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空手・無想会 Karate Muso-kai 稽古ブログ

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2019.06.03
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カテゴリ:武術
最近、とある理由から「能」にはまりました。。。

能は、【最小限の動きで無限の世界を表現する】世界的に非常に歴史のある舞台芸術です。理解するのに、多少お勉強が必要ですが。。。

翻って、無想会の空手を通じて新垣師範から教わった最大の教えは、「最小限の動きで最大限の速さとエネルギーをどうしたら得られるか」ということかと思います。

しかし、「能」という舞台芸術を完成させたと言われる観阿弥・世阿弥という親子は、凄まじい天才です。。ホントに、最小限の動きで、能舞台という最小限の空間を無限の時間的・空間的空間に広げてみせる
方法を確立しました。これは歌舞伎や文楽とは全く違うのです。能舞台には、始まりも終わりもハッキリなく、幕もありません。歌舞伎でいうところの花道なんてのもないです。

ところで、私が初めてセミナーに参加したあとの懇親会前後で「俺は空手に捕まれた男だから。。。」とおっしゃっり、今なお空手とは何なのかを追求し、自らの空手に変化・変革を続ける新垣清師範も、別の天才ですね。(あっ!持ち上げ過ぎたかな⁉️)

最小限の動き。しばらく私はこれにこだわってみようと思います。






最終更新日  2019.06.03 21:25:57
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カテゴリ:空手
無想会の形・ピンアン、チャンナンにでてくる極真会館でいうところの回し受け、という名の「投げ」。これをする際に使う「広背筋の収縮」に同調して起こる、あるいは故意に起こす「大小腰筋の収縮」。

この「大小腰筋」の収縮を意識するあまり、【投げ】に呼応して前足を引くという動作を、これまた「故意に」行う人がいます。

今回のセミナーで、私は棒を"背中で"、または"身体で"振ることを体感しました。

上記の「投げ」も背中もしくは身体で行うべきものだから、大小腰筋の収縮で前足は自らの方引かれるのではなく、浮かなければならないと思うのです。
仮想重心を外に出しているので、相手の重みを引き入れることはないので、相手の重みを実際の体重そのものの重みとして感ずることはないですが、身体そのもので投げ、身体を前屈みさせず、まっすぐ立てて投げるべきです。
投げた結果として、前足が自ら方に引かれてしまいこといわゆる猫足立ちになるのはあるかもしれません。

ところで、棒は突きの感覚を養うという境地に至らない今の私は、棒は投げ(前へだけでなく左右へも)の感覚に近いように感じています。








最終更新日  2019.06.04 13:13:14
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カテゴリ:ナイファンチ
無想会の形に頻繁現れる膝蹴り。

ナイファンチで「波返し」と呼ばれる動作がありますが、これは【膝蹴り】だと教わっているので、「膝頭で蹴った方がよいだろう」と実は最近まで思っていました。そして、この膝蹴りは無想会の他の形にも頻繁に現れます。

しかし、膝頭で蹴るのは「違うのだ」ということが、今回のセミナーで新垣師範がおっしゃった【一言】でわかった気がします。

膝蹴りは正確には蹴るのではなく、相手の頭部を引き込んで膝に衝突させることなのです。そして、衝突させるのは膝の膝頭ではなく、膝の少し内側なのです。だから、波返しのような動作になるのです。

膝に衝突させる相手の頭部は硬い。頭蓋骨ですから硬い。そんな硬い頭部を膝頭に当て続けたら、膝の皿が割れてしまいます。
だから、膝の少し内側に衝突させます。

そして、何より波返しのような足の挙げかたをするためには、腰を開く・割る必要があり、より身体が浮きます。浮くから、次の技に繋がっていくのです。

「今ごろ、そんなことに気付くな‼️」ですって?ホントに今頃今更ですわ。






最終更新日  2019.06.03 19:05:17
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カテゴリ:空手
昨年の秋の無想会沖縄セミナーで、形・パッサイの第一挙動から左に方向転換する動きを、流れるように行っていた沖縄同好会のTさん。

