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2019.11.09
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カテゴリ:神社仏閣・御朱印
春宮の鳥居から東の秋宮に向け、南垂れの斜面に残る旧中山道を歩く事5分程

左側に石段が現れ、庚申塔と白華山慈雲寺寺号標が建っています
石段の右には龍の口がある
この水は慈運寺を訪れる参拝者のために造られ、江戸時代は中山道を行き交う旅人の喉を潤したという

江戸時代中期に旧横山村(現在の岡谷市)の山田金右衛門により造形された竜頭水口は
通称「龍の口」と呼ばれ、龍の口からは今も絶え間なく水が注がれています

龍口後方の解説板

慈雲寺へはこの石段を上っていきます
巨木に包まれた石段の途中に山門が見え、参道は更に上へと続きます
急な石段の続く参道脇には複数の祠が建てられています

藤森、白鷺、駒形三社稲荷神


小さな狛犬一対の先に建つ堂、堂内の掛け軸に書かれた弘法大師の文字と白躰龍王
赤、黄、白の御幣は確認できるけれど、他の情報が読み取れません

堂の左に注連縄が架けられた小さな瀧
不動明王像と○×龍王の碑がある、修行の場?龍王水?

山門も近付いてきました、その右側にも急峻な斜面に石が積まれ三社祀られています
しっかりと表札も掲げられていながら、それを撮っていない大失態・・・・・思い出せません

静かな参道ですが山門の先から時折車の通り過ぎる音が聞こえてきます

先程の三社の上斜面にも祠

開運厄除不動明王とあり、自然石の上に大きな不動明王像が安置されています

全ての不浄を焼き払うと云われる火炎光背、明王や二童子像に施された彩色は随分色褪せています

この像は1860年(万延元年)高遠の氷沼庄兵衛室宗寿の作とある
調べて見たけれど人物像を知る事は出来ませんでしたが、作品は威厳がありいいものだと思います

段々畑の様な参道脇
最上段に大きな覆屋があり、御柱が建っています、その脇に小さな社が祀られています
参道の上は車道になっているようです

厄除観音とあり、扉は閉ざされ像を見る事は出来ませんでした

覆屋には弥栄富神社とあるが、なんと読むの?
富町にあった弥栄神社? 違うよナ

弥栄富神社の右に「矢除石」と呼ばれる岩が在ります
慈雲寺中興の祖、天桂上人を師と仰いだ武田信玄
戦に行く際に慈雲寺に立ち寄った信玄は、天桂和尚に戦勝の教えを請うたそうです
和尚は境内の岩の上に立ち、信玄に「弓で射よ」といい射かけさせたそうです
信玄が放った矢全て岩にはじかれ、釈然としない信玄が訪ねると「この岩には矢除けの霊力がある」と教えられ、信玄はこの不思議な力が込められた矢除札を持ち戦に出向いていったそうです


急な石段も終わり、視界が開け、目の前は国道142号線
参道はここで一旦途切れ、国道を渡った先に二つ目の山門が現れます
山門右側には慈雲寺の寺号標と駐車場があります
車で通ると、ここが一の山門と思ってもおかしくないのでは
下で見かけた不動明王は見逃す事になる、歩いて正解です

二つ目の山門の奥にはもう一つ門がある様です

門をくぐり参道へ
両脇は杉並木が続き、石畳の両脇は緑も眩しい苔が絨毯の様に続きます
右手は延命地蔵を安置する地蔵堂

杉と桧に囲まれた参道脇と境内は一面緑鮮やかな苔の絨毯

真っ直ぐに続く石畳の先に二層の山門、その先に松の姿が見えます
癒しを与えてくれる清々しい空間です、初めて訪れましたがここはとても気に入りました
春宮には大勢の参拝客が訪れるものの、慈雲寺は静寂に包まれています
もっと着目されていい寺なのでは?

