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神奈川県川崎市のパン教室  Sucre a la neige

思い出2

念願の宮古島のレースに出るまでに、ハーフアイアンマントライアスロン(ハワイ)(磐田)の2回とデュアスロンやトライアスロン駅伝、オリンピックディスタンスのトライアスロン、フルマラソンなどに出て経験を積んだ。
レースに出るということ自体がロングディスタンスのレースのための練習でもあった。

3キロの泳ぎ、155Kの自転車、フルマラソン すべてパーツは経験した。
ハーフアイアンマンの距離なら続けて全部やるレースも経験した。
あとはそれをすべてくっつくけた時に自分がどういうパフォーマンスをするか
ということだった。

絶対にやり遂げるという強い意志を持ち、完走したものにだけ渡される順位入りのPapasのTシャツをもらうんだと自分に言い聞かせた。
何よりもこのレースを走り切れば、人生にたいして希望が持てるに違いない。そういう思いが持てるようにしたかった。

朝7時スタートだったと思う。
7時にスタートということは、最低3時間前には起きて消化のよくてエネルギーになるものを食べておかなければならない。なので確か3時半起きだった。
よく寝ることができたかどうかは覚えてない。
覚えてないってことはきっと寝れていたんだろう。
ハワイのハーフアイアンマンの時には一晩じゅう目がさえて眠れないままレースを迎えた記憶があるから。

3時半くらいに起きて炭水化物の多い物を食べて、身の回りの準備
途中で食べるための補給食作り(ミニおにぎりや、自転車に乗ったままや走りながら食べれるように小分けにしたエネルギーバーの準備)をして。
そして体というよりは、緊張しまくって昂りまくっている精神を抑えるために
ゆっくりストレッチをして。
同行のアスリートの友達と忘れ物がないかチェックしながら、スタート会場へ

東急リゾート前の浜辺がスタート地点
せっかくの宮古島の素敵なリゾートの浜辺も、この時の私にはただただ緊張をうむものだった。
トライアスロンのスイムは一斉スタートで水の中なので、スタート後にバタ足でけられたり、殴られたりというバトルがある。それまでに出たレースではキックの足がお隣の人に当たってしまったら、そのあと、ぼこぼこに殴られて溺れそうになった経験もある。
ひたすら、マイペースで完走したかった私は、スタートラインの一番端の後ろの方を陣取って、スタート。

宮古島の海はやっぱりきれいだった。海なので波はやっぱりきつかったけど。
それまで出場したどのレースよりも海がすんでて、周りがよく見える。
透明に近いきれいなお魚がきらきらしてた。もう少し気持ちに余裕があれば
癒されながらのレースだっただろうな~~。
朝からの緊張のせいで泳ぎ始めてすぐから、体が重くてきつくなって、もうやめちゃいたいなぁって少し思った。でも、一生懸命気持ちを奮い立たせて、ゴールしてパパスのTシャツをもらう自分をイメージして、頑張った。
その後は自分のペースだけを考えて、3角形にブイを回る3Kのコースを泳いだ。

後半は岸に打ち寄せる波に乗って、周りがよく見えるということで、余裕が出てきた私が見たのはブイとブイをつなぐコースロープをつかんで進んでいるアスリートだった。
きっと反則だと思うけど、なんだかそうやって進む方がきつそうだし、不思議なことをする人がいるんだなぁと思って、抜かしていった。

1時間少しでやっと浜辺が見えてきた。
一番苦手な種目がなんとか終わったので本当にほっとした。泳ぎはトライアスロンをやるって決めてから、泳げるようになったので、3Kたどりつけるだけで本当にほっとする。

陸に上がってトランジッションエリアまで、地面を踏みしめる喜びを感じつつ
進んだ。ショートのレースじゃないので、着替えやなんか気持ちにゆったり余裕をもって3,4分かけてから自転車を出発したと思う。ちなみのショートの場合はほとんど着替えもせず1分くらいで次の競技に移る。

自転車は2番目に苦手・・最初のうちは周りのペースに引っ張られたりしてペースをつかむのに一苦労。
宮古島ならではの小さな田舎町を抜けたらサトウキビ畑、それを抜けると海沿いの道に出る。風力発電の風車が4つ位青空の中に映えているのをみたら少し元気になった。でも海沿いの道は風も強くなるので大変だけど。

離島へ行くための橋を渡って戻ってくる途中に自転車が回らなくなった。
整備頑張ったのに何か不都合かな。いつもは自転車屋さん任せにしてたけど、こういうときのために自分でできるようにもっと練習しておかなければいけなかったんだと思う。これでリタイアかなと涙が出そうになりながら、しらべる。タイアをはずしてチェックしなおしてみたらなんとか乗れるようになったので、また壊れませんようにって祈りながらスタート。
でもギアの一番下か上のランクが入らなくなったような記憶が。
上りの坂道がきつくなりすぎたらアウトだぁと思いながら乗った記憶があるので。

サトウキビ畑や枯野の山や、海岸沿いの崖道と変わる景色を楽しみながらのれた。宮古島の外周は観光コースとして、本当にお勧め。90Kポイントくらいでトイレに行きたくなったけど、ちょうどエイドとエイドの合間でなかなかトイレがなくて困った記憶がある。

そろそろ本格的にきつくなってきたなぁ。自転車のゴールはまだかなって耐えて漕ぐようになったころ、やっとゴールが着た。
最後はサイクルメーターの1Kmが増えるのが本当に遅く感じた。

でも自転車を降りたら、妙なパワーがわいてきた。
ここまで水泳3Kを一時間少し。自転車155Kを5時間半くらいのって158Kほどの距離を進んできたことを思うと、”なんだ~~あとたったの42Kって・・・・”思えた
実績から考えるとあと4時間、もし力尽きて途中で歩いちゃっても5時間で帰ってこれるじゃないかって

溺れることも落車して大けがすることもないし、ランニングは大好き。

マイペースを守りながら進んでいく。
自転車の時からお腹がすきすぎないように、30、40分置きにおにぎりやパワーバーを食べて補給してきたけど、もっていた食料も尽きて、ランニングの半分くらいのときにものすごい空腹がやってきた。エイドステーションで菓子パンを見つけるとバクバク食べながら 止まるとそのまま止まっちゃいそうなので休まず走り続けた。パンを食べながら大口を開けて大笑いしながらはしっている写真が撮られて残っている・・
思ったより力が残っていたらしく、マラソンで一度も歩かなかった。
水泳と自転車が終わった時点で1500人中 900位くらいだった私は、休まず走り続けるということだけで400人ほどごぼう抜きをした。
順位とかを考えずに完走だけを考えて出たレースではあったけど、やっぱりどんどん人を抜いていくのは楽しくって、相乗効果で元気がでて走りに力が入った。
手元に残っているランニングのときの写真は全部、ニコニコ全開の笑顔

結局マラソンはキロ6分ペースで走り切り、4時間20分で走った。。
スタートから約11時間25分後、夕焼けの最後の余韻の残る中ゴールした。

あれだけ人生を挫折して、もう一生立ち直れないかもと思った私が、このレースを終わった時に思ったのは、”人間、やればできるじゃないか”ということだった。
そして、このとき、私の中で宮古島はゴールではなくなっていた。
ハワイのアイアンマンレースへとターゲットはうつっていた。





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