新垣師範が再興された空手の形は、技を出したら、あるいは動いたら、それが次の技・動きを生み、またそれが次の技・動きを生むというように、途切れることがなく、最後まで流れて行きます。
形から学ぶことはいくつかありますが、どの形においても、形の中の技一つ一つをいかに淀みなく、しかも技として効果的に繋げて出せるか?という命題のもとに行うことは、型を分解などせず【一つ】として捉えるためにとても重要です。
いま私は、今回のセミナーのメインテーマであった「五十四歩」という比較的長い型を、【一つ拍子】で出来ないものか?と妄想しています。






最終更新日  2019.06.03 13:41:14
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カテゴリ:武術
​​​無想会大阪セミナーで「徳嶺の棍」を復習しました。私の棒を見た新垣師範か​​ら「肩でリズム(調子)を取ってるよ。それはダメだ。」​​とのご指摘を受けました。ハッ!と気付き、肩でリズムをとらないように肩を落とし首を長くしたまま棒を振ると、見事に棒を背中で振ることが出来ました。肩はもちろん、腕も使わずに棒を振るので、【ゆっくりと、しかし早く】振ることが出来ました。この振り方で練習していけば、徳嶺の棍を会得出来るように感じています。​

徳嶺の棍の順番は、大阪同好会代表のSさんに教わりました。この棒を振る感覚、つまり背中で、あるいは身体そのもので棒を振る感覚を得られたのは、Sさんのおかげとも言えます。ありがとうございました(^-^)/












最終更新日  2019.06.04 13:10:28
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2018.11.22
カテゴリ:ウチナー
日本政府は<内閣府HP>で沖縄に対して行っている色々な政策を広報している。

その政策を記載してあるページの中に『沖縄空手―空手発祥の地 沖縄―として​

【空手】を紹介している。
http://www8.cao.go.jp/okinawa/okinawakarate/okinawakarate.html


政治的なことを言及したくないので、
簡素な言い方をしますが、

日本政府が様々な理由から特別な政策を施している「沖縄」を象徴する事柄
として
【空手】が書かれてある。


【空手】に関わってしまった僕らは、
”そのような【空手】”を見続けなくてはならないと思う。


日本の空手、世界の空手。でもやはり沖縄の空手なのだ。


書いてることが抽象的過ぎますな‥…、すみません。。。。









最終更新日  2018.11.22 18:02:28
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2018.11.19
カテゴリ:空手
​​​​​無想会とは別で私が属している道場に、
普段ニューヨークに住んでいる女性がいます。

大阪のご実家に戻った時に、稽古に来ます。

昨日、その女性から聞いた話です。

「誠道塾」という空手組織があります。
この組織を創設されたのは、<中村忠>会長です。
極真空手の黎明期とも言える時期に、その組織作りをされ、
後に極真会館を離れ、
ニューヨークで「誠道熟」を立ち上げられた方です。
(このブログを読んで頂いている方ですから、
私よりずっとお詳しい方も多いでしょう・・。)


この組織のWeb-siteの出来も凄いです!
  ↓
http://www.seido.com/
http://www.seido-tokyo.com/index.html

ニューヨークでは、この道場が随一の規模・人気を誇っているそうです。

その人気の理由の一つに、各級ごとに習得する基本技、セルフディフェンス、
約束組手、型が明確に決められていて、上級者になるまで組手はさせず、
​各クラスで<メディテーション>を40分くらいさせるという​
その独自のメソッドにあるのではないか、と彼女は話していました。

精神修養と空手の連動。
N.Y.のいう大都市に住む人達の人生を豊かにすることに
もの凄く貢献されているのでしょう。
年齢・性別・人種区別なく取り組めるシステムを構築されている
この会長は、Dojo経営者としても敏腕な方だと思われます。


