2008/01/28(月)00:39
これまでの記録 その2
2007年11月(1歳6ヶ月)ちょうど明日で1歳6ヶ月というときに、保育所で流行中の水疱瘡をなーちももらってくる。約2週間保育所をお休みすることになり、再びバァバにヘルプに来てもらう。バァバに手遊び歌を沢山教えてもらって、どんどん歌や言葉を覚える。この頃から母の呼び名が「たーたん」から「あーしゃん」へ変わり、父の呼び名は「とっとー」から、なぜか「とっとろー」に。2007年12月(1歳7ヶ月)12月の前半は何をするのも「イヤ!」が多くなる。椅子に座るのも「イヤ!」、エプロンつけるのも「イヤ!」、おむつ替えるのも「イヤ!」、歯磨きなんて「イヤ!イヤ!イヤ!」で母はぐったりの日々。一方、保育所では「イヤイヤ」を出すことが減ったらしく、連絡帳に「あんなに嫌がっていた目薬もすんなりやっています。外と家庭の使い分けが出来ているという成長の証ですね。」と先生が書いてくれている。12月の後半は言葉がものすごく発達した。スプーンに映った自分の顔を見て「見てぇ。なーち、いた!」と言ったり、父に向かって「お茶!ここに!(置け)」と言ったり、3語文や自分の意志を伝える言葉を話すようになる。でも、まだ大人の喋るイントーネーションだけを真似た意味のない言葉がたくさん。自分のことを「なーち」とか「なーちゃん」と一人称で呼ぶようになり、母のことは「おっかしゃん」、父のことは「おっとしゃん」と呼ぶようになる。12月22日に断乳する。2008年1月(1歳8ヶ月)母、再び専業主婦になる。なーちも保育所を退所し、家で母と過ごすようになる。今まで朝8時から夕方6時頃まで離れていた母と、ずっと一緒にいられるようになって落ち着いたのか、家での「イヤイヤ」の激しさがなくなり(多少はある)、自ら進んでとは行かないまでも、目薬や歯磨きなどを押さえつけないで出来るようになった。イントネーションだけを真似た意味のない言葉はほとんど言わなくなり、かなり意思の疎通が出来るようになってきた。母はなーちの言っていることの8~9割理解できる。長年幼児に携わる仕事をしてきた経験豊富なバァバ曰く、「なーちゃん大人の言うことほとんど分かっているよ。」とのことなので、何でも好きにやらせる時期は終わりと判断して、少ししつけを厳しくする。我を通そうとすると、今まで甘かったお父さんやじぃじにもがつんと怒られるようになり、今までイヤイヤが激しくてさせるのが大変だった「食事やおやつの時は椅子に座ってエプロンを着ける」が出来るようなり、「ごめんなさい」も言えるようになる。いつの間にか、歯磨きのブクブクうがいだけでなく、ガラガラうがいもマスターしてびっくり。だんだん「おかーしゃん」「おとーしゃん」と呼ぶことが出来るようになってきた。