000000 ランダム
 HOME | DIARY | PROFILE 【フォローする】 【ログイン】

 eco eco五座三座

PR

Calendar

Free Space

eco_eco☆五座三座のHPへ

楽天が運営するポータルサイト【インフォシーク】Infoseek

Wiki Leaks
CNN
AFN

PVアクセスランキング にほんブログ村

Headline News

Recent Posts

Category

Keyword Search

▼キーワード検索

Archives

2019年05月
2019年04月
2019年03月
2019年02月
2019年01月
2018年12月
2018年11月
2018年10月
2018年09月
2018年08月

全5件 (5件中 1-5件目)

1

開目抄

2009年01月08日
XML
カテゴリ:開目抄
― 第一に形式 即ち外相就いて(3) ―


本抄について残念な事は
御正本明治8年(1875年)身延山焼失して寸紙も残ってなく
日乾対校本本満寺あるのみ御門下の時代写しの本無きようである。

もっとも興尊「門徒存知事」の中にも・・・・・


一、開目抄一巻、今開して上下と為す。
佐土国の御作四条金吾頼基賜う
日興所持の本は第二転なり 未だ正本を以て之を校えず。


(堀日亨編纂 新偏御書:P.1604)
http://www.sokanet.jp/sg/sn/gosho_text.html?key1=1604&ref=null


・・・と記せられてあるが、その興尊写本も今、富士諸山現存せず
僅かに重須本門寺興尊直写要文二巻が珍蔵せされてあるが
中世の日暁学頭末丁の興尊の筆の下拝見の記しとしてか
自己の名を記せし事目障りとなり
ある学匠は「筆致等 異なるには拘らず直に全文を日暁筆として
開山直筆なる事を否定しておるは無理からぬ事ながら
実はこの要文の中に「一」「日興」とも「白蓮」とも記名無くして
余りに開山筆視熟せぬから、最後の文に・・・・・
「正和六年(1317年)二月廿六日御影堂にて」・・・とある。
その下に少し距だてて、また・・・
大文字「日暁」 ・・と、「のみ」あるから そのように速了されたのぢゃが
大躰【たいてい】は全文「興師」艸筆であるに
毛頭疑いなき特に珍重すべき宗宝である断定する。



【参考資料】
http://www.geocities.jp/jfcps873/kanren2/shoshukyougi1.html
http://yasai.2ch.net/koumei/kako/1011/10112/1011284424.html


eco◆Smw69BiSBO」より

※上記2つの資料の中、波木井氏発言注目してください。
まず、開目抄を始める前に、何故 序講掲載する事にしたのか?
また、その「序講」も何故、池田大作氏序講採用せず
堀日亨上人「序講」採用しているのか?
この上記2つ資料を鑑みれば解る筈です。

因みに先日「聖教新聞」の出版センターへ伺った処
戸田城聖氏講義「開目抄講義」 (原題:「日蓮大聖人御書十大部講義」)
「御書講義全集」のコーナーには、全く置かれておらず
その代わりに池田大作氏
近年になって「大白蓮華」紙上にて講義をした「開目抄講義」が販売されている。

しかし池田氏の「開目抄講義」は、所処、端折っている部分が見受けられ
あまり掘り下げて講義を行っていない側面があり、充分ではない。


※原本では「旧かな使い」や難解な表現が多分に含まれていた為
一部の文章につきましては解りやすい表現に治した部分もあります。
また、難解な表現につきましては「Infoseekマルチ辞書」へLinkさせております。









Last updated  2009年01月08日 22時09分30秒
2009年01月05日
カテゴリ:開目抄
― 第一に形式 即ち外相就いて(2) ―



次に遺教亀鑑について に前引にもあるが如く「開目抄」には・・・・・
「三仏が日本当世を写す明鏡」 ・・・とも
また・・・・・
「日蓮が かたみ ともみるべし」 ・・・と明言され、「振舞御書」には・・・・・
「若し佐渡にて頚切らるるならば 日蓮が不思議を此文を留め置く【をく】べし ・・・とも
「日蓮は国の柱とも ・・・とも仰せられて
また「三沢抄」には・・・・・
佐渡流罪已前予が法門方便なり
 真実は大事到来の時ならでは宣ぶべからず
 今は止むを得ぬから真味の弟子達に真実第一義を示す開目抄

