2004/12/04(土)22:01
金曜サスペンス「ルンゲ警部の事件ファイル2 ~現れた名探偵~」
「部屋から異臭がするんです」
匿名のタレコミがあったのはそろそろ日付も変わろうという夜の23時過ぎの事だった。
帰宅途中だったルンゲ警部は連絡を受けて現場に急行。現場付近にさしかかったとき、ちょうどクーパー捜査官の車が到着するのが見えた。
「デジャブ…って言うんですかね?」
車を降りたクーパーは、歩いてきたルンゲを見つけて笑った。
「一度も経験したことのないことを、すでに経験したことであるかのように感じられることが”デジャブ”」
ルンゲは右手を細かに動かしながら、真顔のまま返事をした。
その姿はまるで、三省堂の「デイリー 新語辞典」の様だった。
「しかも、今のはデジャブじゃないぞ」
ルンゲはあきれた様に、今度は苦笑した。
「コピー&ペーストだ」
廊下に着いた時、一番奥の部屋のドアが開いているのが見えた。
「何だ?」
おもわず顔をしかめたクーパーが、顔をハンカチで覆う。
「ひどいニオイだ」
ルンゲも同様に顔をしかめた。
壁沿いに部屋に近づくと、大量のスリッパが入り口に散乱しているのが見えた。
脱ぎ散らかした感がある。少なくとも5人以上の数がありそうだ。
「ルンゲ警部、あれを!」
部屋に飛び込んだクーパーが指さした先、そこには一人の男がうつぶせで横たわっていた。
すぐさま駆け寄ったルンゲは男の首筋で脈をとる。
「大丈夫、まだ死んではいない」
西尾環那(28歳・会社員)は、割り箸を握りしめたまま倒れていた。
「今度こそデジャブでしょうか?」
眉間にしわを寄せるクーパー。
「コピー&ペーストだ」
ルンゲはそう言いかけてやめた。
同じ事を二度言うのが「今のギャグは何が面白かったのか」を説明するぐらい恥ずかしいのだ。
俺の流儀に反する。
流儀に反する事はしない。ルンゲはそういう男だった。
「うぅ…」
男がうめき声をあげた。
「環那さん、何があったんですか?」
忠実に職務をこなすクーパー。
何事も手を抜かない所は嫌いじゃない。ルンゲはクーパーをそう評していたが、実際の所クーパーは手の抜き方というものが一切わかっていなかった。
魚の骨は原型のまま皿に残す。そんな男だ。
「も…」
「も? 何です、環那さん」
「もう食えない…」
部屋のニオイの原因は、キムチ鍋だった。
同期の男6人。換気らしい換気もないまま、2時間にわたって煮続けた結果だ。
「彼は…つらいだろうな」
助手席でルンゲはつぶやいた。
「そうですね…」
クーパーは深刻そうな顔をしてみせた。
だが、実際の所はなにが深刻なのかあんまり理解していなかった。
だから、それっきり黙ってしまった。
それを察したルンゲが、助け船を出すように呟く。
「彼はこの後、あの”異常なまでに豚キムチ臭い部屋”の中で、眠らなきゃいけないんだ」
「自分がシラタキになった夢でもみるんじゃないですか?」
クーパーが肩をすくめながら笑った。
「ところで警部?」
クーパーが思い出したように口を開いた。
「今回のサブタイトルは~現れた名探偵~だったはずですが…」
「あぁ、その事か」
ネオンもまばらな夜の景色。
何の謎も残さない普通の現実とルンゲは向き合っていた。
「11月10日に注文した、『少年探偵ブラウン』が届いたんだよ」