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2010年07月08日
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カテゴリ:Archives
立正佼成会の本尊は、設立当時からクルクル変わってきた。
「本尊に迷えば色心に迷う」・・との御金言のとおり
迷って迷って迷いぬいて、衆生を迷わせてきた・・・と、いうべきである。

昭和13年(1938年)の教団設立当時は毘沙門天を本尊としていた。
「外道本尊時代」・・と言うべきある。

昭和17年(1942年)に中野の現在地に移転した際に
毘沙門天を本尊「大日如来」に摩り替えた。
副会長の妙佼きらきら神示があったから」 ・・・だと言う
真言同様だから「亡国本尊時代」・・・とでも言うべきか・・・・・

この頃には、「南無妙法蓮華経 異体同心天壌無窮 日敬
・・・と書いていたものを上矢印御本尊として使用していた!!
これは戦時下情勢におもねたものらしく、敗戦で「天壌無窮」が都合が悪くなるや
何時の間にか支部旗に格下げしてしまった。

もともと、三大秘法は、仏法の三学、戒・定・学の本体である。
くるくる変わったり、支部旗に格下げとなる「定」が仏法にあるものか。
初学の者さえこれを知るはずである。
庭野日敬をはじめ、佼成会の幹部
仏法の初学にも達しない外道の者であることが これでもわかるだろう。

さて、終戦になると、大日のおかしい事に気付いた・・・と見え
大日を廃して釈迦と取り替えた。
この時も、例の妙佼の神がかりによる指示だった事を告白している。

ところが!またまた本尊の摩り替えが行われ
偶像主義による呪術的宗教を排して
 特定の本尊や偶像によるべきではなく
 曼荼羅中心主義によるもので・・・
」と説明を加えたが
なんと昭和33年(1958年)に入ると
その曼荼羅を引っ込めて、再び「釈迦像」に戻ることになった。

それが最初に述べた「一尊四士造立本尊」・・と言う代物である。

今度は「絶対だから変えぬ!」・・といっているもの
また、いつ なんどき 変わるか?わかったものではない。


折伏教典(監修:池田大作 昭和43年発行 第26版) P.165~166より-


法華講の樋田氏が指摘した「浄園寺の改竄」の事や
富士宮在住の波木井氏が「創価学会の立正佼成会化」と揶揄した背景には
この「折伏教典」の存在があり、
その中でも、この本では、立正佼成会の本尊に対する変遷ぶりを指摘し批判したのですが
しかし、実際には、創価学会も「定」こそは、変えなかったものの
色心の部分や、学の部分で、「立正佼成会と同じ過ち」を犯し・・
否、昨日の記事(2010.07.07付の記事)でも述べましたが
有師化義を悪用し
法の網を掻い潜りぬけるような、脱法に近い事
を、行ってしまったが故に
「立正佼成会以上に悪質な形」にもなっていた!の・・が
あの1994年から、創価学会の信者に対し下付し始めた
対告衆を削り、一部を加工した、「浄園寺所蔵」の日寛上人書写の曼荼羅なんです。
 
その結果、立正佼成会側からも、足元をみられて
「庭野日敬師の御本尊は正しかった」 ・・となってしまい
立正佼成会の破釈もダブルスタンダードで破綻してしまい
大混乱にも陥ってしまう訳です。

ここが大きな問題なんです。

本当に、仏法の眼で見つめた眼で見つめたならば
まだ、立正佼成会の本尊は、赤ハートかわいいもの
彼等は「解而不信で本尊を変えたレベル」だし、自力の部分があるのですが
あなた達の場合、本尊の意味も知った上、戒まで受けているのにも関わらず
色心や学も説明できずに、浄園寺任せにしたりして、衆生を迷わせ
「信而不解のまま本尊を変えた」・・と言う形にもなってしまうので
従って、御本尊に書かれている意味特性・配列等・差別・価値等も含め
納得が出来るように「合理的な説明」を施して、修復までしない限り
「悪魔の証明」と同じ効果・・しかなくなるので、隙を突かれてしまう要素も非常に強く
従って、結局は、撰時抄にも説かれていた
「真言に犯された、伝行の弟子」とてんびん座同じ対価価値しか決められなってしまい
結果的に「大謗法」・・・となる訳です。