参道左に金刀比羅宮
左に一つだけの石燈籠がありその脇には解説板があります

金刀比羅宮についての解説ではなく
石灯籠に対して解説されているものです
「海印寺高麗形創作燈籠」
普段見慣れた一対の石灯籠、古くは一つが正式な形だったようです
韓国の海印寺にある六角形の石灯籠を原型にして、四角柱にアレンジしたもの
春日大社の石灯籠「柚ノ木型」の源流となったと云われているようです

直線を基調としたシンプルな燈籠です

金刀比羅社の右
日根野高吉の供養塔

日根野高吉は豊臣秀吉家臣で高島城の城主、江戸時代初期の1600年(慶長5)に没する
息子の日根野嘉明は1649年(慶安2)、高吉の50回忌供養の為に建立したものがこの五輪塔と云われます
諏訪にある五輪塔としては最大で、1970年(昭和45)に下諏訪町の文化財に指定されたもの

三つ目の山門前、左右に石仏が建ち、良く見慣れた形の燈籠が一対
傍に寄りたいところですが、この見事な苔を踏みつける事は出来ないですね
観光客までが踏み入れる事で苔は痛んでいきます

三つ目の山門から境内
二層で左右に仁王像を配し、二階に梵鐘のある楼門
慈雲寺は​春宮の鎮護を目的に建てられた鬼門寺で、​下社春宮幣拝殿​が1780年(安永9)ですが、この山門は、1777年(安永6)に村田長左衛門矩重により建立されたと伝わります
慈雲寺は1806年(文化3)に本堂、庫裏、宝蔵など殆どの伽藍を焼失しましたが、唯一、この山門だけは焼失を免れまぬがれたそうです
建立当初から慈雲寺の移り変わりを見続けています


両脇の仁王像
随分と状態の良さが目に付きます
それもそのはずで、1996年(平成8)に安置されたそうです
これから年月を重ね一層風格が増していく事でしょう

楼門から境内
石畳が敷かれ左に伸びていきます
右手には赤松の一種で天桂松と呼ばれる見事な松が出迎えてくれます
その下は生き生きとした苔庭が広がります

「天桂の松」の樹齢は推定400年以上、苔庭一杯に広がったその枝振りは見事
慈雲寺を開山した天桂和尚の手植と伝えられる、松の古木は1972年(昭和47)に下諏訪町の天然記念物に指定されています

本堂正面の枯山水「帰錫庭」
10個の巨石が配され、各々の石には意味がある様で、お釈迦様が修行から戻って来た時の弟子達の様子を石に見立てているそうで、「釈迦十大弟子の庭」とも呼ぶそうです
枯山水を含めこの庭園の手入れは、京都から庭師を呼び手入れされる様です
砂紋の白と石の周りに植えられた苔の緑のコントラストは美しい
これほど手入れされた庭を持ちながら、拝観料を取らない事に驚きを覚えます

本堂扁額
白華山慈雲寺
宗派 / 臨済宗妙心寺派
開山 / 1300年(正安2)
山号 / 白華山
本尊 /   千手千眼観世音菩薩
現在の本堂は焼失後の1808年(文化)に再建されたものです

この本堂の裏にも庭園があります

楼門の正面に地を這うように枝を張る天桂の松
白砂の上に浮かぶ姿は緑豊かな島のようにも見えます 

境内左の鐘楼
梵鐘は1368年(応安元年)の鋳造で町指定有形文化財
諏訪八景の7番目に「慈雲晩鐘」として、慈雲寺の夕暮の鐘声が諏訪を代表する一つとして選定されています

清浄光殿とその前の石灯籠
慈雲形石灯籠
現在採石が禁止されている三名石(奈良石、白川石、本御影石)を用い作られている

池泉庭園
本堂裏手にあり、この後方にバイパスを作る計画があるようです
少子高齢化、過疎化、車離れが進む中で継続的なインフラ維持を含め、慈雲寺が唱えるバイパスの必要性を問う幟は将来に向けての警鐘でもあるように思えます

本堂左手から枯山水の庭園の先の天桂の松、楼門、鐘楼の眺め

本堂全景と庫裏
桜、苔、紅葉、針葉樹の緑と一年を通じて表情を変える趣のある寺だと思います
信玄に庇護された慈雲寺、素通りするには惜しい寺です

住所 / ​長野県諏訪郡下諏訪町東町中606






Last updated  2019.11.09 20:04:07
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