第十七回 歩いて巡拝 知多四国 五番札所 延命山 地蔵寺
知多四国 五番札所 延命山 地蔵寺。 先回掲載した長草天神社の西に隣接する曹洞宗の寺院。県道249号線沿いに寺号標が立てられ、その先の山門に石段が続きます。江戸時代末期まで長草天神社は地蔵寺が管理していたこともあり、長草天神社境内から石段中ほどに繋がる参道があります。 長草天神社と延命山地蔵寺が鎮座するこの場所は、鎌倉時代の英比ノ庄の地頭 藤田民部の家人 藤次藤三左門がこの地に入り館(長草城)を築いたとされ、明応三年(1494)に勧請されたのが長草天神社。 地蔵寺は後の地頭 市村傳四郎が天正元年(1573)に建立した地蔵堂がはじまり。城址とはいいますが、遺構はなく、強いて言えばこの小高い丘陵くらいだろうか。切妻瓦葺の薬医門から袖壁が続き、長草天神の境内から眺める地蔵寺の伽藍はかつての館をイメージさせるものがある。薬医門から本堂を望む。 伽藍は正面の本堂と右の庫裏、本堂左の弘法堂が主なものになります。現在の本堂は平成十五年に建てかえられた入母屋瓦葺のもので、本尊の延命地蔵大菩薩は聖徳太子の作とされます。 地蔵寺も5年前に掲載しており、当時の姿と変わりはなく、その時の様子を過去記事にリンクを貼っておきます。下は知多四国ガイドブックからの引用です。『天正元年(1573)、地頭の市村伝四郎の勧進でこの地に地蔵堂が建てられたのが地蔵寺の起こりです。 ここ横須賀(現東海市)の長源寺から教岩玄珪和尚を迎え開創されました。慶長十九年(1614)には日山天朔和尚が伽藍を建立して開山した後、中興の祖とされる印宗定海和尚が延享四年(1747)に寺格を上げています。 なお隣接する天神社は、江戸時代末まで当寺が管理していました。本堂屋根の銅板葺きが昭和三十八年に完成。 同四十六年には庫裡が再建されました。この庫裡は、鉄筋コンクリートの平らな屋根の建物に仏教様式の大屋根をかぶせるという珍しい建築法が採られています。 平成十五年、新たに瓦葺きの本堂が落慶、白壁が美しく浄められた境内の庭に映えています。』本堂左の弘法堂と右の修行大師像の眺め。寄棟瓦葺の弘法堂は格子戸までの外陣が吹き抜けで、その先から内陣になっている。賓頭盧尊師から外陣の眺め。堂の左側に弘法大師が安置されています。 当日は格子戸が閉じられており、姿は拝められなかった。ろくどうの のうげをちかふみほとけの りやくながくさこのじぞうでら参拝を終え、境内西側の入口から北に向かい、大府市共和町に鎮座する八十八番札所 円通寺に向かいます。第十七回 歩いて巡拝 知多四国 五番札所 延命山 地蔵寺宗派 / 曹洞宗本尊 / 延命地蔵大菩薩開創 / 天正元年(1573)開山 / 日山天朔和尚開基 / 教岩玄珪和尚札所 / 知多四国霊場 五番札所、くるま六地蔵 一番札所、尾州大府霊場 十六番札所所在地 / 大府市長草町本郷40 長草天神社から地蔵寺 / 長草天神社から徒歩1分。参拝日 / 2026/06/22関連記事・第十七回 歩いて巡拝 知多四国 七社之社(富木島町)・第十七回 歩いて巡拝 知多四国 長草天神社過去記事・「延命山地蔵寺」知多四国五番札 大府市長草町