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2026.06.14
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カテゴリ:神社仏閣・御朱印
第十五回 歩いて巡拝 知多四国も篠島の三十八番札所正法禅寺の巡拝を終え、出発地の師崎で終わりを迎えました。
 師崎のフェリー乗り場から南を眺めると、羽豆岬の先端に続く小高い丘が見えます。
この丘には式内社尾張国知多郡羽豆神社が鎮座します。
 こちらを参拝し締めくくりたいと思います。

羽豆神社への参道口は丘の北側に鳥居を構えるこの社頭と岬先端の待合浦に立てられた赤い大鳥居から境内に向かう参道の二か所あります。
 ここから左に向かい、立体駐車場方向に向かい大鳥居から境内に向かいます。 
羽豆神社には応安3年⁽1370⁾、宗良親王が奉幣を捧げ、徳川家康や徳川義直など歴史上の多くの人物も参詣に訪れた古社。

待合浦の前に立てられた大鳥居、その先の海原には篠島や日間賀島が浮かぶ。
 鳥居の額は「羽豆宮」と記されています。
羽豆と幡豆は同じ読みですが、幡豆は三河湾の奥、吉良吉田方面で三河の国になります。
 社名の羽豆の由来は諸説あるようです。
一説に羽豆神社祭神の建稲種命が日本武尊東征の際に「幡頭」を務めたことに由来すると云われる。

これが鎮座地羽豆のマップ。
 フェリー乗り場が中央で西にあたる上の緑の部分が羽豆神社の社叢、南側の岬先端が待合浦になります。

岬先端の小高い丘の頂に小さな社が祀られています。
 羽豆岬玉姫様。
羽豆神社祭神の健稲種命は、日本武尊の東征際に水軍の幡頭を務め出征する直前、妻の玉姫と師崎に住み、風光明媚な羽豆岬を毎日のように散策しました。
 やがて健稲種命が出陣すると、玉姫はこの浦で夫の帰りを待ち続けた、しかし、健稲種命は出征途上、駿河の海で亡くなった。
玉姫が夫の帰りを待ち望んだこの浦を、いつしか待合浦と呼ぶようになり、待合浦を見渡せる小高い丘に玉姫を祀る祠が安置された。
 建稲種命の遺体は渥美半島と知多半島にはさまれた吉良町宮崎海岸に流れ着いたとされます。
幡頭神社にもそうした伝説が伝わります。
羽豆岬玉姫様の社殿。

社が見つめる先に羽豆神社南参道が上に続いています。

小高い丘とはいえ、周囲は切り立った断崖状になっており、そこに造られた石段は手ごわいかもしれない。
 やがて石段の先に鳥居の姿が見えてきます。
石段脇には所々石垣が組まれ、城を感じさせる趣がある。

丘の頂に立てられた石の両部鳥居、この先が幡豆神社境内です。

参道左の手水舎。
 社叢に包まれていた参道は、このあたりから南側が開け、伊勢湾を望む展望が広がります。

矢穴石。
 名古屋城築城の際、石垣に用いた石は篠島から切り出されとされ、その痕跡を示す矢穴の残る石が置かれています。
石材運搬に伴う航海の安全を祈願し清正が羽豆神社に奉納したと伝わる。

境内にある神社由緒。
 下は愛知県神社庁の解説。
「九等級 羽豆神社 旧郷社
鎮座地 知多郡南知多町大字師崎字明神山二番地
祭神 建稲種命
由緒 延喜式内社の知多郡羽豆神社である。
 本国帳には従一位羽豆名神とあり。
社伝には白鳳年間(六七二)鎮座。
 文和四年(一三五五)波津城主 大宮司 摂津守昌能、康応元年 (一三八九) 蜂屋光経修理、永享六年(一四三四)加賀守盛貞、明応九年(一五〇〇)田原城主戸田憲光、天文八年(一五三九)佐治八郎次郎、慶長六年(一六〇一)千賀氏修復等の棟札があり、代々の幡豆城主の崇敬を受けた。
寛永十八年(一六四一) 社殿火災焼失、宝暦十年 再造営
 明治五年郷社に列せられる。
例祭日 旧八月十四日
 社殿  本殿 流造、幣殿、拝殿、社務所、覆殿
特殊神事 
 左義長祭 旧一月二日・大漁安全祈願・やっこ行列 旧八月十五日 」

参道には由緒以外にもこうした解説が立てられています。
 「祭神は、尾張国造平止与命長男、健稲種命です。
妹の宮簀媛が熱田神宮を建立したことから、神宮との関係も深く、中世には、羽豆崎城主でもあった熱田大宮司千秋氏が社殿を建立したと伝えられています。
 現在の本殿は今から300年ほど前に建て替えられたものです。」

三ノ鳥居前から境内の眺め。

参道両脇にはこうした境内社が祀られています。
 写真は参道左側の境内社で、右相殿は月読社、厳島社、春日社、住吉社、両皇大神宮と祀られている。

拝殿正面全景。

拝殿前の狛犬。
 年代は不明、垂れ耳で尻尾が目立たないもの。

拝殿から幣殿の眺め。

本殿を収める鞘殿は流造のようにみえます。

拝殿右の八幡宮。

参道右側の境内社。
 手前から三ノ鳥居にかけて津島社、天神社、八王子社、三狐社、蛭子社、海上社が祀られています。

鳥居正面は海原と岩礁地帯に立つ羽豆灯標が望める。
 鳥居を出て右側に進むと羽豆岬最南端の展望台に続きます。

展望台から南を眺めると、伊勢湾に浮かぶ島影と行き交う船が一望できる。
 ここから再び両部鳥居に戻り、尾根沿いに北へ伸びる参道を進みます。

羽豆崎城址碑。
 この尾根には中世の頃、羽豆崎城が築かれ、伊勢湾海上交通の要衝となっていたが、江戸時代に入り城は解体されたとされます。

北側の鳥居に続く参道と海風を受けて成長した社叢の様相。

社叢全体が国指定天然記念物に指定を受けている。

羽豆岬北展望台から師崎港、日間賀島と左にかけて三河湾方向を望む。

尾根道からやや急な参道を下ると、冒頭写真の鳥居に至ります。

鳥居から海岸線に出ると、海岸から隆起した岩の岬が、城壁のように先端に向け聳える姿が一望できる。
 自然の計り知れない力と、そこに根を張る植物の生命力を感じられる場所だろう。

第十五回 歩いて巡拝 知多四国 式内社 羽豆神社
創建 / 白鳳年間(六七二)
祭神 / 建稲種命
境内社 / 羽豆岬玉姫様、月読社、厳島社、春日社、住吉社、両皇大神宮、津島社、天神社、八王子社、三狐社、蛭子社、海上社
例祭日  / 旧8月14日
氏子域 / 師崎
所在地 / 知多郡南知多町師崎明神山2
フェリー乗り場から羽豆神社 / ​​​徒歩3分・200m先​​​。
参拝日 / 2026/04/18
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過去記事
・​『幡頭神社』西尾市吉良町宮崎宮前





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Last updated  2026.06.15 20:23:47
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