瑞穂市祖父江 神明神社
前回掲載した墨俣の八幡神社。 鎮座地は大垣市の墨俣輪中の北側にあたり、堤の先の犀川堤外地から眺める対岸は瑞穂市になります。犀川堤外地から対岸を眺めると、堤の先に見える神社が今回掲載する神明神社になります。 鎮座地の瑞穂市は2003年に穂積町と巣南町が合併して誕生した新しい市。地名のアップデートが進まない自分には本巣郡の方が馴染み深い。上は明治時代と現在の比較で、安八郡式内社 荒方神社の論社とされる八幡神社と白鬚神社の二社と神社の位置を示しています。 左側の明治時代の地図では五六川と犀川の二つの河川が曲がりくねりながら長良川へ注いでいました。地図では現在の新犀川橋付近に鳥居が記されていますが、赤丸部分の鎮座地には鳥居の印は見られません。 当時の川筋は現在では直線的なものとなり、堤防道路も整備されており、地図から神明神社の創建時期を推測できません。犀川左岸堤防道路から眺める神明神社境内の全景。 綺麗に舗装された堤防道路沿いに、白く輝く玉垣や鳥居と綺麗な社殿が連なる。地図から消えた鳥居に拘るのは、この神明神社ではないかと勝手に推測します。主な建物は手前の拝殿と後方の神明造りの本殿で、道路側に境内社の鳥居があります。本殿後方の堤防道路から社頭の眺め。白い鳥居から拝殿に続く参道脇の常夜灯も白く輝いています、手水舎は参道右側にあります。 鳥居は昭和2年建立のもので、常夜灯は平成になって建立されたものでした。この地にあって近代に創建されたとはとても思えない。 消えた鳥居や新しい寄進物の疑問は拝殿前の由緒碑で払拭されます。拝殿左の由緒碑になります。 石目が邪魔をしてよく読み取れず、読み取れた一部を以下に抜粋。■由緒碑文。 「祭神天照大御神で伊勢神宮の御分霊を祀る、相殿に八幡大神と春日大神を祀る。・・・・土地の名により荒方神社とも称し、延喜式神名帳に記載された名社である。 この神社は祖父江中島の氏神で、治水・舟運・諸産業の守護神で遠近各地からも崇敬されている。社宝 元和五年(1619)九月二十八日創祀・・・・その他古札多数。 犀川大改修により新地に移転を余儀なくされた。・・・・平成二年吉日」確実に読めたのはここまでです。■岐阜県神社の記述を現代語訳にしたものは以下となります。 「当村の字「堤外」の土地は斎川の北側に位置し、南側には墨俣城の城の腰の地があり、川を挟んで白髭神社の鎮座地と向かい合っている。そのため、この堤外の地も昔は「荒方(あらがた)」と呼ばれており、当時このあたりに住んでいた祖父江村の民家は、古くは白鬚神社の氏子であったという。 祖父江村の棟札も、昔は白髭神社の境内にあったと、村の古老の語り伝えに残っている。昔、斎川は墨俣村の西南へ流れており、この荒方の地には達していなかった。 ところが元和元年ごろ、斎川の流れが東の長良川方面へ付け替えられる工事が行われ、その結果、荒方の地は斎川によって南北に分断されることになった。南側は安八郡墨俣村の城腰、北側は本巣郡祖父江村の堤外となり、祖父江村の堤外に住む民家は、川を隔てて白髭神社を氏神とする形になった。 そこで元和五年九月、祖父江村堤外に新たに神明宮を勧請し、氏神として崇敬するようになった。これが現在の神明神社である。宝暦年間以降、社殿の造営や葺き替えがたびたび行われた。」というもの。これらから犀川の付け替えで分断された堤外の中島に、元和五年(1619)に天照大御神、八幡大神、春日大神を祀ったことが神明神社のはじまりのようです。 水との鬩ぎあいから生まれた輪中や複雑に流れ下る川の付け替えの歴史は、堤外に祀られていた周辺の神社の遷座の歴史でもあるようです。切妻瓦葺の拝殿正面全景。 拝殿右側から眺める神明造の本殿。 棟には6本の鰹木と内削ぎの千木が施され、傷みもなく綺麗なものです。本殿前には白い狛犬が祀られています。本殿左の境内社は秋葉神社。 鳥居の建立年度は見忘れました。境内から社頭の眺め、この先の堤の下は一本に纏められた犀川が墨俣城の前を流れ下り長良川に注がれます。神明神社創建 / 元和五年(1619)祭神 / 天照大神、八幡大神、春日大神境内社 / 秋葉神社祭例 / 不明所在地 / 岐阜県瑞穂市祖父江1098-2西町 八幡神社から神明神社所要時間 / 犀川堤から新犀川橋を超え、対岸の堤を上流へ、距離約1km、約10分。参拝日 / 2026/03/12関連記事 ・春の苦味を求めて ― 犀川堤にて・西町 八幡神社