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カテゴリ:【番外編】
古来の日本には色の表現が白、黒、赤、青の4つが主でした。
ここで言う古来とは、平安時代はおろか大和時代の1000年以上前の時代です。 つまり『古事記』、『日本書紀』における色の記述が、上記の4色なのです。 どちらも原文は読む気がしない(どころか読めない)ので、現代語訳の話になりますが、 上記の4色以外で出てきたものでちらりと印象に残っているのは、 『朱雀』を『あかすずめ』と読ませたことでしょうか。 ここで気をつけなくてはいけないのは、当時の日本人が色を4色しか認識していなかったというわけではありません。 詳しいことは実のところまったく知りませんが、自分が考えている『その時代に色の表現が4色であった理由』を述べると、 まず第一に、文字自体がまだなかったということ。 そして第二に現代のように色を色として言葉を用いて抜き出す文化が当時はまだなかった。 ということです。 つまり文字がなければ、文字に意味を与えて『色を抜き出す』ことができません。 そして、当時の自然は現代のように楽しみ風流を感じるようなものではなく、ただただ厳しく神聖で人を受け付けない存在であったからです。 厳しい環境の中では、『色に名前をつけて楽しむ』文化は芽生えなかったはずです。 つまり当時あったような顔料は、土器や体に塗りたくるような呪術的道具であり、『○○色』として名前を与えて楽しむようなものではなかったのです。 やがて大陸から文字が入ってきますが、最初は文字を当て字のように使い、あくまで言葉の音符として使いました。 つまり文字自身にはまだ意味がないので、仮に『浅葱色』としても今でいう浅黄色は意味しないのです。 『阿差木胃路』や『亜佐議医呂』 を読んで 『浅黄色』が想像できないのは、 『阿差木胃路』や『亜佐議医呂』に言霊(ことだま)としての『色の意味』がないからです。 つまり、自然界にあふれる色に文字を当てはめ『言霊(ことだま)』として表現する文化は当時存在しえなかったのです。 では、当時存在した4色とはいったい何だったのでしょうか。 ![]() 『しろ』 それはとても神聖なもの。白鳥や白猪のように神の使いを表す。 『夜が白ける』というように夜が終わり明るくなる状態。 ![]() 『くろ』 それはとても恐ろしいもの。黄泉の国の『ヨミ』は『闇(やみ)』の意味。 暗黒世界を表し、『日が暮れてくる』の『暮れ(くれ)』の状態。 ![]() 『あお』 それは生命力の躍動。青葉、青山といった瑞々しいもの。 暗黒世界が少し明るくなった状態。 ![]() 『あか』 それは生命力の象徴と同時に『血』の色。望むべきものであり、畏怖すべきもの。 暗黒世界が明るくなり、日が上り『明(あか)るい』という状態。 (おしまい) ---------- 繰り返しになりますが、なぜ当時4色しかなかったのかはまったく知りません。 この文章は自分の勝手な妄想です。 『古事記』『日本書紀』に詳しい方がいたら教えてください。 ただ、日本語の持つ不思議さ面白さを感じていただけたら幸いです。 自分が思うに、日本語の本質は「おと」なのです。 たとえば『島』と『縞』が両方『しま』と読むのはちゃんと意味があるのですが・・・ ・・・ブログで書くと今回みたいにまた長くなりそうなので、気になる方は各自調べてください。 ---------- お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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