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カテゴリ:神社仏閣・御朱印
三重県津市の高田山 専修寺を訪れた際、太鼓門から東に進んだ一身田町地内に鎮座する「一御田神社」を見かけたので今回はこちらを掲載します。
![]() 写真は高田山 専修寺境内の東側に建つ太鼓門、そこから東に続く生活道路が伸びています。 かみさんとの集合時間には少し余裕もあり、専修寺の環濠を探しに東に歩いてみました。 ![]() 太鼓門から80mほど進んだ左側に写真の一御田(いちみだ)神社を見かけ立ち寄ってみた。 ![]() 道路から眺める境内は左に赤い鳥居を連ねる稲荷社と拝殿、更に右側に鳥居の姿が望める。 ここから道路を右に進むと一御田(いちみだ)神社の社頭があります。 ![]() 社頭全景。 右側に古びた「一御田神社(いちみだ)」の社標が立っています。 よく見ると社名の上は文字が刻まれていたのを埋めた形跡が見られます。 旧社格が刻まれていたと思われます。 石の鳥居に掛けられた銅製の額には一御田神社とあります。 ![]() 参道に入ると左に舟形の手水鉢が置かれ、笠木と島木の反りが大きな明神鳥居……あれぇ、貫が柱から出ていない。 これまであまり気にしていなかったのか、今回やけに目に止まる。神明系なんだろうか。 境内にはこの他に三つの鳥居が建てられています。 写真の常夜灯の竿には「梵天宮」と刻まれています・・・・・・梵天さまを祀るお宮さん? 調べてみたところ、この神社は、元は「天ツ宮」と称されていたが、寛文8年(1668)に高野山沙門の春深によって「梵天宮」と改称されたが明治政府の神仏分離を受け、往古の地名に因み現在の社名である「一御田神社」に改称されたということで、石灯籠寄進年は明治以前のものだろう。 ![]() 境内の一御田神社神宝類の解説。 大半が室町時代(1336~1573)のもので、特に棟札は22枚残り、中には嘉吉元年(1441)のものがあり、専修寺が建立される以前からこの地に祀られていたことになる。 ![]() 参道正面の狛犬と木造神明鳥居。 正面の神門には「天満宮殿」と掲げられており、「殿」の文字を付した社号はあまり見かけない。 狛犬と鳥居はこの天満宮のものだろう。 ![]() 境内右の木造神明鳥居は慰霊殿のもの。 ![]() 天満宮と慰霊殿の本殿、左に写り込んでいるのが一御田神社の社殿。 ![]() 一御田神社拝殿前の鳥居は石造の明神鳥居で、切妻平入の拝殿の軒下には神仏習合の名残を感じさせる鰐口が吊るされています。 ![]() 拝殿左側に一御田神社の概説が掲げられていました。 概説から一部抜粋「この神社は原始時代に農業集落であったころからの鎮守で、農耕と水の神を主神とする。 最古の棟札には36軒の農民が神社に奉仕していたことが記されている。」 三重県神社庁は一御田神社について以下のように述べています。 『一御田神社 天満宮、花山稲荷神社、一身田区戦没者町功労者慰霊社(一身田町戦没者町政功労者121柱の神霊を祀る) 神社の創立年月日は不詳であるが、社殿創建前は本殿西隣の欅の古木が御神木であり信仰の対象であったと考えられている。 棟札に嘉吉元年(1441)のものがあるので、創建はこれ以前と思われる。 寛文8年(1668)に天ツ宮と称してきた社名を高野山沙門の春深により梵天宮と改称された。 その後、周辺に専修寺文教施設が設置された事から菅原道真公(天神)を祀る天満宮が勧請される。 官公が雷を境内井戸に封じ込めて以来当該地区には落雷が無くなったとの伝承が残っている。 現社名である一御田神社は、明治期に往古の地名に因み改称された。特殊神事 御田植祭 往古より続く御田植祭は、毎年5月に催行される特殊神事で、板書に記された御田植歌の歌詞からも伊勢の神宮への御供米調進を行っていた関係を伺い知ることが出来る。 主祭神現在は拝殿前に砂利で田の形を造り神職が歌を奉唱する間、稚子(女児)が松葉を苗に見立てて植栽して地域の豊作と平和を祈願する。 高皇産霊神、神皇産霊神(天ッ神) 合殿 菅原道真公、大山祇神、大山津見神、大日霊貴神、猿田毘古大神、波迩夜須毘売神、金山毘古神、深淵之水夜礼花神、天宇受売命、火産霊神、豊宇気比売命、宇迦之御魂神 境内地に一御田神社・天満宮・花山稲荷神社・慰霊殿が鎮まる。 祭祀 歳旦祭 天満宮祭 節分祭 初午祭 御田植祭 慰霊祭 例祭 七五三祭 大祓祭 昭和34年には所蔵品27(能面、棟札、扁額、板書御田植歌等)が津市より歴史資料文化財に指定されている。』 当社が伊勢神宮への御供米調達を行っていた由緒に因み、現本殿は遷宮後の神宮末社社殿を拝領されたもの。 ![]() 拝殿左側の花山稲荷神社の朱の鳥居。 ![]() 奉納鳥居の先は覆屋と切妻屋根の本殿が建てられています。 ![]() 御田植祭が行われる境内と社殿の眺め。 当初は専修寺の傍らに鎮座する小規模な神社という印象だったが、専修寺が建てられる以前より、一身田集落を見守り、村人が受け継いできた歴史のある神社だった。 ![]() 目的地であった国宝二堂を有する専修寺と、専修寺より以前に一身田に鎮座する一御田神社を訪れ当地を後にして津に戻ることにします。 一身田町にはこれらの他にも見どころの多い土地柄なので再度訪れたいと感じた。 津市一身田町「一御田神社」 創建 / 不明(嘉吉元年の棟札) 祭神 / 高皇産霊神、神皇産霊神 境内社 / 花山稲荷神社、天満宮、慰霊殿 例祭 / 御田植祭他 所在地 / 三重県津市一身田町679 参拝日 / 2026/7/13 関連記事 / ・三重の国宝二堂を訪ねて 一身田寺内町と高田山 専修寺 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
2026.08.11 00:00:09
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