前回お届けした知多市南粕谷本町の貴船神社、社頭からコース沿いに東海知多線を1.4km・約20分ほど南に向かい、常滑市金山屋敷に鎮座する66番札所 中之坊寺に向かいます。
東海知多線の新海東交差点をひたすら南下します。
途中、矢田川、前山川を渡り、正面に見えている小高い丘陵地に66番札所 中之坊寺は鎮座します。

66番札所 中之坊寺境内全景。
納経所には長蛇の列ができており、納経印を頂くにも時間がかかりそうだ。
本開催の参加者も以前に比べ減ったと聞くが、こうしてみると巡拝ブームは今も衰退してはいない。

伽藍は写真の本堂と右手に庫裏が主なもので、本堂左手に村社 熊野神社(別途記載)が鎮座します。
本堂は寄棟瓦葺で、軒丸瓦などに「中」の文字が入り、正面には大きな向拝が付く。
ガイドブックによれば66番札所 中之坊寺について以下のように解説されています。
『真言宗智山派 八景山 中之坊寺
中之坊寺は、聖徳太子開創といわれる宮山金蓮寺一山九ヶ寺中の中之坊の一坊として開かれ、八景山 能見中之坊と称しました。
天文年間 (1532~1555)、金蓮寺院家宝珠院の秀雅法印によって開創されたと伝えられます。
天正十二年(1584)、兵火に遭って金蓮寺は伽藍を焼失、一山も破却されました。
同十九年(1591)、 秀雅法印の弟子・政憲が金蓮寺の御本尊・十一面観世音菩薩を奉じて中興。
その後、時代とともに荒廃したが、明治三十年、二十三世照吽法印が堂宇を整え再興。
昭和二十九年、八景山 中之坊寺と公称するようになる。
寺宝に、国指定文化財の「絹本著色仏涅槃図」をはじめ、奥州(現岩手県)中尊寺の宝物だった大般若経などを所蔵する。』
ここに現れる金蓮寺とは、奈良時代初期に弘法大師が創建したとする説もあるが、いずれにせよ往時の鎮座地一帯は隆盛を極めたようだ。
当寺から西の尾根沿いの城山には大野城(宮山城)が築かれ、一帯が軍事拠点となっていたようで、周辺の屋敷・東屋敷・城下・大門等の地名はその名残だろう。

堂内の眺め、普段は無住と聞いていたが、こうしたイベントの際は堂の扉も開放されるようだ。

法の道 守る心の中之坊 堅き石瀬や かなやまの里
第十一回歩いて巡拝 知多四国 66番札所 中之坊寺
宗派 / 真言宗
創建 / 天文年間 (1532~1555)
開創 / 秀雅法印
本尊 / 十一面観世音菩薩
所在地 / 常滑市金山屋敷25
参拝日 / 2026/01/17
貴船神社から中之坊 / 社頭からコース沿いに東海知多線を南に向かう。1.4km・約20分ほど
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