【参考資料】歴史の書き換え
http://wwwsoc.nii.ac.jp/gsle/81kumagai/kuma10rekisinokakikae.html



果たして、立正佼成会の本尊観と創価学会の本尊観・・とを比べた場合
どこが違い、どちらが悪質だったか?
1994年の振る舞いの正当性を含めて、きちんとした証明が出来ますか?
形の説明だけでは納得が出来ませんよね~ 
何故なら、同じ形の御本尊が昨日まではお友達だった大石寺にもあるわけですから・・・
水掛け論で終るのがヲチです。

下手したら、戸田先生にすら唾を履きかねない悪質な行為にもなり
とんでもない詐偽にもなってしまう。

その結果がコレなんですよ
下矢印 下矢印 下矢印
http://shunpo.ld.infoseek.co.jp/kaidan.htm

いくら、脱会者の戯言、脱会者の自己責任だけで片付けようとしても
その脱会の理由だって、元を辿れば、彼等の手抜きによる折伏や
打算による折伏、強引な折伏が招いた結果が、この結果なのですが
折伏した本人の無責任性は、何処まで、正当化できるのでしょうか?

因みに撰時抄の冒頭の御文は、コノ場合関係ありません。
もし、その文証で自己正当化するものならば
日興遺誡の「自余交じえて御書」と言う文証を開いて言い返します
言い訳にも程があり、保身ばかりの無責任な折伏を行っていた
・・と自白しているようなものです。

因みに、オイラが表現している「強引な折伏」・・・と言うのは
己のエゴによる、成果目的の丸め込みや、声闘にも等しい「言葉の暴力」による折伏で
いわば無責任な折伏を指して、ソレを申し上げているのであって
特に「接受」を奨めているつもりは御座いません。

仮に、接受を主体にして勧誘し、本尊流布を果たしたとしても
己のエゴによる、成果目的なので自己本位なので、
ごく稀なケースを除き、そんな人間ほど不信を抱く人が多くなったり
悪用する人間が多くなっていくので、結果的には同じなんです。


カァ~ン・カンカンカンカンカンカン☆\(・∀・)
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Last updated  2010年07月09日 10時45分42秒
2010年06月23日
カテゴリ:Archives


☆ 四条金吾殿御返事

総じて餓鬼にをいて三十六種類・相わかれて候
其の中にかく身餓鬼と申すは目と口となき餓鬼にて候
是は何なる修因ぞと申すに此の世にて夜討・強盗などをなして候によりて候

食吐餓鬼と申すは人の口よりはき出す物を食し候
是も修因上の如し又人の食をうばふに依り候

食水餓鬼と云うは父母孝養のために手向る水などを呑む餓鬼なり

有財餓鬼と申すは馬のひづめの水をのむがきなり
是は今生にて財ををしみ食をかくす故なり

無財がきと申すは
生れてより以来 飲食の名をも・きかざる がきなり

食法がきと申すは出家となりて仏法を弘むる人
我は法を説けば人尊敬するなんど思ひて名聞名利の心を以て
人にすぐれんと思うて今生をわたり衆生をたすけず
父母をすくふべき心もなき人を食法がきとて法をくらふがきと申すなり

当世の僧を見るに人に・かくして我一人ばかり供養をうくる人もあり
是は狗犬の僧と涅槃経に見えたり
是は未来には牛頭と云う鬼となるべし
又人にしらせて供養をうくるとも欲心に住して人に施す事なき人もあり
是は未来には馬頭と云う鬼となり候

在家の人人我が父母・地獄・餓鬼・畜生におちて
苦患
をうくるをばとぶらはずして
ドレス我は衣服食事飲食賞金あきみち
ハンバーガー牛馬眷属・充満して指輪我が心に任せて・たのしむ人カクテルをば
いかに父母のうらやましく恨み給うらん

