「ディレクトリ型」から「空席検索型」へ
私が今の会社に転職した時点では、サイト上での利用者のメイン導線は「空席検索」ではなく「ディレクトリ型」であった。つまり、「○月○日 ○県→○県 大人○人」と条件を入れて「検索」を押す形ではなく、「関東発」ボタンを押すと関東から各地への路線(「東京→仙台」「東京→大阪」など)が一覧表として表示され、どれかの路線名を押すとその路線に紐づく便の一覧が表示され、さらにどれかの便を選んでクリックするとその便の詳細(内装のイメージ写真や空席カレンダーなど)が表示される仕組みになっていた。当時はまだ高速ツアーバスの企画実施会社の数も少なかったし(ちなみに高速ツアーバス予約事業に参入した際の取扱社数はわずか9社。現在では60社を超えている)、1社ごとの商品数も少なく、利用者にとっては一つ一つの便詳細ページを開いて空席状況や価格、車両タイプなどを確認してもさほど手間ではなかったのだ。むしろ空席検索型にしてしまうと乗車希望日に満席の便は表示されないから取扱商品がシャビーに見えてしまうというこちら側のデメリットの方が大きかった。昔の話ではない。わずか4年ほど前の話だ。しかし、3年半前に私たちでは、メイン導線を「空席検索」に変えた。東京~大阪間を中心に商品数が一気に増える一方、私たちのサイトの販売力も拡大し満席となる率が高くなっていた。全ての便について一つ一つ詳細ページを開いて価格や内容を確認し、また一覧に戻って次の便の詳細を開けばその便は満席で、また一覧に戻って次の便を開き・・・・・・という動きが利用者に負担となりそうな状況に変わったからだ。だから日付や人数など条件を入力し「検索」ボタンを押すとその日に空席がある便だけが一覧表示され、必要に応じて座席グレード順や価格順などで利用者が並べ替えまたは絞込みできる導線をメインに据えたのだ。もちろん、興味がある便をクリックすれば詳細を確認できるのは以前と同じだ。というより、宿泊予約等、他のサービスとようやく導線を統一できるだけの商品が揃った、ということだった。イメージで言うと、イチゴを買いたい客が、あるお店では佐賀産が350円で、別の果物屋に行ったら長崎産が400円で、次のお店では栃木産が350円で、と価格や見た目(おいしそうかどうか)をいったん記憶して比較し、長崎産と決めたら2番目のお店に戻り購入・・・という動きから、スーパーのイチゴ売り場に行ったら佐賀も長崎も栃木も同じ棚に並んでいて、一目で比較し長崎産を手にとってレジに向かう動きに変えたのだ。同時に、企画実施会社側での価格設定の方法も変えた。企画実施会社が商品を登録する際、一度登録した料金は原則的に変更できない(販売する座席数だけはリアルタイムに出し入れできる)形で、要するに各社のパンフレット上の販売価格をそのままサイトに登録してもらっていたのだが、この時期からは価格そのものを(理論上は1円単位で)リアルタイムに変動させるようにしたのだ。合わせて、レベニューマネジメント概念を本格導入し、データ分析に基づき各社の価格設定を支援するようにした。この変更が高速ツアーバス業態全体に与えたインパクトは、私たちが想定していたよりも大きかった。繁忙日には在庫切れ(早々に満席になること)が発生していることはわかっているが片道回送になっては利益が出ないと続行便の設定に二の足を踏んでいた各社が、最初から「ウラ」が回送になることを覚悟で「オモテ」便に思い切った高値を付けて片道輸送で十分に利益が出せるよう工夫するなどし、繁忙日の在庫切れはずいぶんと解消した。さらに私たちでは、旅行業免許も保有する貸切専業のバス事業者に、繁忙日だけの「スポット運行」をしないか提案に回った。ふだんは普通の貸切バス会社だが、連休や年末年始だけ彼ら自身が高速ツアーバスを企画実施し自社のバスを運行させる。自社企画実施とはいえ年に数回の運行のためにチラシやポスターを作るなど無駄なので、全席を私たちのサイトに登録する。もちろん、データ分析に基づき私たちの方から「○月○日は東京→大阪 3台 往路は8,000円 復路は4,200円くらいがベストですよ」といった支援はする。空席検索型の導線なら、その日だけ運行するスポット便であっても画面上は定期運行便と同列に並ぶので十分に予約が入る。平成エンタープライズなど、その形からスタートし定期運行に移行、今や3列シートの高速ツアーバス専用車だけで10台を超える。高速バス繁忙日はおおむね貸切バス閑散日だから、貸切バス事業者にすれば稼働率向上にとって非常に都合がいい。しいて言えば、旅行業免許は持っていても自社でツアーを日常的に企画実施している会社は多くないから、貸切バスの営業マンが自ら座席表を作成したり夜中に乗車受付を手伝ったりしないといけないが。私自身も何度も新宿や大阪まで乗車受付を手伝いに行った。最初はそこまでして「まずはやってみましょうよ」とお願いしていたのが、そのうち事業者の方から「今度の連休はどこに何台出したらいい?」と相談が入るようになる。一番面白かったのは近所の高校のサッカー部が全国大会に出場するだろうと大量にバスをキープしていたのに予選で敗退したため応援ツアーがキャンセルになり、あわてて高速ツアーバスのコースを設定し最後の1週間で5台を満席にしたことだ。もう一つ、空席検索型にしたことによる変化は、座席タイプを中心に商品バラエティが一気に増えたことだろう。企画実施会社としては多数の候補からなんとか自社の便を利用者に選んでもらいたいから、座席タイプはもちろんアメニティグッズや朝食付きなど商品の個性を競い始めるようになる。従来の、公共交通機関にありがちな「無色透明」「最大公約数的」な商品から、顧客セグメントに対応した個性を主張し始め、「お客様自身が、バスを選んで乗る時代」が生まれたのである。さらに未だ一部とはいえ、その「選択肢」の中に高速路線バスもようやく入りつつある。一方、上記の形だと繁閑に合わせて在庫(増発)をコントロールできるのは4列スタンダードタイプだけとなり、現状では高速バスくらいしか使い道のない3列シート車は閑散日に合わせた最低限の台数しか各社持ち合わせていない。結果として繁忙日には上級車両が早々に在庫切れになりスタンダードだけが空席検索結果に表示される、という事態が起こっている。次は何とか、3列シートを各社がどんどん増発設定できるような環境(要するに高速ツアーバスと補完関係になる3列車の使い道)を考えないとなあ。取り急ぎ老舗貸切専業バス事業者や観光型のバスツアーが得意な会社などとアイデアを出し合うことになろう。新しいアイデアを考えるためにブレストをする時は、いつも本当にドキドキする。