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カテゴリ:神社仏閣・御朱印
前回掲載した帝井。
そこからすぐ先で道は二手に分かれ、右手に向かって細い道が伸びています。 Gマップにも分かれ道は載っていますが、途中で道がなくなっています。 躊躇せずこの細い道を上っていけば番外札所 寂静山 西方寺の本堂脇に通じています。 帝井から距離にして50m弱、1~2分の距離です。 ![]() 写真は西方寺本堂脇から帝井に通じる小道、道端には多くの石仏が並んでいます。 境内は写真の本堂と右手の庫裏が主なもので、小道を挟んだ向かいに大師堂があります。 西方寺は京都知恩院の直末寺で、永正九年(1512)十一月十九日の伊勢神宮火災の際、伊勢神宮の鬼門にあたる篠島の地に「火度見善光寺如来」を安置すれば後世難を逃れると宮中から知恩院に命が下り、永正十三年(1516)に西方寺が建立されたとされています。 建立に伴う資材も、神宮の古材が用いられたと記される。 ![]() 本尊の「火度見善光寺如来」は慈覚大師作といわれる金仏像で、武田信玄の念持仏ともいわれ、息子勝頼が戦勝祈願のため幾度となく当山を訪れたともいわれます。 この「火度見善光寺如来」は秘仏とされ、拝観した者は短命になるともいわれ、当時は寺社奉行の命令で開帳されたと伝えられます。 巡拝者には「月山・篠山霊場」としてなじみ深い寺院ですが、そのように呼ばれるのは、土佐国月灘村(現高知県大月町)の元月山大勢至菩薩と、伊予国一本松村(現愛媛県愛南町)の元篠山大権現十一面観世音菩薩の仏像を奉安することから、この二体の菩薩は本四国霊場巡礼では必ず参拝されていた仏さまで、知多四国霊場巡拝でも同様に参拝されています。 本尊は「安産弥陀」とも呼ばれ、如来像に真綿帽子を被らせ、その綿を授与された者は安産に霊験があるとされ、島民の篤い信仰を集めている。 ![]() 小道を挟んだ六地蔵の脇に大師堂があるので石段を上り拝所の前でお参り。 ![]() 大師堂内の眺め。 左に伏見稲荷、中央が弘法大師、右に十王仏が安置されています。 ![]() 弘法大師像。 ![]() 十王仏。 さて大師堂をお参りした後は、石段を下りず、そのまま右に進んでください。 その先に細い道の石段があるのでそれを下りると三十八番札所 正法禅寺に続く小道に出ます。 ![]() 第十五回 歩いて巡拝 知多四国 番外札所 寂静山 西方寺 宗派 / 浄土宗 本尊 / 阿弥陀如来立像 創建 / 永正十三年(1516) 開山 / 安誉上人 開基 / 安誉上人 札所 / 知多四国 番外札所 関連記事 ・第十五回 歩いて巡拝 知多四国 三十六番札所 天永山 遍照寺 ・第十五回 歩いて巡拝 知多四国 三十七番札所 魚養山 大光院 ・第十五回 歩いて巡拝 知多四国 三十九番札所 金剛山 医徳院 ・第十五回 歩いて巡拝 知多四国 帝井 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
2026.06.15 20:20:44
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