の中にも父母師匠の命日をとぶらふ人は・まれなり
定めて天の日月・地の地神いかり・いきどをり給いて
不孝の者とおもはせ給うらん形
人にして畜生のごとし人頭鹿とも申すべきなり


(堀日亨編纂:新編御書 P.1111~1112)
http://www.sokanet.jp/sg/sn/gosho_text.html?key1=1111&ref=null
http://www.sokanet.jp/sg/sn/gosho_text.html?key1=1112&ref=null



さて、上記二つの御金言を読み
これは「創価の森の菊川広幸氏」ばかり、申し上げているのではなく
創価・公明を含めた閲覧者でもある(勿論、筆者含めて)
あなた自身に問いかけている事だ!
・・・と、思った、賢いあなたは、ココをクリック!
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カァ~ン・カンカンカンカンカンカン☆\(・∀・)
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Last updated  2010年06月24日 01時00分23秒
2010年05月26日
カテゴリ:Archives
Q:「信心しているもの同士が、共同事業をしてはいけない」・・・と言われましたが
  「広宣流布の時」になると、同士ばかりになってしまう。
  その時には商売は、みな、共同事業になりはしないでしょうか?

eco◆Smw69BiSBOより
 確かに下手したら「精神離間の温床」にもなるし、何も仕事が出来なくなる
 皮肉にも「生命の否定」にも繋がってしまう。



A(戸田先生):
そういう理屈は別にして、この「共同事業」と言うのは
初代、牧口先生の時代から、よく私に言われました。

損をしたときに、その損を擦り付け合い
もうかった時には、余分にとりたがる
「かならず!畜生根性が顕れる。と、よく話しておられました。

ですから、「共同事業をやって儲かる」と、自分の利益にも したくなるし
損すれば、「ムカッあいつが悪いのだから!」・・と、責任を押付けようとするわけです。

そして、必ず!仲間が壊れます。

まぁ・・・「会社」のような形に変わった共同事業は別にしましても
今まで、個人の共同事業・・と言うものは右矢印必ず「お互い擦りあう。」
これが(客観視すれば)右矢印実に「みっともない」のです。

結局、「その人の幸福」にも繋がらないから
共同事業などは考えずに「自分の力を出してやるように」・・・と教えておいたのです。
だが「共同事業」をやっても「そんな事がない」・・となったら、やってもいいんです。


ただ、「やってもいい」・・と言ってしまうと
(「成功例」なども含む)
      下矢印
「俺も、私も」・・と、共同事業をやりだす人が増えて、収集がつかなくなってしまい
比例して「碌な結果」に繋がりかねない

      下矢印
弱い人は皆黙っていて、騙された人は「後でブーブー
      下矢印
ですから「共同事業はやるな!」・・・と、こういったです。
これは「一往の建前」です。


再往は、「きらきら美しい心のある人間」が
本当にそんな事をしない」・・・と言う友達が存在し
イザ!やる!!・・・と言うのなら、やってもいいのです。 

成功して御覧なさい!!

但し、原理は・・・
    下矢印
損をすれば(或いは不測の事態に陥れば)泥仕合になる。
得をすれば、「慳貪」や「奪い合い」にもなる。
    下矢印
・・・と言う人間根性のある」中右矢印「まず、やらない方が無難だろう」・・と
上矢印こう教えたのです。

「やるな!!」などと言う法律は、こしらえていません。
創価学会には、そんな法律などありません。


(戸田城聖全集第二巻(質問会編)P.243~244)


eco◆Smw69BiSBOより

但し「会社」のような形に変わった「共同事業」にしても
  「一国」のような形に変わった「共同事業」にしても
  「宗教」のような形に変わった「共同事業」にしても
この理屈が通ってしまっているので、非常にみっともない
これは「創価学会」とて同じで
考えてみたら「組織」というのも、実は「共同事業の一種」だったりもする。

従って「不測の事態」に陥った場合・・・・・
「保身」と「勝汰の念」の作動によって
「責任の擦り付け合い」による「自己弁護」が始まり
餓鬼・畜生の他、修羅界にまで陥いって、最後は炎地獄

