茨城県水戸市 常磐神社
水戸市の中心部、西側の高台に広がる偕楽園。その園内の東端、梅林を抜けた先に鎮座するのが、徳川光圀公と徳川斉昭公を祀る常磐神社です。写真は偕楽園駅側の大鳥居から社殿に続く参道の眺め。日本三名園として賑わう偕楽園に寄り添いながらも、境内に一歩足を踏み入れると静けさの中に水戸の精神文化が息づいているのを感じます。その立地と成り立ちをたどることで、この神社が近世に創建された意味が見えてきます。そしてその意味は、単に水戸藩の歴史を振り返るだけにとどまりません。水戸学が育んだ「公を重んじる心」や「社会のために自らを律する姿勢」は、個人主義が広がり、自己を律する姿勢や家族・地域を大切にする感覚が揺らぎがちな今、あらためてその意味を考えさせられる。常磐神社は、私たちが水戸学からどのような心のあり方を受け継いできたのかを、そっと思い返させてくれる場所である。写真は石段から大鳥居の建つ社頭の眺め。水戸学は、御三家(尾張・紀伊・水戸)の中で水戸藩が将軍継承の対象外とされたという立ち位置の矛盾から生まれた思想である。「日本の中心は天皇であり、将軍はその任命を受けた存在にすぎない」という尊王思想を軸に、朱子学の影響を受けた道徳と秩序を重んじる保守的な理念を持っていた。その思想的な土壌は光国が築き、斉昭が文武忠孝の世界観として結実させたものである。写真は石段を上った先の境内に安置されている一ノ狛犬。この思想は幕末に広まり、長州藩にも影響を与えたが、長州はそれを過激な行動原理として用い、暴力へと転化させてしまった点で水戸学本来の精神とは異なる。一方、最後の将軍となった水戸藩出身の徳川慶喜は、水戸学の影響を受け、尊王思想を背景に武力ではなく大政奉還という穏やかな手段を選択した。結局のところ歴史の評価は勝者によって大きく左右される。長州は朝廷を掌握し、倒幕の密勅を得て「官軍=正義」の立場を確保した一方、慶喜は旧体制の象徴として政治的に朝敵とされた。「勝てば官軍」という言葉は幕末に生まれたわけではないが、その意味がこれほど鮮明に形になったのはまさにこの時である。思想の純粋さよりも、どの勢力が天皇を利する側に立ち、天皇の名を握ったか、そしてその結果どのような政治的帰結を生んだかによって歴史的評価は変わってしまう――そのことを、水戸学の尊王思想がよく示している。常磐神社は、偕楽園・弘道館とともに、斉昭が描いた文武忠孝の世界観を今に伝える場でもある。御酒殿、日本酒好きには絶好の情報源です、月の井しか飲んだ記憶がない。水戸光圀 学問の土台を整えた藩主。弘道館の設立を支援し学問の振興を推進。藤田東湖 思想を深めた主要な学者の一人。水戸学の理論的基盤づくりに貢献。水戸斉昭 水戸藩の領主として教育と学問を後押し。思想と実践の橋渡し役となる。弘道館 水戸学の学習拠点。後の世代へ思想を伝える場として機能。境内の常磐神社由緒と茨城県神社誌(1973)を引用した沿革。 『祭神は大日本史編纂の祖、高譲味道根命(徳川光国)、偕楽園開園の祖、押健男国御楯命(徳川斉昭)。はじまりは明治元年旧氏族によって偕楽園内に義公、烈公を祀る堂の創立からはじまる。 同六年県社に列格。明治七年(1874)、現社殿を造営。 明治十五年(1882)別格官弊社に列格。昭和二十年戦災により社殿を消失。 同二十三年別表神社に列格。同三十二年現社殿が竣工。 昭和四十三年表参道・東参道の鉄筋コンクリートの大鳥居・燈籠を建立。境内社 東湖神社(藤田東湖命)、常磐稲荷神社(宇迦之御魂命)、三木神社(三木之次命・三木武佐命)』 というもので、境内右に義烈館があり、当日は時間の余裕もなく拝観できなかったが、水戸学関係の資料が収蔵展示されている。 二ノ鳥居前に安置されている狛犬。常磐神社社殿全景。 昭和三十二年竣工ということもあり、社殿に趣きを求めてもいけない。主な建物は拝殿・幣殿・本殿と社務所が主なもので、拝殿右側に常磐稲荷神社、本殿左側の境内に三木神社が鎮座、一ノ狛犬の左に東湖神社が鎮座する。シャープなデザインの拝殿は3本の鰹木と外削ぎの千木が施されたもの。拝殿左の常磐水神社。 創建は平成27年(2015)と新しく、祭神は水を司る神、弥都波能売神。渡廊から社殿後方に回ることができる。本殿左側の境内に東向きに社殿が祀られており、祭神は三木之次命・三木武佐(むさ)命。 三木夫妻は黄門さまの育ての親で、武佐は水戸藩初代藩主徳川頼房の乳母。安産・子授けにご利益があるとされる。創建は昭和40年と新しく、松下幸之助氏の建立。 本殿後方の備前焼狛犬。 どこか見覚えがある、大洗磯前神社の随神門を守護する狛犬と同じものです。本殿後方の二つの石碑。 上は万生に伝う碑、下は仰景碑。拝殿右側の常磐稲荷神社。 鳥居右側の推定樹齢150年の楠の切株は、今も新芽が芽吹き成長を続けている。 創建は昭和37年と新しく、五穀豊穣を司る宇迦之御魂命を祀る。東湖神社。 一ノ狛犬の左に東を向いて鎮座する摂社。藤田東湖は斉昭公の重鎮として藩政改革や兵器建造に尽力された方で、光国が礎を築き、斉昭が開花させた水戸学を更にまとめ上げた人物を祀る神社。本殿はシャープな切妻で祭神の藤田東湖を祀る。 こちらも創建は昭和18年と新しいもので、合格祈願・学業成就にご利益がある。境内右の能楽殿方向の眺め、この先に水戸学関係の資料を収蔵展示する義烈館がある。 内部には、大日本史はじめ大砲や近代に制作された黄門さまの木像など展示されている。大日本史は光国が着手し、その後も水戸藩で受け継がれ、編纂を終えたのは明治39年という、水戸学の精神そのものが結実したものといって過言ではないだろう。そんな大日本史も、今や国立国会図書館のwebから自宅で読むことができますが、偕楽園・常磐神社を訪れたなら、訪れておく必要があったのかもしれない。茨城県水戸市 常磐神社祭神 / 高譲味道根命(徳川光国)、押健男国御楯命(徳川斉昭)創建 / 明治七年(1874)境内社 / 東湖神社、常磐稲荷神社、三木神社祭礼 / 2月17日 祈年祭、2月20日 梅花祭、4月4日 烈公誕辰祭、5月12日 例祭 (側近日曜 神幸祭)、7月11日 義公誕辰祭、旧7月11日 国旗祭、11月23日 新嘗祭参拝日 / 2026/01/30所在地 / 茨城県水戸市常磐町1-3-1関連記事 ・下総国一宮・常陸国一宮巡拝 DAY2『鹿島神宮・大洗磯前神社』・風神様(龍田神社)・渕生稲荷神社・御霊宮・千葉県香取市 沖宮神社・忍男神社(東の宮)・千葉県香取市 瞻男神社(西の宮)・茨城県東茨城郡大洗町 大洗磯前神社・大洗磯前神社末社 與利幾神社・茨城県水戸市 別雷皇太神