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カテゴリ:神社仏閣・御朱印
荒子川水神社。
あおなみ線稲永駅から北東へ徒歩約5分の十一屋川緑地東園北側に鎮座する。 ![]() 十一屋川緑地東園は、名古屋市港区の十一屋川沿いに整備された細長い緑地帯。 南側に片側3車線の県道227号線が並行するように続いており、南北は住宅地が広がる地域。 埋め立てにより生まれた土地なので緑に乏しく、十一屋川沿いに続くこの緑地は、県道と生活域の緩衝帯の役割を果たすとともに、木陰が続くこの公園は遊歩道や休憩スペースもあり憩いの場でもある。 赤のマーカーが荒子川水神社の鎮座地。 過去の地図を遡ってみても、鳥居の姿が記されるのは昭和になってからです。 Gマップでは神社の鎮座地はどんぐり児童遊園地内と表示されますが、敷地には遊具らしきものも見当たらず、児童遊園地としては実感がない。 ![]() 南北に長い社地で、目の前の十一屋川に向かって社頭が設けられており、左右は住宅に挟まれている。 右側に昭和28年に寄進された「荒子川水神社」の社標があり、平成7年に寄進された白い明神鳥居を構えている。 ![]() 鳥居から境内の眺め。 境内には正面に本殿があるだけで、手水鉢や由緒を記したものなどは見られなかった。 ![]() 高く積まれた石垣の上の本殿、祀られているのはこの社のみでした。 いつ頃創建されたものか愛知県神社庁の神社情報を調べてみたが、当神社は登録されておらず、港区のHPからも創建・祭神などの詳細は分からなかった。 鎮座地の稲永の前身は、文政三年(1820)、熱田の粟田兵部らが開発した「稲富新田」と、同九年(1826)、大喜下総らが開発した「永徳新田」が、明治九年(1876)に合併して稲永新田となった地域。 地名の十一屋は江戸末期、呉服商十一屋の主人 小出庄兵衛の所有地であったことに由来するという。 寄進物や地図だけで判断するのは安直だが、少なくとも昭和初期の当地には、現在の県道の南に競馬場はあったものの、集落は見られない。 水を司る神を祀る動機を考えると、かつては田畑の鎮守として祀られたのではないだろうか。 そのはじまりが幕末なのか、近代に入ってからなのかを明確に示す記述は見られなかった。 ![]() 本殿には社名や祭神を表す木札は見られなかった。 ![]() 本殿側面の眺め。 この石垣の高さは、何を物語っているのだろうか。 ![]() 境内からは、今ではほとんど流れのない十一屋川と、十一屋川緑地東園が望める。 その先は車の流れが多い県道が迫っている。 荒子川水神社 創建 / 不明 祭神 / 不明 氏子域 / 不明 例祭日 / 不明 所在地 / 名古屋市港区十一屋1-24 公共交通機関アクセス / あおなみ線稲永駅から北東へ徒歩約5分。 参拝日 / 2026/8/7
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Last updated
2026.08.17 00:00:09
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