また、「事業などが、成功した場合」でも「権威性の魔性」が働き
ヒエラルキーが作動して「慳貪」が働いた末
己のみならず、他者にも右矢印餓鬼・畜生・修羅・・・と「六道輪廻」@@@@が・・・・・

これ等を「客観視」してしまえば、実に醜くもなるし
其の末、引いては、組織破壊仏種断絶に繋がる事もあり、大集経の教典どおりにも・・・


その事を鑑みた上で、「創価のブロガー達」は、信心をブログで表現しているのでしょうか?
また表現をする際、下記の事を承知の上で、或いは
実感している上でブログに掲載しているのでしょうか?

これは菊川氏に限らず、創価系の皆様に伺いたいものです。


【参考資料】

肖像権http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%82%96%E5%83%8F%E6%A8%A9
domesticationhttp://dictionary.infoseek.co.jp/?ii=3&lp=0&sm=1&sc=1&gr=ml&qt=domestic&sv=EJ&se=on

[domestication・解説]
例えば、菊川広幸氏のコレ⇒http://sokanomori.exblog.jp/i15
コレ⇒http://sokanomori.exblog.jp/13940093/などは
許諾を得ている」とはいえ「domesticationによる結果」とも考えられるので
それだけでは、説明責任が果たされていないし。
先の、戸田先生が指導していた「共同事業」と同じ問題が孕んでしまう。



従って、戸田先生の御指導を鑑み
ムカッ盗み撮り」にも等しい「母親のナンミョー」
平然とブログに掲載している勇気
があるんだったら
己の茸を しごきながら
「やったぞ!題目300万ww*w\(^▽^@)/♪♪♪ ~∞**w」
・・のアレ!!
・・をムカッブログに載せろよ!!
・・・と
そんな、勘の良い 突っ込みをキメタ。あなたは、ココをクリックどきどきハートブログランキング・にほんブログ村へ
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Last updated  2010年05月26日 17時36分46秒
2009年04月02日
カテゴリ:Archives
(1)【発生と歴史】
キリスト教は「ユダヤ教」から出たものであるが
現状は「カトリック(旧教)」と「プロテスタント(新教)」が大きく対立している。

「新教徒」は16世紀初め頃、腐敗堕落した、教会の粛正を唱えた
Martin Luther」の宗教改革で破門された一派であるが
その「新旧教会内」も、またバラバラ
事実上 「40近い派閥」が争っている。・・ともいわれている。

しかし、結局・・・ こうして「キリスト教」が「神」とか「愛」とか「善」とか「罪」とか言って・・・
ちょうど、「何者かの幻影」を追うかのように「悪戯に求め続けていた神」は
実は、それこそ「南無妙法蓮華経」「御本尊ソレ自体」であり
日蓮正宗の説く「生命」に他ならない!!

日蓮大聖人が「時計700年前」に上矢印コレを「濁世の世に残された」にも関わらず
その根本を知らず ますます、「実生活」とは、かけ離れた「観念の邪義」を構え
「法の無力」Coverするために
盛んに「社会事業」を行って、民衆を迷わしている。 ・・のが
現在の「キリスト教」である。


(「折伏教典」改訂26版:P.191)



eco◆Smw69BiSBO の独り言(1)

創価学会は「日蓮正宗系」から出たものであるが
現状は「日蓮正宗」を含め 幾つもの派閥に分かれて 大きく対立し
また 創価自身も
目に見えない部分で 派閥が出来て 大きく対立しあっている。
のが現実で
その辺は『キリスト教』と何ら変りがなくなってしまった。

また日蓮大聖人が「時計700年前」に上矢印コレを「濁世の世に残された」にも関わらず 
『創価学会自身』も解釈や比喩が悪く 
きらきら師弟きらきら「慈悲、慈愛赤ハート「正義」等を 連呼するあまり
いつの間にか 会員全体が 「何者かの幻影」を追うかのように
「実生活」とは、かけ離れた「観念の邪義」 を構えてしまい
その上 性質の悪い事に 「仏罰の判例」をかなり煽った為
「悪戯に求め続けているものの本体」が 何時の間にか
「南無妙法蓮華経」の「御本尊ソレ自体」とは なったもの  
御本尊自身が裁判官=『権威ある存在』と考える人が多くなってしまい その結果 
宗内や会内でも 支配=奴隷の構図が出来てしまい
「濁世の世』を更に汚してしまった。