 ・・・と云う事を示されておる。
よって本抄の遺教亀鑑と拝するべきを知るべきである。

次に文態等においては、安国論とは大差がある。
安国論は公界官辺への公文書であれば、特に斯辺深き注意を払われ
従来抄、記しおかれた材料基礎として悠々たる成文であり
本抄目前に迫り重なる寒雪の中資料も乏しく、筆紙も思うに任なえない中
急遽、11月より2~3ヶ月二巻の長編をも載せられたので
従来、房総鎌倉方面にての御書とは比較にならぬ重書であるから
御引文外の御筆全部 当時の通用文
流暢である中に他人不共気魄自然に流露しておる。




eco◆Smw69BiSBO」より

原本では「旧かな使い」や難解な表現が多分に含まれていた為
一部の文章につきましては解りやすい表現に治した部分もあります。
また、難解な表現につきましては「Infoseekマルチ辞書」へLinkさせております。










Last updated  2009年01月05日 17時01分00秒
2009年01月01日
カテゴリ:開目抄
― 第一に形式 即ち外相就いて(1) ―


後人の釈明を須たず 大聖人自ら弟子檀那に 現文中にも
また 殆ど年を越えずに仰せられて 本抄の重要を示されてある。

即ち、開目抄(下巻)には・・・・・



日蓮といゐし者は去年九月十二日子丑の時に 頚 刎ねられぬ【はねられぬ】
此れは魂魄・佐土の国にいたりて返年の二月
雪中にしるして有縁の弟子へ贈れば【をくれば】
畏ろしくて【をそろしくて】・怕そろしからず【をそろしからず】

見【みん】人いかに・怖【を】ぢぬらむ,
此れは釈迦・多宝・十方の諸仏の未来日本国
当世をうつし給う明鏡なりかたみともみるべし。


(堀日亨編纂 新偏御書:P.223)
http://www.sokanet.jp/sg/sn/gosho_text.html?key1=223&ref=null


また、富木殿御返事には・・・・・


日蓮が臨終一分も疑無く頭を刎ねらるる時は殊に喜悦有るべし
大賊に値うて大毒を宝珠に易ゆと思う可きか。

鵞目員数の如く給び候い畢んぬ御志申し送り難く候
法門の事 先度 四条三郎左衛門尉殿書持せしむ其の書 能く能く御覧有る可し


(堀日亨編纂 新偏御書:P.962)
http://www.sokanet.jp/sg/sn/gosho_text.html?key1=962&ref=Kyogaku


また、種種振舞御書には・・・・・


さて皆帰りしかば去年の十一月より勘えたる開目抄と申す文二巻造りたり
頚切るるならば日蓮が不思議とどめんと思いて勘えたり
此の文の心は日蓮によりて日本国の有無はあるべし
譬へばなければ・たもたずなければ死人なり
日蓮は日本の人の魂なり平左衛門既に日本の柱を倒しぬ【たをしぬ】
只今世乱れてそれともなく
ゆめの如くに妄語出来して此の御一門 同士討ち【どしうち】して後には他国よりせめらるべし
例せば立正安国論に委しきが如し
かやうに書き付けて中務三郎左衛門尉が使にとらせぬ
つきたる弟子等も強義【あらぎ】かなと思へども力及ばざりげにてある程に
二月の十八日に島に船つく、鎌倉に軍あり京にもあり


(堀日亨編纂 新偏御書:P919)
http://www.sokanet.jp/sg/sn/gosho_text.html?key1=919&ref=Kyogaku


