カテゴリ:伝統文化芸能
兄弟で、廓の真中で次から次へと喧嘩をしかける「股くぐり」で、場内爆笑の渦のなかで、暖簾の奥から「お危のうござんす」と客を気遣う揚巻の声がする。助六は「あいつは、今夜は、身揚り(みあがり=遊女が自分で揚げ代(費用)を払って休むこと)でいるから来いといってよこしたが、客を送るとは。こいつァ一番、言わざあなるまい」と腹を立てる。
そこへ編笠を冠った侍客が揚巻に送り出されてくる。「やい、侍。この広い往来でなぜ足を踏んだ。鼻紙を出して拭いていけ」と助六が因縁をつける。新兵衛も「拭かせろ、拭かせろ、今拭かざあ拭きえまい」とけしかける。 揚巻は「これ、粗相(そそう)言うて、後で謝らしゃんすなえ」と言うが、助六は「うぬが知ったことじゃあねえ。黙っていやがれ、売女(ばいた)め」と罵る。 助六はなおも「なぜ物を言わねえ、聾(おし)か唖(つんぼ)か」と言うと、新兵衛は続けて「のっぺらぼうか」と、二人が騒ぐ。助六は「第一、その蓮っ葉(はすっぱ)を取れ」と、編笠を取ろうとして、顔を覗きこみ驚き慌てる。 すごすごとさがる助六を見て、新兵衛は「どうした、どうした。祭りが支えた(つかえた)な。(喧嘩の勢いがそれたという意)よし、おれが出よう」と、助六がとめるのを振り払ってしゃしゃり出る。「ことも愚かや(おろかや)揚巻の助六が兄分、襟巻き(えりまき)のぬけ六とも、白酒の粕兵衛(かすべい)ともいう者だ。こりゃ、こっちの足が住吉の反り足、こちらの足が難波(なにわ)のあし‥抜けば玉散る天秤棒(てんびんぼう)、坊様(ぼさま)山道、破れた衣、ころも愚かや揚巻の前立ち。家に伝わる握り拳のさざえがら、うぬが目と目の間を‥」と、相手の顔を覗き込んで、助六同様うろたえて逃げていく。新兵衛は「ああ、死んだ」と下手(しもて)の床机の下へ首を突っ込む。 二人が慌てるのも道理、この侍客は、二人の母・満江(まんこう)なのである。母は助六の喧嘩をたしなめる。そして、赤い毛氈(もうせん)に包まっている新兵衛を引っ張り出してみると、なんとこれが兄・祐成である。満江は亡夫への言い訳に死ぬと言い出す。兄弟はあわてて押し留め、喧嘩は友切丸詮議のための苦肉の策と説明する。 母は助六の体を心配して、紙衣(かみこ)を取り出し、「手荒うすると破れるぞ。じっと堪忍して、紙衣のやぶれぬよう。これを破ると母の身に傷をつけるも同然じゃ」と。早速、助六は紙衣に着替える。小豆色(あずきいろ)に黒の切継ぎの紙衣姿が、この伊達男に艶やかな二枚目の趣(おもむき)を添える。 友切丸詮議のため、なお廓にとどまる助六を残し、「松にふじなみ‥」の、しんみりとした下座音楽のうち、心残る風情で満江親子は、後を揚巻に託して夜の廓を立ち家路につく。それを見送る揚巻は、そっと右手を胸に当てて、満江の頼みに応える。傍に紙衣姿の助六が座っている。ここのところは、私の好きなシーンである。母・満江の依頼を引き受ける太夫・揚巻の心意気を見せる仕草になぜか泣けてくる。 そこへ「揚巻、揚巻」と呼ぶ意休の声がする。きりりと身構える助六に、揚巻は紙衣のことをたしなめ、助六を自分の裲襠(うちかけ)の裾(すそ)に隠れるようにいう。「恋の夜桜‥」の唄になり、禿(かむろ)たちに香炉台と刀を持たせて意休が出てくる。豪奢(ごうしゃ)な蝦夷錦の衣裳に着替えている。 「こう並んだところを助六が見たら、さぞ気をもむであろう、のう、揚巻」と言うと意休の脛をつねる者がある。後ろに隠れた助六の仕業である。揚巻は、それを禿たちの所為(せい)にしたり、鼠のいたずらにしたりする。「なるほど、鼠だ。しかも、溝を走る溝鼠が、それ、そこに」と、刀で床机の陰の助六を突き出す。助六はきっとなるが、揚巻が間に入り、「これ、紙衣を忘れさんすな」とたしなめる。 意休は「助六、わりゃあなぜ盗み食いをする。そのような根性で、大願成就なるものか、ここな時致(ときむね)の腰抜けめ」と罵り、扇(おうぎ)をもって助六を打ち据える。 助六は打擲(ちょうちゃく)する意休の手をとって、下から静かに見上げ、「意休、わりゃァあやかり者だなァ。われわれ兄弟十八年来、付けねらえど今においても敵(かたき)も討てれず。それに引き替えこの助六は、そちがためには恋の敵。その敵を目前に扇の笞(しもと)、さあ、討つという字がうらやましい。あやかりたい。われに教訓の扇といい、母の紙衣に手向かいならぬこの時致(ときむね)、さあ、打て、叩け(たたけ)、打って腹だにいるならば、いくらも打てよ、髭の意休」と、首をうなだれて、愁いの体である。 意休は頷き、香炉台を助六の前に据え、その三本の足に譬え、曽我十郎・五郎・祐俊(すけとし)の三人兄弟が、力を合わせれば、この三本の足はびくともしないといい、逆に三人がばらばらでは、この通りと、刀を抜き、香炉台を切る。このとき、助六は手早く刀の寸法を測り、友切丸であることを確認する。 意休はすばやく刀を納め、揚巻は仲に入って両手を広げて押しとめる。三人キッパリと見得、ツケとなる。意休は「人多き人の中にも人ぞなき、人になれ人、人となせひと。人目を忍んで時節を待て。助六、さらば」と奥へ引っ込む。 助六は「この紙衣を破るまいと、じっと無念を堪えていたが‥。こりゃ揚巻、いま意休が抜いたる一腰(ひとこし)こそ、かねて尋ねる友切丸」と、勇んで奥へ踏み込もうとするのを抑え、揚巻は助六に耳打ちをする。助六は「うむ、そんなら今宵、帰りを舞いうけ」と頷いて、助六は右足を踏み出し、両裾(りょうすそ)をとり、揚幕を睨み、きまる。揚巻は、後ろ向きに裲襠の背を大きく見せて、助六を見送る形にきまる。そこにチョーンと柝(き)が入る。 急調子の「曲撥の合方」で、助六は大股で入る。この後、「水入り」がつくこともあるが、一応、この幕で「助六」を閉じることにする。 4回にわたって「助六所縁江戸桜」を書いてみたが、4月の團十郎を観れば、私の下手な解説も何かの手助けとなるかも知れない。歌舞伎は「読むもの」ではなく「観るもの」である。あの舞台を観れば、一目瞭然である。ただし、台詞や歌の文句には聞きなれないことが少なくないので、予め、これをさらりとお読みくだされば、「なるほど」と理解がより深まるというものである。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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