そこで「責任回避」なのか?「自分たちの無能ぶり」を「暈す」ためなのか?
今度は 盛んに病院社会事業」賞金勲章ときらきら権威」を見せつけてソレを強調し
結局 民衆を迷わして ゴマカシテいる。のが・・

現在の「池田創価学会」じゃないのか?

eco◆Smw69BiSBO の独り言(2)

>>日蓮大聖人が「時計700年前」にコレを「濁世の世に残された」にも関わらず・・・

日蓮系の人達は、700年前に「優れていた教え」を説いて置きながら
開祖755年もの間、何をやってきたんでしょうか?

因みに明治時代以降では増谷文雄と言う方が「法華経以外の仏教」世界に広めて
世界中の人が「下矢印ソレ」を支持した実績がありますが・・・
http://item.rakuten.co.jp/book/1654083/

実は、このお陰で「SGIは苦慮している」話も、創価板では告発されていましたよね
幾ら「世界192カ国」に広めても、それは形だけで、中身が供なわっておらず
従って、それ以上の効果がない為「支持されていない」どころか
欧州南米の一部では「Cult指定」を喰らって!要注意にもなっているのに
会員には「こうした現実」を 今まで、あまり伝えていなかった。

http://www.culthelp.info/index.php?option=com_content&task=view&id=854&Itemid=11
http://nvc.halsnet.com/jhattori/rakusen/AntiSouka/VideoTrans.htm
http://storm.prohosting.com/pass2/mental/atugi.htm
http://dakkai.org/taiwan.html
http://specialnotes.blog77.fc2.com/blog-entry-408.html

こんな現状は「SGI」の体験談を聞かない限り解らない。
(タイでは信仰は続けていたものの、一時期、活動が止まった事なんか知らないでしょうね)

因みに、台湾でも日蓮正宗の法主が批判されていましたが
その目的だって「創価学会つぶし」が本命
その過程で「法主の話」が出てきただけなのに、
創価は、自身が招く結果ともなった 日中国交正常化による代償の部分を無視し
「観点の偏り」
「半真実」による 情報操作を平然と行い
会員達の目を欺かせて ゴマカシ続けていたわけです。

因みに「台湾SGI」は「中華人民共和国との絡み」などもあって
1990年頃までは「宗教法人」として登録が出来ず
創価学会の信仰を禁止していました。
そのためSGIでは「社会奉仕」で対抗したのですが
それが返って偽善事業ゴマカシながら、台湾の中国化を勧めている。」
・・・と勘ぐられてしまう結果にもなったわけです
そんな事も含めて「台湾のマスコミ」では報じられているわけです。

【参考資料】
  • 台湾問題

  • 羽田空港

  • 反日つながり池田大作と王毅

  • ところで「言論妨害事件」が起きた際、香港では出入り禁止を喰らった事が
    「新人間革命」でも書かれいるのに、偏った報道しか出来ないのでしょうか?

    eco◆Smw69BiSBO の独り言(3)
    >>「濁世の世に残された」にも関わらず・・・

    濁世も奥深く考察すると、「濁世」の判断基準が、結局・・・
    「その時代の環境」「その前の時代等の環境」・・・とを 比べた結果であって
    本来は「相対的な話し」にしかならないのですが
    しかし 創価学会の場合でも、単純に ONとOFFの二元で決め付ける傾向が強く
    問答無用にも 事象に対する『根拠』や『検証』を ろくに行わず
    かつ 肝心の「修復」が置き去りにされたまま 
    “教条的に「絶対視」させる方向へと持っていく傾向”
    があり 
    結果的には ダブルスタンダードや二重人格にも陥りやすく
    それ故に悪魔の証明虚無主義更にモラルパニックにも陥ってしまい
    てんびん座天秤に掛けても
    「キリストやイスラム原理主義と大して変わらない宗派」にも陥ってしまった。

    一体誰を拝んでいるんですか?



