第十五回 歩いて巡拝 知多四国 三十九番札所 金剛山 医徳院
日間賀島から高速船で約10分ほど、日間賀の蛸に対し、真鯛で知られる篠島に渡ります。篠島港桟橋付近には鯛のモニュメントが置かれ、かつては尾張藩の流刑地でもあった篠島は、漁師町と共に観光の島をアピールしている。篠島には、知多四国の札所(三十八・三十九番)と番外札所を含め、三つの札所が存在します。 コースはまず最初に三十九番札所医徳院を訪れ、次に番外の西方寺、三十八番札所 西法禅寺を巡拝し港に戻るコースとなっています。医徳院へは桟橋から上陸後、港沿いを右へ約1km進んで照浜に向かい、そこから小高い山の中腹へ続く細い路地を上っていきます。照浜地内にある三十九番札所 金剛山 医徳院の入口全景。 小高い山の少ない離島にあって、港から一気に標高を上げていきます。先程の石段を上り詰めた先の右側が写真の三十九番札所 金剛山 医徳院になります。 篠島港を見下ろす高台に位置し、境内には左手に金比羅堂、中央に本堂、右手に弘法堂が並び、さらに保育園が併設されています。最初に金剛山 医徳院の紹介。 医徳院は、大井の医王寺一山十二坊の一院であり、建暦二年(一二一二)に奥の院神宮寺として篠島へ移転しました。本尊は薬師如来で、寺には次のような伝承が残されています。 寛正元年(一四六〇)、寺の北方の海上に不思議な光が現れ、漁師が夢のお告げに従って網を入れると、薬師如来像が引き上げられたといいます。この像を奉安して本尊とし、翌・寛正二年(一四六一)に薬師堂を建立。 その後、寺号を神宮寺から医徳院へと改めました。本尊の薬師如来は「八十八長寿薬師」と呼ばれ、祈願すれば米寿(八十八歳)まで長寿を授かると伝えられています。 また、寺の北側に残る「照浜」という地名は、海中に沈んでいた薬師如来が夜になると光を放ったことに由来するとされます。『尾張徇行記』には「天正三年(一五七五)、秀範法院此の寺を造立、地内に白山社・大黒天社・蛭子社あり」と記されています。 さらに天正十年(一五八二)には、本能寺の変を逃れ三河へ戻る途中の徳川家康がここに一泊し、島内の僧を集めて武運長久の祈祷を行わせたことから、後に御朱印状を賜ったと伝わります。篠島は古くから伊勢神宮領であったため、島内の神明神社や八王子社では、伊勢神宮にならい二十年に一度の遷宮を行う慣習があり、下賜された木材で社殿を建て替える文化が今も伝わっています。 伊勢神宮と深い縁を持つ篠島において、医徳院は伊勢神宮の鬼門に位置する寺でもあります。境内左には幾つかの石仏が安置されています。こちらは、島弘法。 篠島を四国88カ所とみたて、島内各所にこうした島弘法が安置されています。境内右の庫裏と棟続きの弘法堂。 左は本堂で、中央に見える方型屋根の向拝は双方の向拝を兼ねるように建てられているのが面白い。堂内中央の黄金色の厨子に弘法大師像が安置されている。寄棟瓦葺の本堂の全景。 延享元年(1744)に落慶された本堂は篠島最古の木造建築物で、かつて篠島が神宮領であったことから、伊勢神宮の西方殿の御用材の下賜を受け建てられたもの。参拝者を直視する様に本堂を背にして安置された狛犬。 寺に狛犬は珍しいと感じるかもしれないが、お寺にこうした狛犬の姿は時折みられるものです。もともとは、島内に鎮座する八王子神社を守護していたが、医徳院に遷されてきたという。本堂向拝には「薬師如来」・「毘沙門天」の額が掛けられています。 伊勢神宮の遷宮に伴い下賜される木材は、鳥居など神社に転用されるのは知られていますが、寺院に使用される例は個人的にあまり記憶がない。本堂内の眺め。 左は不動明王、右の厨子に安置されるのが「八十八長寿薬師」。金比羅堂、入母屋瓦葺の妻入で、向拝には金の文字が刻まれた蟇股が付く。 鬼板には○に金の文字が入ります。 額は「金光殿」。堂内の眺め。 左手に金色に輝く「後村上天皇尊儀」と記された位牌が見られます。篠島は延元三年(一三三八)、後醍醐天皇の皇子 義良親王が東北地方へ遠征の途中、暴風雨に遭い篠島に漂着し滞在したという。尾張名所図会にその時の様子が挿絵に描かれています。境内左から金比羅堂、本堂の眺め。 左の斜面には鎮守社の姿があるが、本堂前の社ともども社名はわからなかった。推測ですが、『尾張徇行記』に記される三社のうち、金比羅堂内に恵比須像が見られたことから、白山社・大黒天社に相当するのかもしれません。鎮守社から更に斜面を上った先の地蔵堂。五月晴れというより、真夏のような炎天下の陽射しのなか、医徳院の境内にサツキの花が彩りを添えていた。港を見下ろす高台に鎮座する医徳院、尾張徇行記が記された当時、篠島から「丑寅の方(北東)に富士山ほのかに見ゆ」と残されています。 参拝を終え、境内を出て細い道を右に下って次の札所に向かいます。うまれきて いちどはまいれ しのじまの みかどのいどに いとくかがやく第十五回 歩いて巡拝 知多四国 三十九番札所 金剛山 医徳院宗派 / 真言宗豊山派本尊 / 薬師如来創建 / 建暦2年(1212)開山 / 秀範僧都 開基 / 行基菩薩 札所 / 知多四国 三十九番札所境内社 / ---所在地 / 知多郡南知多町大字篠島照浜27日間賀東港から医徳院 / 日間賀東港から篠島港へ、船着き場から右に進み、港沿いを約1km先の篠島保育園へ。参拝日 / 2026/04/18関連記事 ・第十五回 歩いて巡拝 知多四国 三十六番札所 天永山 遍照寺・第十五回 歩いて巡拝 知多四国 三十七番札所 魚養山 大光院