である。「おかくら」カウンターでの板前姿がよく似合う。
宇津井健はあまり器用な役者ではない。ロボットのような動きの演技をする人だ。でも人情味や熱意、温かさを十二分に醸し出すいい役者だ。

私は「赤い疑惑」や「赤い運命」の頃から宇津井健のファンだ。
ドロドロした大映ドラマ「赤シリーズ」の中で、宇津井健だけがまともな人間を演じていた。

かつての大映ドラマでは、周囲は三国連太郎とか前田吟とか石立鉄男とか、変人奇人狂人大集合の役者陣の中で、宇津井健だけが唯一感情移入できる人だった。

老齢になって、宇津井健は視聴者に安心感を与える役作りに磨きをかけている。泉ピン子が「とうさん」と呼んでも、全く違和感が無い。
たとえばもし岡倉大吉役に宇津井健ではなく、田中邦衛が抜擢されていたら、超絶な違和感を覚えていただろう。

それから、知らない間にえなりかずきが東大生になっていた。驚き。
小さい時からラーメンや餃子を運んでいて、また家庭内は嫁姑小姑の壮絶な争いで明け暮れていたのに、ちゃんと隠れて勉強していたんだ。

えなりかずき、立派な男だ。

でも、えなりかずきは顔も服装も、古典的な東大生のイメージにぴったりだ。セーターの襟元から、白いシャツがカチッと覗いている、真面目君的着こなしなんか、えなりかずきしかできやしない。

あと、赤木春恵が降板すると聞いて、じゃあ「幸楽」で泉ピン子をいじめる役は誰になるのか、中島唱子の聖子ちゃん単独では泉ピン子をいじめるのは役不足だと思って見たら、何と沢田雅美が復活していた。

沢田雅美は橋田壽賀子だか石井ふく子に睨まれ、干されていると聞いていた。ドラマでもアメリカで喫茶店やっているという設定になっていたが、まさかの再登板である。

沢田雅美が醸し出す不快感のオーラは凄い。ブラウン管の厚い壁を越えて不快感が伝わってくる。私も見ていて、時々気分が悪くなる。あんな女が家にいたら、家でヘビを買っているのと同じだ。

赤木春恵がいなくなって、さすがに橋田壽賀子も石井ふく子も確執を水に流して、沢田雅美に声をかけたのだろう。
沢田雅美の久子が幸楽にいて、泉ピン子をネチネチいじめたら、ドラマが締まる。
イジメ役はリーサル=ウエポン沢田雅美しかいない。

沢田雅美の再登板は、非常に喜ばしい。






Last updated  2006/04/14 10:53:42 PM
2006/03/19
カテゴリ:映画・テレビ好き
映画は、強い意志で他国の文化にコミットしようとしなくても、他国の文化を安易に受け身で、楽しみながら知ることができるメディアである。

たとえば映画で、生のアメリカに接する機会のいかに多いことか。
映画ファンは警視庁のパトカーと同じくらい、ロス市警のパトカーを見慣れている。
映画がなければ、日本のアメリカに対する理解ははるかに貧弱なものになったであろう。

ハリウッドという名の、アメリカ合衆国文化部の大宣伝部隊は、玉石混交のフィルムを日本に撒き散らす。
「タイタニック」や「アルマゲドン」など、いかにもハリウッドの定番といった映画を大金かけて製作すると思えば、「パルプ・フィクション」や「ストレンジャー・ザン・パラダイス」のような、大変化球も投げる。
「ミリオンダラー・ベイビー」みたいなシリアスな作品も作る。
アメリカ映画は懐が深い。
映画に関しては、日本はアメリカからの超輸入超過である。

逆に、日本映画はアメリカにどんな影響を与えたか?
日本人の思想・文化・風俗、アメリカにきちんと伝えているか?
アメリカ人が映画というメディアによって日本を理解しようとしても、日本映画はホラーとゴジラ以外アメリカではメジャーになり得ない。

その結果アメリカ人の日本に対する無理解が加速される。
アメリカ映画における日本の風俗が、いかに奇妙に描かれていることか。
「007」のボンドが化けた日本人の姿のおかしいこと!
最近の映画も然り。「パール・ハーバー」の東京大空襲で焼かれる女の人たちのファッションは、花魁芸者の姿だ。
「さゆり」の芸者に至っては、中国人が演じている。

日本人監督で有名なのは、未だに黒澤・小津(ヨーロッパに行くと溝口・今村・大島も有名だが)である。
フィラデルフィアのレンタルビデオ店では、日本映画はこの2人の作家のものが大部分だった。
(その他なぜか伊丹十三の「タンポポ」があった)

現存の作家になると、評価されるのは北野武が作る、大学映研の卒業制作のような映像ばかり。たしかに北野氏の映画の既存の映画とのズレ方、表現技術の拙さを力技で押し切るところ、また画面の言い知れぬ緊張感と無気味さは凄いものだが、日本映画の「主流」ではない。

