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カテゴリ:神社仏閣・御朱印
港区正徳町2の神明社を後に、350mほど西に向かい、正徳四・五・六丁目集会所を目指します。
更に背面には「昭和31年明徳温泉」の銘が刻まれていました。 二つの年代にわたる記録が残る寄進物は、あまり見かけないものかもしれない。 これだけ見ても、この神明社の歴史を感じ取ることができます。 この正徳町5の神明社について調べてみました。 愛知県神社庁には登録されておらず、名古屋市史にも記載がないため、詳細はつかめませんでした。 ![]() 蕃塀の先の境内には、「遷宮記念」と刻まれた二本の石柱が立ち、その先には角の取れた石を高く積み上げ、その上に社殿が祀られています。 遷宮記念の石柱には「昭和50年」と「平成6年」の年が刻まれており、正徳町の変貌にともない、地内で二度遷座した可能性があります。 幟立てに「平成七年修復」とあるので、この頃に現在の神社の形が整えられたのだろう。 過去の地図を見ると、このあたりに住宅が現れるようになるのは昭和に入ってから。 昭和22年頃の航空写真で見ると、田畑が広がる環境の中、この一帯だけ規則正しく複数の建物が見られます。 現在の正保公園北側まで建物が続き、それより南側には、まだ田畑が広がっています。 これが社宅なのか、団地なのか分かりませんが、その頃から一帯の宅地化が進んでいるようです。 住民が増えると、集会所や公民館が建てられていきます。 人が寄り合う地域の施設に神社を祀る例は珍しくなく、遷座の歴史は分からないものの、周辺の宅地化が進んだ昭和期になって祀られたものではないかと推測します。 ![]() 本殿は神明造で6本の鰹木と内削ぎの千木が付くもので、供えられた榊も新しく、町内でお世話する仕組みがあるのだろう。 祭神は天照皇大神と思われ、正徳町四・五・六丁目に住む人々を見守っているのでしょう。 境内社は見られません。 神明社 (港区正徳町5) 創建 / 不明 祭神 / 天照皇大神 氏子域 / 不明 祭礼 / 不明 境内社 / なし 所在地 / 名古屋市港区正徳町5-100 参拝日 / 2026/08/21 正徳町2神明社から正徳町5神明社への徒歩アクセス / 正徳町2神明社から西に350m、徒歩5分ほど。 関連記事 ・龍神社 (港区川間町) ・神明社 (港区正徳町2) お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
2026.09.09 11:09:15
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