また、三沢抄には・・・・・


又法門の事は佐渡【さど】の国へ流され【ながされ】候いし
已前の法門は・ただ仏の爾前の経とをぼしめせ
此の国の国主我が代をも・保つ【たもつ】べくば真言師等にも召し合せ給はんずらむ
爾の時まことの大事をば申すべし

弟子等にも内内【なひなひ】申すならば披露【ひろう】して彼等【かれら】知り【しり】なんず
さらば・よも会わじ【あわじ】と・思いて【をもひて】各各にも申さざりしなり

而るに去る文永八年九月十二日の夜
たつの口にて頚をはねられんとせし時より・後【のち】不便【ふびん】なり
我に附き【つき】たりし者どもに真【ま】ことの事をいわざりけると思うて【をもうて】
佐渡【さど】の国より弟子どもに内内申す法門あり

此れは仏より後迦葉・阿難・竜樹・天親・天台・妙楽・伝教・義真等の大論師
大人師は知りて
しかも御心の中に秘せさせ給いし・口より外には出し給はず
其の故は仏制して云く
「我が滅後・末法に入らずば此の大法いうべからず」と・ありし故【ゆへ】なり
日蓮は其の御使にはあらざれども其の時剋にあたる上
存外に此の法門を悟り【さとり】ぬれば
聖人の出でさせ給うまでまづ序分にあらあら申すなり

而るに此の法門出現せば正法・像法に論師
人師の申せし法門は皆日出でて後の星の光・巧匠の後に拙を知るなるべし
此の時には正像の寺堂の仏像・僧等の霊験は皆きへうせて但此の大法のみ
一閻浮提に流布すべしとみへて候
各各は かかる法門に契り【ちぎり】有る人なれば・たのもしと・覚ず【をぼす】べし。


(堀日亨編纂 新偏御書:P.1489)
http://www.sokanet.jp/sg/sn/gosho_text.html?key1=1489&ref=Kyogaku


已上の所引の如く開目抄には
日蓮は現在には竜の口で頚切られ 其の魂魄が書き附けて
有縁の弟子に「佐渡から送る」と云われ
富木殿には「法門の事は四条金吾に書を送ったから能々見られよ」云われている。
二月比に開目抄を送られて直後の注意である

それから4年後の「振舞御書」には明白に
開目抄二巻四条中務三郎左衛門が使に持たせた」 ・・・と記して
「日蓮が霊妙不思議の宣言此の書に留めたと自ら珍重し給うてある。

但し安国論の御警告は表面上に強くして 自らも再々 公けに絶叫せられたのに反し
本抄の深意裏面に重大有縁の人々の心中に深く注入せられたのであって
大に趣き異にしてある、此れを本抄の興起成立とする。




eco◆Smw69BiSBO」より

原本では「旧かな使い」や難解な表現が多分に含まれていた為
一部の文章につきましては解りやすい表現に治した部分もあります。
また、難解な表現につきましては「Infoseekマルチ辞書」へLinkさせております。









Last updated  2009年01月02日 10時57分30秒
2008年12月24日
カテゴリ:開目抄
本抄の大旨を説明するに就いて

第一に本抄の形式(外相)成立(興起)遺教(亀鑑)より その文態等または文段等に分説
第二に本抄の教義(内容)を主師親の三徳崇敬と決定して
古今儒家 道家 婆羅門 及び全仏教に求めて
教理五重判より 本因 下種 一念三千の三徳の認定を誤るべかざる開目の大意を明かし
而して本抄に顕れたる教義は・・・
教観二門何れになるのか?
開眼の人法真の意味とは?
末世の弘教は接受折伏何れを行えば仏界に至る事が出来るのか
行者の大願の真意とは? ・・・等に及び
その結論として・・・
・主師親 インド新顕本の釈迦仏なのか?
第一番成道久遠の釈迦仏なのか?
・開目の当主上行菩薩再現日蓮本僧なのか? ・・・等の或義をも略判

