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2026.01.07
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カテゴリ:神社仏閣・御朱印

第十回歩いて巡拝知多四国も次の目的地、28番札所 永寿寺が最後となります。
奥之院からは岩屋寺の前を通り過ぎ、その先の県道267号線をひたすら上り、つくだ煮街道方向へ向かい、南知多自動車道の手前から右に進んで切山地区に向かいます。

奥之院から1.7kmほど、約30分の場所にあるつくだ煮街道。
 こちらのレストランで昼ご飯の予定でいましたが、当日は定休日ということで、つくだ煮を買い求め先に進む。
ここから、県道を進みすぐに右折、南知多自動車道沿いに進み、南知多自動車道の下をくぐり山間を歩き、集落の手前から右に曲がって細い路地を進んでいきます。
新千歳橋を渡り突き当たりで右に進むと、永寿寺の裏手に続きます。
 寺の入口は、この道を進み、左に入ると門前に至ります。

浄光山永寿寺の門前には、知多四国第廿八番霊場の石標と右手に一体の石像が安置されている。

門前の石像は正観世音菩薩。

境内の伽藍全景。
 伽藍は門右手の庫裏と写真の本堂、正面の太師堂が主なものになります。

境内左手の手水舎。

本堂と大師堂の全景。
入母屋瓦葺の本堂と左の小さな堂が大師堂にあたります。
以前は大師堂がある場所に、入母屋瓦葺の薬師堂が建っていましたが火災で焼失し、現在は仮の大師堂に姿を変えています。

現地資料・ガイドブックから纏めた永寿寺の歴史は以下。
 『西山浄土宗 浄光山永寿寺
由緒
 古い記録によれば、この地にある八幡神社が造営されたのは十世紀初頭の延喜年間とされます。
当時ここは、深い山奥の地。
天正十年(1582)、戦に疲れた丹波福知山の五人の武上がこの地に落ちのびて、山を切り開き、集落を作ったことから、この辺りは通称「切山」と呼ばれるようになったといいます。
 寛永元年(1624)に地福寺を合併。
寛政八年(1796)、 十九世慈空観光和向の時に法地へ昇格となりました。
 享和三年(1803)本堂・庫裏を造営。
平成六年(1994)には本堂を改修。
 同十年、境内が整えられる。
平成三十年(2018)、天保十二年(1842)に造営された薬師堂を焼失。
 本尊 阿弥陀如来
別堂 薬師如来(行基菩薩作)
 開基 空悦大応上人
開山 空悦大応上人』
 尾張志知多郡篇には「永寿寺、切山村にあり、浄光山と号し、西端村西岸寺末寺也」と短く記されただけで、寛永元年以前の記述には出逢わなかった。
当ブログでは、合併された寛永元年(1624)を永寿寺創建とします。
 当日は、本堂の戸が閉じられ堂内の様子は見ることができなかったが、大師堂はガラス戸越しに大師像を拝むことができました。

 また、記載に現れる八幡神社は、当寺から南に5分程の南知多自動車道高架脇に鎮座するようですが、今回は、ここから北上し河和方向に向かうので、別の機会に立ち寄ってみます。

境内のことぶき観音、コンクリート像で作者は不明。
 消失した薬師堂はこの像の後方に建っていたようで、現在も礎石が残り、復興の時を待っている。

大師堂に安置されている弘法大師像。
 いつか新たな薬師堂が再建され、薬師如来像と共に祀られる弘法大師の姿が見られる日も訪れるのではないだろうか。

本堂左の三体の石像、右手は天保三年(1832)、中央は寛政十二年(1800)の先人達が残したものです。


よくしんを ただひとすじにきり山の えいじゅの人は みだのくどくぞ 

門の向かいの道路脇に立つ丁石。
 丁石の文字は正確に読み取れないが、正法寺までの距離、廿二丁の文字だけが見えていました。
この丁石から右に向かい、二十九番札所 正法寺までの巡拝道は、かつて知多四国最大の難所といわれました。
 巡拝者を苦しめた山越えの道も、今は切り開かれ、車も通れる道路が整備されました。


後開催 第十回歩いて巡拝 知多四国 28番札所 永寿寺
宗派 /  西山浄土宗
創建 / 寛永元年(1624)
開基 / 空悦大応上人
開山 / 空悦大応上人
本尊 /   阿弥陀如来
札所 / 知多四国28番札所
所在地 / 知多郡美浜町豊丘西側35
参拝日 / 2025/12/22
奥之院から永寿寺 / ​距離2.7km・徒歩・約40分
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Last updated  2026.01.19 18:06:18
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