    カンカンカン☆\(・∀・) 
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    Last updated  2012年10月04日 22時45分12秒
    2009年01月24日
    カテゴリ:Archives
    :弘安2年10月12日の御本尊について教えてください。


    戸田:弘安2年の御本尊は本門戒壇の大御本尊 ・・と申し上げ
       大聖人がいなずま出世の御本懐として
       弘安二年十月十二日にきらきら御図顕になられたのであります。
       聖人御難事
       「建長五年より 余は二十七年にして出世の本懐を遂げる。
       ・・・と仰せあそばされています。

       日寛上人は、大御本尊様について・・・
       就中【なかんずく】弘安二年の本門戒壇の御本尊は
        究竟中の究竟本懐の中の本懐也。
        既にこれ三大秘法の随一なり。況や一閻浮提総体の本尊なる故也。
       ・・・と言われています。

       (「富士要学全集4巻[疏釈部(1)]」観心本尊抄文段(上)P.221)
       ※ 但し漢文の上、カタカナ
       
       さらに、日寛上人は、大御本尊の功徳について
       これ即ち諸仏諸経能生の根源にして、諸仏諸経帰趣せらるる処也。
        故に十万三世恒沙の諸仏の功徳 十方三世微塵の経々の功徳
        皆 咸くこの文底下種本尊帰せざるなし。

        譬えば百千枝葉同じく一根に趣くが如し。
        故に この本尊の功徳無量無辺にして広大深遠の妙用あり。
        故に 暫くも この本尊を信じて南無妙法蓮華経と唱うれば 則ち
        祈りとして叶わざるなく、として滅せざるなく、
        として来らざるなく、として顕れざるなき也。
        妙楽の所謂「正境に縁すれば功徳猶多し」とはこれなり。
        これ則ち蓮祖出世の本懐
        本門三大秘法の随一、末法下種の正体行人所修の明鏡なり。
        故に宗祖云く「此の書は日蓮が身に当る一期の大事なり」等云云
       ・・・と仰せであります。

       (「富士要学全集4巻[疏釈部(1)]」観心本尊抄文段(上)P.213)
       ※ 但し漢文の上、カタカナ
    【参考Link】観心本尊抄文段(日寛)http://www.mitene.or.jp/~hokkekou/honnzonnsyoumonndann.html

      このように素晴らしいきらきら大御本尊が、700年の昔から旗日本に厳存
      今日では富士山奉安堂に御安置されているのです。

      これに対しては、なにものも 絶対!疑っては相なりません。

      今、安永弁哲「偽作論」の中で・・・
      「第九代の日有上人さま板曼荼羅を偽作した!!」・・・と言っている
      これが他宗の間違った議論なのです。!!

      http://www.houonsha.co.jp/jiyu/18/680.html
      http://jagihashaku.main.jp/saido/01.htm
      http://jbbs.livedoor.jp/bbs/read.cgi/study/4943/1187883051/76
      http://www.geocities.co.jp/CollegeLife-Library/6963/itamandarasingi.html
      上矢印コレにみな迷う。
      総本山明らかにすれば良いのに秘密主義なのです。

      それは三大秘法禀承事に書いてある時計時を待つ可きのみ
      ・・・と言う御命令を、そのまま受けていらっしゃるから正直なのです。
      総本山ぐらい正直な所無いのです。

      怒ってる日有上人が御本尊を偽作した!
      ・・・と言うのは、身延の連中の言う事なのですが
      そう言われると・・・ そういう事もあるかな? ・・・と思うでしょう。

      私は総本山に来て日有上人御本尊拝した事があります。ちょき
      上矢印これは、現在でも御宝蔵に!きちんとしまってあるのです!!

      身延派は・・・ (ーoー)
      ムカッその御本尊と間違えているのです!!

      また、おかしいのは柴宸殿の御本尊様の事言っているのでもない。
      これは年号が違うのです。!!

