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カテゴリ:神社仏閣・御朱印
名古屋市守山区竜泉寺
![]() 「龍泉寺弘法大師堂」から県道15号線を南に渡り、15分程山間に向かうとゴルフ場入口に出ます。 そこから右手(西)の車道に向かうとゲートがあり、そこを先に進みます。 この辺りは小幡緑地本園の北に位置し、丘陵地の尾根に相当します。 ![]() ゲートを過ぎると直ぐ左手に広場があり、その北側に「御花弘法大師」が安置されています。 コンクリートで作られた像は桃太郎神社などでも見かけますが、大きさは台座込みで10㍍くらいでしょうか、大きさもなかなかですがコンクリートとは思えないいい表情をしています。 コンクリート像というと浅野祥雲が知られますが、同様にコンクリート像の御花弘法大師を作った花井探嶺は認知度が低い。 探嶺は三重県出身の菰野町出身の彫塑家で明治から昭和にかけて複数の像を作っていて、中村観音を造ったのも探嶺で、この像は1932年(昭和7)に開眼供養が行われています。 この像は尾張三大弘法の一つで「良福寺」、「退養寺」と御花弘法大師がそれになります。 ![]() 以前は大師像の左に朽ち果てた邪鬼が建っていましたが、崩壊の一途を辿り、修復の道を諦め撤去されたようです。現在は邪鬼の台座のみが残っています。 当時の倒壊寸前の状況から見れば、今は随分とすっきりした印象を持ちます。 ![]() そもそもは現在の名古屋鉄道の前進の一つで、大正から昭和初期、大曽根から瀬戸を結んでいた瀬戸電気鉄道の頃、現在の小幡駅から龍泉寺への鉄道敷設の計画が持ちあがったようです。 白沢公園から小幡緑地、江戸時代から続いた「御花弘法」の御花弘法八十八ヶ所霊場を含めた龍泉寺一帯を観光地化したかった様です。 「御花弘法大師」の座像は観光の目玉となる目論見の元に建てられました。 しかしその計画も頓挫、龍泉寺の管理から離れた弘法大師像も現在は荒廃が進んでしまいました。 ![]() 南の緑ヶ池を見下ろす様に座す大師像、右目の上は剥がれ落ち、このまま邪鬼同様に荒廃の道を辿るのかか・・・・・ ![]() 朽ちていくのを悟ったかのように、もの言う事もなく・・・・・ ![]() 弘法様の正面直下から見上げる、こうして見るとやはり大きい。 ![]() それでも今もこの大師像を慕って訪れる方は絶えません、訪れた際も線香の煙と生花が供えられていました。 周辺は綺麗に清掃され、像の内部も清掃の手が入っているようです。 こうして大事に守ってくれる人もいれば、落書きをしていく者がいるのは残念。 公園の中とはいえ、参拝目的以外にここまで訪れる人は少ないでしょう。 昔も今も弘法像周辺には人馴れした狛猫が弘法様を守護しています。 右の猫なんかは絶対飼い主がいたのでは? ![]() 大師像の右側は既に大きな穴が開いてしまっています。 現状でも周囲の看板に「近づかないように」と警告が貼られています。 ![]() 台座のレリーフはまだしっかりしています、これらも崩落しないうちに補修の手が入るといいのですが。 どこぞの花見経費の一部でも融通すれば、この姿も維持できるのに・・・・・ ![]() 大師像右の小振りな像は大きな痛みは目に付きません。 この一帯の森の中には細い道ができていて、道沿いにに多くの弘法像や石版が安置されています。 ![]() 愛くるしい表情の地蔵 この森で拾われた実った栗だろうか?地蔵に供えられていました。 ![]() 森の小道に安置されている石像群や大師が描かれた石版 ![]() 大黒様なんかもあったりする、結構ワンダーランドでもあります。 ![]() 御花弘法大師から少し南にある、緑ヶ池、すっかり秋の装いです 御花弘法大師 住所 / 名古屋市守山区竜泉寺2丁目-1218 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
2019.12.08 07:13:37
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