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2026.03.08
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カテゴリ:神社仏閣・御朱印
第十二回後開催 歩いて巡拝 知多四国の二寺目は、弥勒寺から一旦東に向かい、名和養父線沿いを左に進みひたすら北上します。
太田川を渡った寺下交差点で左折、150m先を右折すると​八十三番札所 待暁山 弥勒寺の参道に至ります。移動距離は1.3km、徒歩20分​ほど​。

名和養父線を北上し太田川を目指す。
 この道は新しい事もあり、歩道は広く、通り過ぎる車に驚かされることは少ない。

上は前回から使い回しの明治の地図とほぼ現在の航空写真の比較。
 当時は県道も名和養父線も整備されておらず、太田川にかけて一面田畑が広がっており、常滑街道から弥勒寺に向かったのだろう。

太田川に架かる「とい橋」を渡ったら左折し、県道243号線を150m先で右折すると写真の弥勒寺参道が現れます。
 後になって知りましたが、この坂の入口から右に続く細い車道が伸びており、その先に立派な仁王門を構えた正参道があります。

鎮座地は標高20mほどの小高い丘の上に鎮座し、G先生は「この坂を上れ」とのお導き、従ってみたものの、先の見通せない急な上り坂は、精神的にも辛いものがある。

坂を上りきると八十三番札所 待暁山 弥勒寺の伽藍が現れる。
 左に「新四国八十三番 御霊塔霊場 弥勒寺 是より四丁」と刻まれた石標が立っていた。
恐らく名和養父線工事または近隣の区画整理に伴いここに移されたものだろう。

境内左の手水舎。

境内の文化財解説。

解説の金剛力士像は、境内の庫裏横から東側に下る参道の先の仁王門に安置されています。
 門は平成二十年、知多四国霊場開創二百年を記念し改築されたもので、市指定文化財の金剛力士像は愛知万博でも公開されたということです。
当日は境内設備工事のため、この参道は通らなかったので実物は見ていません。

以下は知多市文化財一覧から金剛力士立像の解説抜粋。
「金剛力士像:市指定/弥勒寺
 阿形は高さ272.6cm、クスノキ(一部桧)の寄木造、吽形は高さ273.1cm、クスノキの一木造り。
本像は、長年の風雨による浸食を受けて破損、腐食が進んでいますが、彫刻性は古像の風格が感じられ、平安時代の像に共通する要素が多く、平安時代末期、12世紀頃の作と考えられています。
 寺伝によれば、もとは運得寺のもので応仁2年(1468年)に本寺へ移されたといわれています。
過去に少なくとも二度の修理を受けており、県内では豊川市財賀寺、新城市富賀寺につづく平安期の金剛力士立像として貴重な存在。」

弥勒寺本堂。
 木造瓦葺の寄棟で、棟には鯱が飾られている。
正面からだと良く分からないが、中央の軒は僅かに伸ばされ向拝になっています。
 当寺の由緒について『東海市史 通史編』(1990)をもとに加筆した概要です。
第83番 待曉山 弥勒寺  
■真言宗 智山派
■本尊 弥勒菩薩
■開基 行基菩薩
■開山 顕昌上人
■由緒
 天平勝宝元年(749)、行基の開基といわれている。
その当時は、一山六ヵ寺堂伽藍の大寺であったが、関が原の合戦の時、石田三成方の鳥羽城主九鬼義隆の軍勢の兵火に遭い、本尊弥勒菩薩と仁王尊を残して、全部焼失してしまった。
 その後、藩主光友の寄進によって、元禄年間(1688-1704)に再建復興された。
真言宗智山派に属し、本尊弥勒菩薩座像(秘仏)は、三つ葉葵の紋のある、一間四面の権現造りの厨子内に安置してある。
 境内の中央の八角の拝殿は宝暦五年(1755)、当寺十一世の発願によって建立されたもので、「お塔さま」と呼ばれる宝篋印塔がお祀りされており、このお塔さまを回向しながら願い事をすれば必ず御利益を授かるとされている。
大正末頃から、霊験に恵まれた人びとの噂が広がり、市内・遠方から御利益を授かりに訪れる参詣者や四国八十三番札所としてにぎわっている。

向拝から本堂内の眺め、多くの風鈴が吊るされた先に、黄金色のお前立の姿がある。

堂内は弥勒菩薩の提灯が吊るされ、正面にお前立の弥勒菩薩像が安置されています。

本尊の弥勒菩薩坐像。(画像は知多市文化財より)
 お前立後方の本尊を安置する厨子には、三つ葉葵の紋が彫られているという、弥勒菩薩坐像は高さ80cm、ケヤキの寄木造で平安中期以降の作という。
毎年5月8日御開帳され、実物を拝むことができます。

本堂右に鎮守社の伏見稲荷(左)と虹梁に梅の透彫りが施された天満宮。

右側に祀られている不明社一社と観音堂。

堂内の火灯窓の扉の奥に安置されている観音像。

年代不明のこの像は邪鬼を踏む馬頭観音と思われます。

境内北側の客殿と宝塔堂(右)。
 宝塔堂は八角形の形をしており、内部中央に宝篋印塔があり、その外周を祈願しながら右回りに三周すると願いが叶うとされる。

入母屋瓦葺で白い壁の両側に火灯窓が施された趣のある建物で、内陣中央には弘法大師、右側に不動明王、左側に興教大師をお祀りしています。

客殿軒下の山号額。

この中に弘法大師が祀られている。

内陣中央が弘法大師。

金色の厨子に安置されている弘法大師。

右側の不動明王坐像。

左側の興教大師像。

かぎりなき みろくのみよにおおさとの のりのみにはにとなふしょうみょう

第十二回後開催 歩いて巡拝 知多四国 八十三番札所 待暁山 弥勒寺
宗派 / 真言宗 智山派
本尊 / 弥勒菩薩
創建 / 天平勝宝元年(749)
開基 / 行基菩薩
札所 / 知多四国霊場83番札所、
所在地 / 東海市大田町寺下4
参拝日 / 2026/02/17
観福寺から弥勒寺 / 観福寺から東へ、名和養父線を左に進み太田川を渡り、寺下交差点を左折、150m先を右折、​1.3km、徒歩20分​ほど​。
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Last updated  2026.03.23 18:27:21
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