      また、どの御本尊様とも言えない。まったくの嘘です!!
      弘安2年の御本尊様は、きらきら弘安2年の御本尊様です!!

      これは・・・
      拝んでみれば功徳があるのでひらめき解るではないですか?
      あのきらきら御本尊様他の人が作れますか?

      かちんこラジオやテレビテレビを作るようなもの
      いくらやっても 映らないようなものです。!!
      台風洗濯機にしても作ったのでは動かないのです。
      ムカッそのようなものです。!!

      ムカッ大御本尊様拝んでいれば
      そんな事は解るではないですか?

      怒ってる弘安ニ年の御本尊様
      ムカッ日有上人が作ったものではありません!!
      日有上人のはムカッ別にあるのです!!


    「戸田城聖全集(第二巻)質問会編」:P.13~15






    Last updated  2009年01月25日 00時41分31秒
    カテゴリ:Archives


    【参考文献】


    三大秘法禀承事

    問て云く
    寿量品専ら末法悪世に限る経文顕然なる上は
    私に難勢を加う可らず然りと雖も三大秘法其の体如何

    答て云く
    予が己心の大事之に如かず汝が志無二なれば少し之を云わん
    寿量品に建立する所の本尊は五百塵点の当初より以来
    此土有縁深厚本有無作三身の教主釈尊是れなり
    寿量品に云く
    「如来秘密神通之力」等云云、
    疏の九に云く
    「一身即三身なるを名けて秘と為し三身即一身なるを名けて密と為す
    又昔より説かざる所を名けて秘と為し
    唯仏のみ自ら知るを名けて密と為す
    仏三世に於て等しく三身有り諸教の中に於て之を秘して伝えず」等云云

    題目とは二の意有り所謂正像と末法となり
    正法には天親菩薩・竜樹菩薩・題目を唱えさせ給いしかども
    自行ばかりにしてさて止ぬ
    像法には南岳天台等亦南無妙法蓮華経と唱え給いて
    自行の為にして広く他の為に説かず是れ理行の題目なり
    末法に入て今日蓮が唱る所の題目は
    前代に異り自行化他に亘りて南無妙法蓮華経なり
    名体宗用教の五重玄の五字なり

    戒壇とは王法仏法に冥じ仏法王法に合して
    王臣一同に本門の三秘密の法を持ちて
    有徳王・覚徳比丘の其の乃往を末法濁悪の未来に移さん
    時勅宣並に御教書を申し下して霊山浄土に似たらん最勝の地を尋ねて
    戒壇を建立す可き者か時を待つ可きのみ事の戒法と申すは是なり

    三国並に一閻浮提の人・懺悔滅罪の戒法のみならず
    大梵天王・帝釈等も来下してフミ給うべき戒壇なり、
    此の戒法立ちて後・延暦寺の戒壇は迹門の理戒なれば
    益あるまじき処に、叡山に座主始まつて
    第三・第四の慈覚・智証・存の外に
    本師伝教・義真に背きて理同事勝の狂言を本として
    我が山の戒法をあなづり戯論とわらいし故に、
    存の外に延暦寺の戒・清浄無染の中道の妙戒なりしが徒に
    土泥となりぬる事云うても余りあり歎きても何かはせん

    彼の摩黎山の瓦礫の土となり栴檀林の荊棘となるにも過ぎたるなるべし
    夫れ一代聖教の邪正偏円を弁えたらん学者の人をして
    今の延暦寺の戒壇をふましむべきや

    此の法門は義理を案じて義をつまびらかにせよ
    此の三大秘法は二千余年の当初・地涌千界の上首として
    日蓮慥かに教主大覚世尊より口決相承せしなり
    今日蓮が所行は霊鷲山の禀承に
    芥爾計りの相違なき色も替らぬ寿量品の事の三大事なり。

    (堀日亨編纂 新偏御書:P.1022~1023)
    http://www.sokanet.jp/sg/sn/gosho_text.html?key1=1022&ref=null
    http://www.sokanet.jp/sg/sn/gosho_text.html?key1=1023&ref=null