日本映画は、娯楽作が軒並み壊滅状態である。ハリウッドに比べて、韓国と比べてさえ、格落ちの感がぬぐえない。

悪い例に出して恐縮だが「ホワイト・アウト」はひどかった。

「ホワイト・アウト」みたいな雪山映画の成功は、映像で寒さをいかに表現するか、雪の恐怖と美しさをいかに画面に焼き付けるか、にかかっている。

ところがこの映画、ただ猛烈な吹雪の前にカメラを据えているだけで、体を刺す痛みを伴う寒さが伝わってこない。寒さを表現する細かいディテールの積み上げがない。

黒澤明はモノクロ時代、豪雨の迫力を出すため、水に墨汁を混ぜ、消防車のホースから降り注いだそうである。

ビリー・ワイルダーは「麗しのサブリナ」で、まだクーラーの普及していない時代、扇風機の前に氷柱を置いて室内の暑さを表現していた。

こういう一目でわかる「映画的」な工夫、ディテールが欲しい。細かい映像のディテールを考えるのは楽しいはずなのだが。

恐らく、国立の映画学校が整備され、きちんと指導さえしておけば、「ホワイト・アウト」ような、ただ単に雪の前ににカメラを据えただけの撮影をするような失敗はしないであろう。

きちんとした表現技法のテキストがあり、たとえば暑い時や寒い時の表現はどうするのか、映像表現の基礎が書かれたしっかりしたテキストを完備すれば、「ホワイト・アウト」のような間違いは起こりえないだろう。

表現する者にとっても、教科書以上の個性を打ち出すために、めざすハードルは高くなり、そこから斬新な表現が生まれる。

日本映画の場合、伝統の踏襲すらできずに、映像表現技術のイロハまで作家の「個性」に委ねられている。
その結果技術的に未熟な作品が出来上がる。

映画は外国人に日本を理解してもらえる格好のプロパガンダだ。伝統を大切に学んでほしい。






Last updated  2006/03/19 06:38:41 AM
2006/03/18
カテゴリ:映画・テレビ好き
日本の道路や施設で映画を撮影するのは、大きな制約がある。撮影現場を確保するのは大変だ。

天下の公道で堂々と撮影できるのは、強い政治家(慎太郎)をバックに持つ石原軍団のドラマや映画ばかりだ。(「西部警察」や「誘拐」を見よ)

鉄道会社にしても、撮影に協力してくれるところは少ない。小田急や京王は結構協力的らしい。だから映画の主人公は小田急や京王沿線が多い。

ハリウッドのあるロサンゼルス市やカリフォルニア州政府が、映画撮影に非常に協力的なのとは対照的だ。
高層ビルが火災にあっても、バスがジャックされロスの街中を走り回っても、ロスの地底で火山が爆発しても、宇宙人が襲ってきても、ターミネーターがやってきても大丈夫!
ロス市はきちんと撮影に協力してくれる。知事自身がターミネーターだし。

また金銭面でも、先進国で日本ほど映画撮影に冷たい国家は珍しい。
北朝鮮やナチスみたいに、あんまり国が先導して映画作りを行うのも無気味だが、日本はあまりにも映画に冷たすぎる。

日本の映画人は、全部「自腹」で映画を撮っている。国がお金を出すことはない。
日本政府は第二国立劇場を建てたり、田舎にコンサートホールを作ったり、ハードには金を必要以上にたっぷりと注ぎ込む。
しかし、映画ソフトに対する資金援助はほとんどしない。

確かに国が資金を出すようになると、国が脚本や演出に口を挟み、「国策映画」が増える危険性はある。
しかし、もう少し理解を示してもいいような気がする。

とにかく、映画は異常に金を喰う。
日本の映画監督は他の仕事で金を集めて、映画に注ぎ込む。
北野武や三谷幸喜はTVで、市川準や大林宣彦はCM撮影で稼いだ金を映画に投入する。
観客動員を集め儲かったとしても、税金でがっぽり取られる。

だから映画の儲けを、次回作に注ぎ込もうとしても難しいる。高い税金のおかげで、また一から資金集めをしなければならない。
おそらく映画で純粋に財を成した人は、宮崎駿ぐらいではなかろうか?

国は資金提供なんてしなくていいから、税制面でもう少し映画に気を使ってくれたらいいと思う。

日本の銀行も、映画に対する融資は冷たい。
アメリカの銀行は、どんなに無名な人間でも、面白い脚本を持っていくと、お金を貸してくれるのだそうだ。
担保は日本のように土地ではなく、脚本ということになる。
「ゴーストバスターズ」という映画は、NYにマシュマロマンが現れるというアイディア1本で、銀行が金を融資したという。

とにかく、日本では政府も企業も映画に冷たい。
というわけで、まともな生活をしようとする人は、映画界には飛び込んでこない。
映画を志す人は「世捨て人」になることを覚悟しなければならない。
どんどん映画界は、才能が枯渇してゆく。

小泉首相は芸術に理解がある人だから、在任中に何とかしてほしい。






Last updated  2006/03/18 10:41:24 AM
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