ちゃと・まっし~ぐ~ら~!

2005/03/28(月)10:05

ピカデリー近くのとあるカフェで

雑感(448)

いつも楽しみな日記の一つ、パリ在住のMAOさんちのページをのぞいたら、今日はコーヒーの話に力がはいっていて、ふと思い出した。 ここしばらくは全然行けなくなったのだが、ロンドンの中心近辺で働いていた時によく行くカフェがあった。 ロンドンに来たことのある人なら、ピカデリーサーカスに大きなTower Recordがあるのを知っている人も多いと思うが、そこからリージェント・ストリート沿いに少し北に上がると、北西角にTalbotというレディスのブティックがある。 その角を左に曲がり、20mほど先の北側にそのカフェがある。 京都にいた頃、私は仕事が終ると、それが9時になっても10時になっても、四条裏寺の「はなふさ」で必ず一杯コーヒーを飲んでから家に帰るのが日課だった。 バーテンダーの人たちは、一見さんたちからするとちょっと無愛想に見えたかも知れないけれども、なぜか最初の頃から私はとても親切にしてもらっていて、一緒に馬鹿話に興じることもあれば、本を読んでいる時は話しかけずにいてくれたり。 結局13年くらいは通っていたことになるし、ロンドンに来てからも帰省のたびに顔を出していたが、とうとう一昨年の夏に閉店してしまった。 ロンドンに来た当初、私は独身。 仕事が済んだ後、そのまままっすぐ帰るのも気が向かず、あちこちぶらぶらしながらおいしいコーヒーが飲めるお店がないか探していた。 ロンドンにもカフェや喫茶店ぽいものはあるが、なかなかお店の色合いが感じられるところに会えず「コーヒーは飲めるけど」という中途半端な気持ちになっていた。 そんな時にたまたまはいったのが、さっき書いたカフェだった。 お店をはいると、右側においしそうなケーキがあれこれ並んでいる。 ロンドンに多い「大きければいいでしょ?」的なケーキとは何か違っていて、作っている人の繊細さが感じられるようなケーキだったことにとても眼をひかれたのを覚えている。 「はなふさ」のようなカウンター式ではもちろんなく、テーブルが15くらい並んでいたかと思うが、夕方の仕事帰りの時間に満席であることは一度もなかった。 そこで飲んだ濃いめのコーヒーがおいしいのと、案外居心地がいいのとで、そのうち毎日通うようになった。 毎日通っているうちに、そこのオーナーらしき優しいおじさんがいつもどこかから帰ってくることがわかる。 そのおじさんは、毎日そこにいる私にとても丁寧に挨拶をしてくれるようになった。 会社の同僚以外には知っている人もいない頃、このおじさんの顔を見るといつもほっとしてコーヒーを楽しんだ後、バスに乗って、当時間借りしていた家の自室に帰った。 ある日、そのカフェでいつものようにコーヒーを飲みながら本を読んでいると、隣りのテーブルに一人の日本人のご婦人が座り、夕食というには少し早い時間にサラダと飲み物を注文した。 そのご婦人はやがて、ぽつぽつ私に「こちらにお住まいなんですか?」といったような他愛のない質問を始めた。 彼女は一人旅のようで「ミュージカルをいろいろ楽しみに来ていて、だからちょっと早いけどお腹に何か入れようと思ったの。」ということだった。 どんな話題ということもなく、会話が30分くらい続いたが、50歳を超えたかという年齢の中に非常にすがすがしいものを感じる人で、会ったばかりなのに私は猜疑心も気負いもなく、隣同士のまま会話のキャッチボールを続けていた。 そろそろ帰る時間になった私は「じゃあこれで失礼します。どうぞ、お気をつけてご旅行をなさって下さいね。」と言うと「あなたもどうぞお元気で。」と彼女。 二人とも相手の名前も住所もきかないまま、もう会うこともないだろうとどちらもが静かに思いながら別れた。 その後、簡単に言えば電撃的に結婚してしまい、職場が中心から東のほうに移転した後、ダンナと二人でそのカフェを訪れた。 久しぶりに会ったオーナーのおじさんに「私、この人と結婚したんです。」と言った。 おじさんはいつもの優しさの中に、さらに破顔一笑で「それはよかったね。」と心から喜んでくれたようだった。 日本に帰省した時はちょっとした日本のお土産をおじさんに持って行ったりして、もう少しおじさんと話すようになっておじさんがフランス人ではなく、スペイン人だと聞いて二人とも驚いたものだ。 お店を出る時に、そこのケーキやタルトをいくつか買って帰って、フラットで食べると見た目を裏切らないどころか「これはかなりのヒットやね」と二人がお互い眼を見張る味でうれしくなった。 それから私たちは仕事の関係もあって、南のほうに引っ越してきた。 会社と家との往復で一日が終わってしまう私がおじさんのカフェに行くことは久しく途絶えてしまった。 自分一人だけの郷愁と言ってしまえばそれで終わりだし、おじさんも別に私たちくらいが来なくてもなんでもないかも知れないけれども、だんだん冷え込んでくるこの時期に久しぶりにおじさんのカフェに無性に行ってみたくなった。 別に子供ができましたよ、というようなお知らせもできないけれども「おじさんの顔が見たくなって」とだけ言えばいい。 ちょっと暖かい気持ちになってみたいロンドンの初冬の夕暮れである。

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