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カテゴリ:神社仏閣・御朱印
久し振りに市内中心部の神社巡り。
地下鉄東山線中村日赤駅の2番出口に降りたちました。 そこから中村日赤駅信号方向に進み、中村日赤病院のゲート横から敷地内に入り、左側にあるのが今回の目的地「弁財天」です。 鳥居通の歩道を背にして、弁財天が祀られています。 病院敷地内の一角に芝が張られ、玉砂利の敷かれた参道が本殿へと続いています。 本殿前には石が組まれた小さな池があり、そこに石橋が掛けられています。 境内入口に建てられた弁財天解説の内容は以下です。 「弁財天 名古屋第一赤十字病院が開院する以前、この地にはかつて「遊里ヶ池」という大きな池がありました。人々の憩いの場所として親しまれた一方、池の中の島には中村弁天寺 が建立され、中村遊郭で亡くなられた遊女の供養のため、近江の竹生島から弁財天の分 身が迎えられお祭りされていました。 昭和のはじめ弁財天はこの寺とともに藤江町に移りましたが、この地のいわれに因み、 昭和12年の開院以後、この寺から新たな分身をお迎えし敷地内にお祭りしておりました。 この度新病棟の完成にあたり、お堂を新築し再びここにお祭りしております。 平成21年10月 」 昭和12年、病院建設にあたり埋め立てられた遊里ヶ池。今年1月、周辺の素盞男神社を訪れた際に触れたように、この辺りは大正12年(1923)、現在の大須にあった「旭遊郭」がこちらに移され、栄華を誇った「中村遊郭」がありました。 上は、昭和7年当時の遊里ヶ池と遊郭で、半島の先端に弁才天があります。 もともとこの辺りは湿潤な土地だったため、遊郭を作るにあたって、ここから土を採り出し造成されたものでした。 そうして掘り出された場所に水が溜まり、できたのが遊里ヶ池です。 その後の弁天寺や弁財天については解説の通りです。 遊女たちの霊を鎮めるため、病院拡張に伴いこの一角に見世棚造りの本殿が祀られた。 かつての遊里ヶ池を偲ばせるような弁天池に佇む弁財天の全景。 弁財天 創建 / 不明(昭和12年弁天寺より分身を祀る) 祭神 / 弁財天 所在地 / 名古屋市中村区道下町3 地下鉄東山線中村日赤駅下車、徒歩一分ほど。 参拝日 / 2024/11/08 過去記事 / 素盞男神社 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
2024.12.05 00:00:25
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