000000 ランダム
 HOME | DIARY | PROFILE 【フォローする】 【ログイン】

 eco eco五座三座

PR

Calendar

Free Space

eco_eco☆五座三座のHPへ

楽天が運営するポータルサイト【インフォシーク】Infoseek

Wiki Leaks
CNN
AFN

PVアクセスランキング にほんブログ村

Headline News

Recent Posts

Category

Keyword Search

▼キーワード検索

Archives

2009年03月11日
XML
北条浩は、ためらいながらも池田3代会長に言った

「摂受と言う事も、先生のおっしゃる事も、よく解りますが
 何か“他の宗教”と、妥協するような感じが否めませんね~

 やはり、他の価値観にたっても、まず「正邪」を明らかにし
 仏法を受け入れない池田氏を受け入れない輩などは、既に謗法なのですから
 相手の粗を見つけ出し、厳しく罵倒しながら糾弾して
 無理矢理にでも“屈服せしめなければ、いけない” ・・のでは、ないでしょうか?

 また“毒気侵入”でコントロールが効かなければ
 を ぶちまけてでも、相手を宥め透かし、教育せしめて屈服させなければ
 本人は悪化の一途を辿るだけでは、ないのでしょうか?
 本人の為にはなりませんし、こちらも迷惑です。

 ともかく、相手を“屈服させる事”“丸め込む事”が大切です。
 今までも、そうやって、創価学会は “発展してきた”じゃないですか?

大作は苦笑した。

それが北条浩に限らず、創価学会最高幹部学会員の感覚
(特に婦人部女子部
 そして、いまや上矢印に屈服する事しか脳がない、犬にも等しい、哀れな青年部

或いは公明党の感覚であったかも知れない。


そこで・・・ 北条浩らに、三代会長の仏法観を説明した。

それでは考えがムカッ浅い!! 
 そうしたやり方で、理解と信頼と友情が深まり、広宣流布が進めばよいが・・・

 しかし、そんな“やり方”では必ず、“無用な誤解”“摩擦”を招く結果となるだろう。

 譬え、その時は“勝った”・・としても “一時的な勝利”にしか過ぎないだろうし
 場合に依っては“宗教同士の争い”にもつながりかねない。

 また、譬え、表面上では“赤ハート平和な側面”を見せ付けても
 所詮、仮面だけなので
 メッキがはがれれば“陰湿ないじめ”しか残らない

 道理を尽くし、仏法者として“自分の宗教的信念”を語っていく事は、大切だが
 北条さんのような考え方では“自己満足”に終わり
 友情も壊れ、反目し合う事にもなる。

 それは、一見、勇ましいようにも聞こえ、仏の軍勢のようにも聞こえるが
 結局は己の自己満足で終始しただけの話であって
 仏法の眼で見れば、それは、現実逃避をして虚飾を飾る自分にしか過ぎない。
 
 宗教や国法や司法、そしてイデオロギーなど
 偏った情報”や“偏った表面上の一面”だけで、人格の物事を捉え
 善悪などを決め付けて固定し“相手を裁断するだけ”妄想発想などは
 いい加減 改めて欲しい。

 地獄界から仏界に至るまで、十界互具を有した 複雑な現実社会の中で
 真の人類融合を目指していくには
 粘り強い対話赤ハート深い友情を育まなければ、原因も欠陥も処方箋も見つからず
 お互い、平行線のまま、余計、悪化するだけだ!! 破壊は何も生まない。

 フランスの作家、Francois-Marie Arouetは・・・
 “私は、あなたの書いた意見は嫌いだが
  私の命を与えても、あなたが書き続けられるようにしたい”
・・・と言う
 まことに有名な言葉を残している。
 ( 上矢印の「名言」に対する彼の真意について、本当に理解出来る人は 少ないと思う・・・
  何故なら「自分」と「相手」の立場を摩り替えて論じ
  売り言葉に買い言葉となって“責任逃れ”の詭弁にもなってしまうから )
 

 仏法は本来、一天四海本因妙・・・
 つまり“三千大千世界の生命”を包む 大海のような大慈大悲の法です。
 人間や生命の尊厳と自由と平等を説く普遍の哲理です。

 故に、仏法者は譬え、宗教、思想、信条が違っても
 相手を“人間”として尊重しなければ“解而不信”にも陥るし
 また、それが“人間の道”だと思うのですが・・・


大作は北条浩に語りながらも、今の創価学会自分との間
仏法への大きな認識の違いが生じている事に気付いた。

戦時中、一国を狂わせ、初代牧口常三郎氏を死に至らしめ
民衆に途端の苦しみを なめさせた根本原因は宗教にあった
上矢印但し、大元を辿れば、華僑思想の儒学迎合した
 教条的な思想の結果で、これが巧みに利用され、食い尽くされていた。)


だから創価学会は戦後
そうした宗教の誤りを“正す”事を「第一義」・・・としてきた。

それは大事な精神ではあるものの、未来を展望する時
“ソレ”のみが、「仏法のあり方の全て赤ハートだと錯覚し
宗教者としての社会的使命に
「自分達の眼を閉ざした」創価学会の思考に、大作は一抹の不安を感じた

そして、その「一抹の不安」が後に的中して、自ら粉が振りかかってしまい
「焼け石に水」を差してしまった事も実感している。


本当に 人間は悲しいもので、いざ「自分の利害」が関係してくると
まるで狂者のように、全てを混同してしまい
男女問わず、信心も、仏法も、組織も、宗教も、全て自己本位に振舞う人が居る。

いずれの時代でも、いずれの社会でも・・・・・


( 新人間革命5巻「歓喜」の章より P.153~154)


eco◆Smw69BiSBOより


今回、掲載しました「新・人間革命」につきましては
若干ながらも当時と現在とでは状況が違っていた側面も否めない為
一部文章を補訂した上、加筆させていただきました。
ご了承ください。

尚、小説内での名前につきましては
実際に「そういう指導があったもの」と見受けられた為、実名とさせて戴きました。



にほんブログ村



 






Last updated  2009年03月11日 22時24分54秒
[池田大作著:人間革命&新人間革命] カテゴリの最新記事

Copyright (c) 1997-2019 Rakuten, Inc. All Rights Reserved.