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カテゴリ:神社仏閣・御朱印
前回の熊野神社からの引き続きとなる今回は、熊野神社から北東に約2kmほどの大草城の東側に鎮座する津島神社となります。
![]() 熊野神社から国道155号線を北上し、矢田川右岸を下りながら、右手に見える小高い丘の上を目指します。 ![]() 大草城の東の尾根にあたるこの場所には、知多四国七十番札所 摩尼山 地蔵寺が鎮座しております。 津島神社は門前左に隣接する様に社頭を構えています。 ![]() 津島神社社頭全景。 鳥居左に手水舎、正面の拝殿と後方に流造の本殿と境内社が祀られている。 境内は桜が植えられ、もう少し暖かくなれば一面が艶やかなピンクに染まるのだろう。 ![]() 社号標は「津島神社」 ![]() 鳥居前を守護する狛犬は子持ち、毬持ちのもの。 ![]() 境内の全景。 手水舎の先、裳階風の建物が社務所、右の拝殿は切妻瓦葺で平側に向拝が付くコンクリート造り。 どれも近年改修された様で綺麗な建物が占める。 ![]() 拝殿から本殿方向の眺め。 ![]() 津島神社拝殿額。 愛知県神社名鑑(1992)による解説。 『十一等級 津島社 旧指定村社 鎮座地 知多市大草字東屋敷三七番地 祭神 素戔嗚命、稲田姫命、五勝々命、天穂日命、天津彦命、天津彦根命、熊野櫲樟日命、田心姫命、湍津姫命、市杵島姫命 由緒 創建は明らかでない。 長享二年(1488)再建立の棟札がある。 江戸時代には牛頭天王ノ社と称した。 徳川時代、武門山澄家の崇敬厚く、宝刀の献納があった。 明治四十年十月二十六日、伊勢湾台風によって本殿、拝殿が倒壊。 昭和五十二年造営復旧した。 例祭日 七月十四日 社殿 本殿 流造、拝殿、社務所、神庫、氏子数 三〇〇戸』とある。 尾張志に「牛頭天王」と記されているおり、一説には京都八坂神社から勧請される。 ![]() たまたまかもしれないが、地蔵寺や津島神社(牛頭天王社)は大草城址の北東の鬼門にあたる。 また、当社の歴史の中に遷された記録も見つからない。 織田長益(1547-1622)が大野城に代わり大草城を築城しようとした際、既に存在していた地蔵寺や津島神社に合わせ城の位置を決めた可能性もある。 ![]() 拝殿から回り込んで本殿域を眺める。 一段高く積まれた本殿域に、中央に流造の本殿、左右に境内社が祀られている。 ![]() 境内社は右が稲荷社、左が八幡社。 ![]() 流造の本殿。 ![]() 左から覺明社、山神社、御嶽社、秋葉社、居森社と並ぶ。 お隣の地蔵寺は参拝客も多いが、こちらの津島神社も参拝する方は見られない。 第十一回歩いて巡拝 知多四国 津島神社 創建 / 長享二年(1488)の棟札が残る 祭神 / 素盞嗚尊 稲田姫命 五勝々命 天穂日命 天津彦根命 活津彦根命 熊野櫲樟日命 湍津姫命 市杵島姫命 田心姫命 境内社 / 稲荷社、八幡社、覺明社、山神社、御嶽社、秋葉社、居森社 例祭 / 7月14日 氏子域 / 知多市:大草 所在地 / 知多市大草東屋敷37 参拝日 / 2026/01/17 熊野神社から津島神社 / 西に向かい国道155号線を北上、新海交差点信号を左折、大草城方向へ2km・30分 関連記事 ・第十一回歩いて巡拝 知多四国 七十一番札所 金照山 清水寺 大智院 ・第十一回歩いて巡拝 知多四国 貴船神社
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Last updated
2026.02.17 00:00:14
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