​翻って、「無想会」は<技術(武術)>のみ。
新垣師範から<武術的身体操作による技術>を学び、それを追い求める組織。
しかし、こちらも年齢・性別・人種に関係なく習得できる技術ですねウィンク。​

​​​​






最終更新日  2018.11.19 11:00:52
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2018.11.16
カテゴリ:武術
​​​​先日、「首里城」を訪れ、思いを新たにしました。





​<空手>は、約450年間、国王を擁した「琉球王朝」の武術なのだ!​
日本の伝統武術の一つだ、などと軽々しく思ってはいけない。

​​​​






最終更新日  2018.11.16 16:17:57
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カテゴリ:伝統大衆文化
​​
先日、久しぶりに「文楽(人形浄瑠璃)」を国立文楽劇場へ見に行きました。
歌舞伎ほどではないでしたが、文楽にもいわゆる「見栄を切る」シーンがありました。

ところで、11月6日~11日にマドリードで行われた世界空手道選手権大会。
喜友名諒選手が男子の型3連覇。
清水希容選手(く~ッ!美人だ)が女子の型で惜しくも銀メダル、3連覇を逃したそうです。

以下は、その清水選手に関するある「記事」の抜粋です。


『清水はそんな交流を自身の競技に生かしている。
 16年1月には練習の合間を縫ってアイスショーにも足を運び、羽生の演技も実際に見た。

​​​「形とフィギュアスケートは結構、重なることが多いんです。例えば全体の構成。形は(自分で構成を)作れないんですが、全体の流れだったり、部分部分で大事にするところの表現の仕方、インパクトの与え方は人それぞれ。決まった動きなんですが、やる人によって、見え方が違うんです。同じ(種類の)形をやっていても『力強い』、『表現がうまい』とかに分かれる。その目線で羽生選手を実際に見ていましたが、映像で見るのと全然違う雰囲気や、貫禄があって、見入ってしまいました」』

空手は、もはや柔道や剣道など以上に、<武術>というものから遠くかけ離れてしまったようです。

最初に書いた「見栄を切る」という挙動は、観衆に【何か】を投げかけ観衆の視線を集め、感動・同感・同意といった心理的変容を観衆が表現する掛け声や拍手を促す行動と言える気がします。

親族にその関係者がいるから肩を持つような言い方するわけではないですが、<能・狂言>には「見栄を切る」という動作は現れないかと思います。

<文楽>も<歌舞伎>も江戸時代には、大衆・町民の娯楽として栄えた大衆芸能。

それに対して<能>は、その源流を辿れば決して最初から高貴なものではなかったでしょうが、江戸時代には徳川に庇護され、文化的に昇華された芸能となりました。

<芸>や<術>が一般大衆化すると、いや、一般大衆化するためには、「見栄を切る」といった動きを入れて、最大公約数的な意味で誰でも見れるように、つまり<ショー>にしなくてはならないのか・・・・。

<武芸><武術>の一つといえる「空手」も、誰でも見て誰でも出来るものにするために、元の姿形を変えてしまったのか・・・・。

しかし、
清水希容選手は美人だ~~~!!!!





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最終更新日  2018.11.16 15:11:36
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2018.11.12
テーマ:空手道(12)
カテゴリ:空手
荷物がかさばり面倒だったので、首里城から那覇空港までタクシーに乗った。

タクシーの男性運転手が色々話しかけてきて、空手の稽古に那覇に来たことを告げると、嬉しそうにこんなことをおっしゃった。「私も若い頃、小林流をやってました。先生は、背が低いけど強かったよー。先輩で強い人は、マチワラ(巻き藁)を突いて割っちゃうからねー。マチワラがボキッと折れるんじゃなくて、ピシッと縦に割れるのよ。新品のマチワラがね!」


運転手の方の見た目のご年齢から推察すると、40年位前の沖縄の話かと。


改めて、頭を垂れて謙虚に生きていこうと思ったのです。。






最終更新日  2018.11.12 23:25:37
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