369837 ランダム
 HOME | DIARY | PROFILE 【フォローする】 【ログイン】

 eco eco五座三座

PR

Calendar

Free Space

eco_eco☆五座三座のHPへ

楽天が運営するポータルサイト【インフォシーク】Infoseek

Wiki Leaks
CNN
AFN

PVアクセスランキング にほんブログ村

Headline News

Recent Posts

Category

Keyword Search

▼キーワード検索

Archives

2009年01月14日
XML
戸田城聖は十月末、総本山大石寺へ詣でた。
― 中略 ― 
定刻、「客殿」で丑寅勤行が終了すると、彼は一同から離れて御宝蔵の前へ行った(中略)
戸田はつかつかと石畳を踏んで進んだ。そして石畳の上に端座したのである。
(中略)大御本尊のまします御宝蔵の前で、戸田は静かに唱題を始めた。

唱題の声は高くも低くもなく、極めて平静でありながら
一つ一つの題目には鋼のような気迫が込められて、静寂に沈んだ空気を刻むように響いた。
(中略)今、彼は大御本尊ひたすら大荘厳懺悔を申し上げている最中であった。

彼の脳裏には、終戦後の一切の事件が次々と映っては消えていった。
更に、現在の如実の姿鮮明に浮かびあがった。
彼は我が身の謗法自ら断罪したのである。


戦後5年の月日が流れてしまった。
創価学会は、まだ 磐石の基礎から、ほど遠い処にある。
何故だろう・・・・・


私は昭和21年(1946年)の正月・・・・・
総本山の坊で4人の幹部相手に法華経の講義から始めた。

それと言うのも戦時中の あの弾圧教学の未熟さから
同志の退転 ・・・と言う 煮え湯を 飲まされたからだ。

この私の方針が間違っていた ・・・とは、どうしても思えない。

方針は正しかったが
大聖人の仏法を理解させるにおいて、私は誤りを犯したようである。

御義口伝を基にして講義をしたつもりであったが
  受講者は なかなか理解してくれなかった。

・そこで 天台の「摩可止観」精密な論理を借りて話すと、よく解る。

・勢い 受講者が理解したものは、大聖人の法華経ではなくて
  何時の間にか天台流臭味のある法華経になってしまったのだ。

では・・・理解力の浅い弟子達の罪なのだろうか?

いや、教えた者・・・・・ 私の罪にほかならない!!
私が大聖人のお叱りを受けるのは当然すぎるほどの道理だ。
なんと言う事をしてしまったのだろう・・・・・



戸田は唱題をしながら、ひれ伏してお詫びしなければならなかった。
                                       (つづく)

(「人間革命」 第4巻 P.279~281)より


【参考資料】


:先生(戸田城聖氏)が「法華経を天台流に習った為、罰を受けた。」
  ・・・と言う話しを聞きましたが、どういう訳でしょうか?


戸田:今、日本には法華経の講義録が沢山あります。
   一番、売れているのは小林一郎 ・・・と言う
   中大(中央大学の事)先生が書いたものです。

   私は中大で、小林先生に倫理学や哲学を習ったものですから
   「先生の講義録を非難する」・・・と言う事は
   弟子が師匠を非難することなので、いけないのです。

   だが・・・
   私は(小林先生の)講義録は随分読みましたが、これはどうしてもブーイング駄目です。
   先生が悪いブーイングのです。 これは、どうしても!儒教の学説なのです。
   と言うものが成り立っていない!のです。

   この他は、本多日生にしても天台を出ていない

   きらきら天台大師と言う方は、三大部と言われる
   「法華文句」「法華玄義」「摩可止観」・・・と言うものを書かれた人で
   法華経を読む上には、これほど立派な哲学はないのです。

   ・・・で、私もこういう事を言っては失礼にあたりますが
   少しばかり学問の世界にいる人間なんです。

   数学とか物理とかさいふ経済学とか銀行景気変動論とか
   そういうもの赤ハートばかり研究してきた人間なものですから、
   きらきら哲学的なものに すぐ負けるのです。

   天台法華玄義にしても法華文句にしても摩可止観にしても
   読んだら どうも正しい・・・

   ところが!26世日寛上人の論議によりますと・・・・・
   これは「教相」「歓心」二つの哲学があるのです。
   日蓮正宗によりますと天台の学説教相になります。
   歓心とは、文低秘沈のことであります。
   
   ここで日蓮正宗の哲学の奥底である、「御義口伝」如来寿量品16の中に
   南無妙法蓮華経如来寿量品 ・・・とあるのです。
   これは、最も大事な言葉です。

   「如来とは何か?
   天台三世十方の如来は仏だ!!・・・と言っているのにも関わらず
   あの「御義口伝」「南無妙法蓮華経如来寿量品」・・・と、あるのです。

   そうすると・・・「如来」と言う言葉は「御義口伝」からいくと
   寿量品全部・・・ 南無妙法蓮華経 ・・・と、とれ!!
   ・・・と言ういなずま命令なのです!!
   「如来秘密神通之力」とは・・・何ぞ?
   きらきら南無妙法蓮華経 ・・・と、捉えなければなりませんw

   そう読んで来ると・・・ 「歓心本尊抄」が生きてきます。

   「南無妙法蓮華経の御本尊様」を拝めば・・・
   権釈本の教主釈尊の因行果徳(観心本尊抄文段)を
   「譲り与え給う」・・・と言う言葉が すごく大事になります。

   我々には何の修行も無いのです。
   何の修行も無いが 「南無妙法蓮華経如来寿量品」・・・と言うきらきら如来
   「南無妙法蓮華経」・・・と読んだものは
   きらきら権教の仏、きらきら釈門の仏、きらきら文上の釈尊の功徳いて座全部くれる\(^O^)/」
   ・・・と、こう言うのだから
   賞金仏の功徳を貰ったのだから、台風貧乏するわけはないのです。     
   私が経文を読んでも貧乏な仏など出てきません。
   仏が借金に困った ・・・と言う経文は絶対にありません。

   だから、そのように読むと、有り難くてたまらなくなるのです。・゚・(ノ∀`)・゚・。
   それを天台の経文を読むと
   貧乏な仏権釈本の修行を何億万年もしなければブーイング駄目」
   ・・・になっているのです。

   だから・・・ 天台ブーイング駄目だ!!・・・と言うのです。

戸田城聖全集第二巻[質問会編] P.201~202)


【参考文献】
   ― 如来滅後五五百歳始観心本尊抄 ―

   私に会通を加えば本文を黷が如し
   爾りと雖も文の心は釈尊の因行果徳の二法は妙法蓮華経の五字に具足す
   我等此の五字を受持すれば自然に彼の因果の功徳を譲り与え給う


   (堀日亨編纂 新偏御書:P.246)
   http://www.sokanet.jp/sg/sn/gosho_text.html?key1=246&ref=null







Last updated  2012年10月08日 09時39分16秒
[池田大作著:人間革命&新人間革命] カテゴリの最新記事

Copyright (c) 1997-2019 Rakuten, Inc. All Rights Reserved.