第三に本抄の元意(抄主内証)は
迷惑三徳邪膜を決する大慈 強祈 の方法は
忽ちに公私の暴難縦横して必死を招いてしまったものの
如何とも為し難かりし磐石不動の身心は
畢竟 是れ 三徳の結晶として末法教主の自信を得られ
一毫末段凡夫僧即久遠名字の三徳具備の本仏なる事
必ず開目のすべきを明すに在ること
現文余りに顕露ならざる辺ありとも大体に徹して信読すべきである。



eco◆Smw69BiSBO」より

原本では「旧かな使い」や難解な表現が多分に含まれていた為
一部の文章を解りやすい表現に治した部分もあり
難解な表現につきましては「Infoseekマルチ辞書」へLinkさせております。







Last updated  2008年12月25日 02時04分56秒
2008年12月04日
カテゴリ:開目抄
本抄は第一巻の「立正安国論」と
其の成立、及び応用を異するが故に同論と同じく書誌学的に扱ふべきにあらず
(尚、当時の立正安国論の講義者は 戸田城聖氏 )
深く抄主日蓮大聖人に全幅に南無し奉る深縁の門下に
筆紙窮乏の中より遺言的に示された重書であるから
他の御書よりも只管に信読にあらずしては奥旨に達する事が出来ぬ
日興上人が将来の亀鑑として数多き租書の中から十大部を撰出して
聖題の上に「法華本門」の四字を加えて尊重を示されたる中にも
本抄「観心本尊抄」のニ抄は
他抄よりも特に此の敬称を必ず加はるべきものと拝見すべきである。

今編に於いて「解題」と別標するに就いて
其の下に数多の義目を設けて大衆の読便を謀るは全編に亘る当然の事なるが
成る可く根本的な富士の正義を掲げたる末抄の目録を直下に掲げ
更に其の要文を抄録して解題の終尾に附録して題者の膚学【ふがく】を補ひ
又 兼ねて講義録を助くる事にしやうと思ふ
但し地位の親疎時代の推移に随って法義の内容に多少醇雑の異ある事は
止むを得ぬ事である。


1・「法華開目抄上私見聞欠」重須学頭三位 日順(宗祖滅後74年)
   保田妙本寺蔵・天文14年(1545年)
  楊順坊 日顕(注釈:大石寺67代法主ではない 写本に依る
  (富士要学全集第1巻:P.131已下に掲載)

2・「法華本門開目抄総釈」保田妙本寺 日要(宗祖滅後210年頃)
   雪山文庫蔵 [寛延2年(1750年) 会円 写本等に依る。]

3・「法華開目抄聞書(上下巻)」同上日要談
   学頭坊 日晃聞書の正本 [妙本寺蔵等に依る。]

4・「開目抄見聞」京都要法寺日辰(大聖人滅後270年頃)
  富士大石寺 日啓 写本 [大石寺蔵による。]

5・「開目抄詳解(上巻)」西山本門寺末・堪如日応(宗祖滅後360年頃)
  西山本門寺蔵(享保20年(1735年)

6・「開目抄愚記 (上下4巻)」、富士大石寺学頭 日寛 (宗祖滅後432年)
   大弐日覚正本 [大石寺蔵による]


此の中に日要諸目録にすら載らぬ稀覯書であり
日順見聞疾く散逸したもの ・・・と見え、僅かの残帙を雑集として公刊していた。 
詳解は下巻を逸しておるが、上巻も末刊である。

寛師学頭時代の御記は其の要文は公刊もしたが
又 講義の中に多分は用いられているので、ココには抄録のむだを省くことにした。



eco◆Smw69BiSBO」より

原本では「旧かな使い」や難解な表現が多分に含まれていた為
一部の文章を解りやすい表現に治した部分もあり
難解な表現につきましては「Infoseekマルチ辞書」へLinkさせております。







Last updated  2008年12月05日 02時35分37秒
このブログでよく読まれている記事

全5件 (5件中 1-5件目)

1


Copyright (c) 1997-2019 Rakuten, Inc. All Rights Reserved.