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カテゴリ:神社仏閣・御朱印
第十六回歩いて巡拝知多四国。
今回は新舞子から5.7km先の知多市岡田を目指し、ひたすら歩きます。 最初の目的地七十二番札所 白華山 慈雲寺は、五郎坊信号北側の山を背にして鎮座します。 前回掲載した多聞天からだと5分もあれば到着します。 ![]() 多聞天から東に直進すると、左に五郎坊の交差点が見えます。 コースアウトしてここに来たので、途中参詣者に会う事はなかったが、ここからルートに沿って歩きます。 ![]() 太郎坊の三叉路、山を背にして鎮座する七十二番札所 白華山 慈雲寺。 その入口に威厳のある書体で刻まれた山号と寺号の石柱が立っている。 参道は日長川に架かる誠橋を渡り山門に続きます。 ![]() 山門から境内の眺め、意外と参詣者は少ないのか?。 ![]() 山門は瓦葺の四脚門。 ![]() 山門の正面がこの観音堂になります。 室町時代初期の建築とされ、江戸時代には観音堂が慈雲寺本堂で、尾張名所図会の挿絵に当時の伽藍が描かれています。 弘法堂はこの観音堂の左にありますが、堂前の人波が絶えず写真に収めていません。 2022年に訪れており、境内の白山妙理大権現、秋葉山大権現、行者堂大権現など過去記事にリンクを貼っておきます。そちらをご覧ください。 慈雲寺の寺宝には範光公愛用の「兼光の刀」、「一色禅門悼文」などがある。慈雲寺には伝承が伝わり、田植えが終わっても雨が降らず、村人から相談を受けた和尚が、壺を携えて観音堂の裏の池から水を汲み、観音堂で雨乞いをしたところ、たちまち雨が降ったという。 その壺は「雨乞いの壺」と呼ばれ、今も大切に守られているという。 ![]() 本堂全景。 この日最初の札所ということもあってか、境内は多くの巡拝者で賑わい、長い距離を歩いて来たこともあり、日陰で涼む巡拝者の姿が見られた 知多四国のガイドブックから慈雲寺の解説を引用すると以下。 「妙心寺派十刹のひとつに数えられる慈雲寺は、観応元年(1350)、宮山城主一色修理大夫源範光が開基し、夢窓国師を開山として創建されました。 御本尊の千手千眼観世音菩薩は、範光公の念持仏で、恵心僧都の作と知られています。 観音堂は室町時代初期の代表的な建築といわれています。 また、当寺からは京都大徳院館長となった松岡寛慶老師、妙心寺四派の筆頭霊雲院に従事した柴田慈孝老師など多くの傑僧が輩出されています。 門前の両脇に建てられた石柱の文字は、草書の大家として知られた当山第十一世虎渓文快(白水)老師の大作が刻まれたものです。 江戸時代の『尾張名所図会』には、名勝名跡のひとつとして書かれており、当寺の山を背景にした美しい景観は、古くから多くの人びとを魅了してきました。 平成十八年には本堂の屋根の葺き替え等の修復が完成し、ますますその風格を高めています。」 ![]() 本堂の眺め。 4年振りに慈雲寺を訪れましたが、岡田の町を見守るように鎮座する姿は当時の印象のままです。 ![]() うれしくも じうんたなびく てらにきて みなをとなふる のりのこえごえ 次の七十八番札所 寶泉山 福生寺へは、日長川沿いを下流に向かい、2.4km先の新和東町1丁目交差点に向かいます。 第十六回 歩いて巡拝 知多四国 七十二番札所 白華山 慈雲寺 宗派 / 臨済宗妙心寺派 本尊 / 千手千眼観世音菩薩 創建 / 観応元年(1350) 開山 / 夢窓国師 開基 / 一色修理大夫範光 札所 / 知多四国霊場第七十二番、知多西国三十三所霊場第十九番札所 境内社 / 白山宮・秋葉社・行者堂 所在地 / 知多市岡田字太郎坊108番地 多聞天から慈雲寺 / 多聞天から直進し太郎坊信号まで約0.35km・約5分。 参拝日 / 2026/05/16 関連記事 ・知多市岡田太郎坊 (慈雲寺2) 「白山宮・秋葉社・行者堂」
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Last updated
2026.07.09 00:00:10
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