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2026.03.07
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カテゴリ:神社仏閣・御朱印
 2月17日(火)、後開催で第十ニ回 歩いて巡拝 知多四国を巡ってきました。

上が第十ニ回後開催のコースマップ。
 スタートは名鉄常滑線太田川駅。
駅前から東に向かい➡82番札所観福寺➡83番札所弥勒寺➡84番札所玄猷寺➡85番札所清水寺➡86番札所観音寺➡名鉄常滑線聚楽園駅をゴールとするもの。
コースは全体に比較的フラットで全長9km、五つの札所を巡拝するもの。

まずは駅から南東へ1.2kmほど先の小高い丘に鎮座する82番札所観福寺を目指す。

丘の南側に仁王門を構える八十二番札所・雨尾山観福寺の門前の眺め。
 車の場合、この門前の少し左手前の上り坂を進むと本堂前に至ります。
鎮座地の大田町天神下ノ上は、周囲よりわずかに高い標高10m前後の微高地に位置しています。
 この高まりは、知多丘陵の裾野が大田川の浸食と堆積によって舌状に残った地形で、古くから洪水に強い安全な場所として人々が集落を営み、寺院が建立される基盤となりました。
知多四国の札所の中でも、観福寺はとくに立派な仁王門を備えている寺院として知られています。
 以下は『東海市史 通史編』(1990)をもとに加筆した由緒の概要です。
雨尾山観福寺は、大宝二年(701)に行基が知多三山(南知多の岩屋寺・常滑の高讃寺)を開いた際の一山と伝えられており、この地方の古刹とされています。
 開山後しばらくは荒廃していたようですが、宝徳二年(1450)に慶山によって再興され、十二坊を備える大伽藍が整えられたと伝わっています。
 その後、慶長年間(1596〜1615)に火災に遭いましたが、慶安年間(1648〜1652)に再建され、寛文五年(1665)には尾張藩主・徳川光友の寄進により現在の本堂が再建されたとされています。
仁王門は、棟札によると延宝二年(1674)の建立とされ、入母屋造・本瓦葺きの堂々とした門です。
 金剛力士像の前後には金剛柵が設けられ、上部を竹格子で囲む構造になっており、寺の格式を示すものと考えられます。
本堂内陣には、国・県指定文化財の厨子と須弥壇が安置されています。
 厨子は鎌倉時代の手法を伝える柱間一間四方の入母屋造とされ、本尊の十一面観世音菩薩立像は藤原期の作と伝えられています。
脇侍の毘沙門天立像・不動明王立像は市指定文化財で、十七年に一度御開帳が行われます。
 このほか、両界曼荼羅、涅槃図、三千仏図など十四点が文化財に指定されています。
昭和三十四年の伊勢湾台風では中門が倒壊し、客殿・本堂・庫裡にも大きな被害が出ましたが、昭和四十年に現在の姿へと復旧したとされています。

仁王門前には、文化六年(1809)亮山阿闍梨が知多四国開創の記念にお手植えされたとされる紅白の椿があり、その後共に桧の芽が出てくるという奇跡が起こり、現在も枝を広げています。

仁王門の両の間に安置されている金剛力士像。
 作者や年代は定かではないが、凛々しさのなかに力強さが漂う均整の取れた像で、門が延宝二年(1674)ということから、その時代のものだろうか。

仁王門から緩やかに上る参道は、両脇に生垣が続き正面の本堂に至ります。
 本堂は入母屋瓦葺で桁行・梁行共に五間のもので正面に一間向拝が付くもの。

八十二番札所  雨尾山 観福寺本堂脇の文化財解説。

本堂は江戸前期に建造されたもので、県の文化財に指定されており、多くの文化財を所蔵している。

本堂外陣入口の眺め、額は・・・観音堂と読めばいいのかな。

外陣と内陣は格子戸で仕切られ、外陣天井には多くの奉納額が掛けられています。
 内陣は良く見通せませんが外陣に木札が掛かっており、中央に本尊の十一面観音、脇侍の右が不動明王、左が毘沙門天、本尊右に六観音、一番右に弘法大師、本尊の左に六地蔵、その左に行基菩薩が安置されているようです。

薄暗い内陣中央の一枚、ピントも甘いがお前立の十一面観音像らしき姿が現れました。
 17年に一度の御開帳、前回がいつだったか調べがつかず、次回御開帳は問い合わせるのが一番確かかもしれない。

軒先が優雅に広がる本堂の眺め。

本堂右側のこの建物は、幟からすると観音堂と思われます。

手水舎。

本堂左側に三十三観音と方形の堂。

内部には中央に愛染明王、左右には像はコントラストを変えると火炎光背が見えるので不動明王だろう。

ぼたいしん おこりてきたの かんふくじ にせのあんらく このほかになし
(菩提心 起りて木田の観福寺 二世の安楽 この外になし)

第十ニ回後開催 歩いて巡拝 知多四国 八十二番札所  雨尾山 観福寺
宗派 / 天台宗
本尊 / 十一面観世音菩薩
創建 / 大宝二(702)
開基 / 行基菩薩
札所 / 知多四国霊場82番札所、知多西国三十三所霊場21番札所
所在地 / 東海市大田町天神下ノ上5
参拝日 / 2026/02/17
太田川駅から観福寺 / 名鉄常滑線太田川駅から​南東へ1.2km、徒歩20分ほど​。
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Last updated  2026.03.07 00:00:14
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