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カテゴリ:神社仏閣・御朱印
前回お伝えした第十一回歩いて巡拝知多四国 66番札所 中之坊。
今回は境内西側に鎮座する村社 熊野神社を取り上げます。 ![]() 熊野神社境内から眺める社殿、右側が66番札所 中之坊の本堂です。 社殿は一対の狛犬が守護する拝殿と幣殿・本殿(鞘殿)が連なるもので、本殿左に境内社が纏められており、この他に境内左側に社務所がある。 中之坊は多くの人で賑わうも、隣接する熊野神社に訪れる人影はない。 拝殿は入母屋造で、四方は腰壁付きのガラス張りで、屋根は瓦葺の妻入り。 拝殿額はなく、狛犬の台座に刻まれた熊野神社の文字以外それとわかるものは少ない。 ![]() 拝殿前の狛犬は子持ち毬持ちで、寄進年を見忘れましたが、風貌は昭和か大正時代のものと思われます。 ![]() 本殿の全景と境内社、本殿は春日造で、内削ぎの千木が載る、鰹木の数は分からなかったが恐らく4本載っていると思われます。 熊野神社は和歌山県の熊野三社から勧請された自然信仰の神社で五穀豊穣・家内安全・災い除けの御神徳が得られるとして崇敬されている。 当神社の由緒について愛知県神社名鑑(1992)では以下のように纏めています。 『十二等級 熊野神社 旧指定村社 鎮座地 常滑市金山字屋敷二四番地 祭神 熊野加夫呂命、伊邪那美命 由緒 社伝によれば、往昔紀伊国熊野三社を当村字大屋敷へ勧請村内氏神とす。 年歴は詳かではない。 その後文久二年(1862)今の社地に遷した。 明治五年、村社に列格する。 昭和七年九月十九日、指定社となる。 例祭日 四月三日(第一日曜日) 社殿 本殿 春日造、幣殿、拝殿、氏子数 八〇戸』とある。 ![]() 境内社は左が秋葉神社、右が山之神神社。 ![]() 境内の南側に一対の常夜灯と鳥居(1967)が建てられ、南側の斜面に参道がある。 ![]() 鳥居の先から参道を見下ろす。 正面に溜池があり、参道は右に伸びているようです。 この溜池、明治時代の地図まで遡ってみても描かれており、古くから城山周辺の田畑を潤してきたようだ。 石段脇に社号標と由緒書きが立てられています。 ![]() 石段を下り社号標と境内鳥居を見上げる。 社号標は「村社 熊野神社」と刻まれ、大正4年(1915)に建立されたもの。 ![]() 由緒書きには以下のように記されています。 『當社祭神 伊邪那美命 熊野加夫呂命 沿革 紀伊國熊野三社を當村大屋敷へ勧請し村内氏神とす。 年曆不詳なれども享保十二年(1727)八月の記録に長禄参已卯年(1459)社殿修覆の棟札存すとあれば、今より五百年以上の歳月を経過したること明なり、文久二年戌年(1862)今の地へ移転す。 境内未社 秋葉社(火産霊命)、山神社(大山祇命)、昭和二年十一月十日 』 そこまでの歴史を持つような神社には見えないかもしれないが、往古からこの地に祀られてきた神社だ。 興味本位から旧鎮座地を探して見たが定かにはならなかった。 第十一回歩いて巡拝 知多四国 熊野神社 創建 / 不明(長禄3年(1459)の棟札) 祭神 / 伊邪那美命 熊野加夫呂命 境内社 / 秋葉社 山神社 例祭 / 四月三日(第一日曜日) 氏子域 / 金山 所在地 / 常滑市金山字屋敷24番地 参拝日 / 2026/01/17 中之坊寺からアクセス / 同一敷地内 関連記事 ・第十一回歩いて巡拝 知多四国 七十一番札所 金照山 清水寺 大智院 ・第十一回歩いて巡拝 知多四国 貴船神社
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Last updated
2026.02.16 00:00:16
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