    聖人御難事

    去ぬる建長五年太歳癸丑四月二十八日に安房の国長狭郡の内東条の郷・今は郡なり
    天照太神の御くりや右大将家の立て始め給いし日本第二のみくりや今は日本第一なり
    此の郡の内清澄寺と申す寺の諸仏坊の持仏堂の南面にして
    午の時に此の法門申しはじめて今に二十七年・弘安二年太歳己卯なり

    仏は四十余年・天台大師は三十余年・伝教大師は二十余年に出世の本懐を遂げ給う
    其中の大難申す計りなし先先に申すがごとし
    余は二十七年なり其の間の大難は各各かつしろしめせり。

    法華経に云く「而も此の経は如来の現在にすら猶怨嫉多し、況や滅度の後をや」云云
    釈迦如来の大難はかずをしらず
    其の中に馬の麦をもつて九十日・小指の出仏身血・大石の頂にかかりし
    善生比丘等の八人が身は仏の御弟子・心は外道にともないて
    昼夜十二時に仏の短をねらいし、無量の釈子の波瑠璃王に殺されし
    無量の弟子等が悪象にふまれし・阿闍世王の大難をなせし等
    此等は如来現在の小難なり
    況滅度後の大難は竜樹・天親・天台・伝教い まだ値い給はず
    法華経の行者ならずと・いわば・いかでか行者にて・をはせざるべき
    又行者といはんとすれば仏のごとく身より血をあやされず
    何に況や仏に過ぎたる大難なし経文むなしきがごとし
    仏説すでに大虚妄となりぬ。

    而るに日蓮二十七年が間・弘長元年辛酉五月十二日には伊豆の国へ流罪
    文永元年甲子十一月十一日頭にきずをかほり左の手を打ちをらる
    同文永八年辛未九月十二日佐渡の国へ配流又頭の座に望む
    其の外に弟子を殺され切られ追出・くわれう等かずをしらず
    仏の大難には及ぶか勝れたるか其は知らず
    竜樹・天親・天台・伝教は余に肩を並べがたし

    日蓮末法に出でずば仏は大妄語の人・多宝・十方の諸仏は大虚妄の証明なり
    仏滅後二千二百三十余年が間・一閻浮提の内に仏の御言を助けたる人・但日蓮一人なり

    (堀日亨編纂 新偏御書:P.1189~1190)
    http://www.sokanet.jp/sg/sn/gosho_text.html?key1=1189&ref=null
    http://www.sokanet.jp/sg/sn/gosho_text.html?key1=1190&ref=null


    【参考文献】


    観心本尊抄文段(日寛)

    問う、弘安の御本尊応御本懐を究尽するや。

    答う、実に所問の如し。乃ちこれ終窮究竟の極説なり。
       当に知るべし、智者大師は隋の開皇十四年、御年五十七歳
       四月二十六日より止観を始め、一夏にこれを説いて四年後
       同十七年、御年六十歳の十一月に御入滅なり。
       吾が大聖人は文永十年四月二十五日に当抄を終り
       弘安二年、御年五十八歳の十月十二日に戒壇の本尊を顕して
       四年後の弘安五年、御年六十一歳十月の御入滅なり。

    これに三事の不可思議あり。

    一には
    天台大姉は五十七歳にして止観を説き
    蓮祖大聖は五十八歳にして戒壇の本尊を顕す。
    また天台は六十歳御入滅、蓮祖は六十一歳御入滅なり。
    これ則ち像末の教主の序、豈不思議に非ずや。

    二には
    天台は四月二十六日に止観を始め、蓮祖は四月二十五日に当抄を終る。
    天台は十一月御入滅なり。蓮祖は十月御入滅なり。
    蓮祖は後に生れたまうと雖も、下種の教主なり。故に義、前に在り。
    この故に蓮祖は二十五日応当抄を終り、十月の入滅なり。
    天台は前に生れたまうと雖も、熟益の教主なり。故に義、後に在り。
    この故に二十六日に止観を始め、十一月の入滅なり。
    種熟の序、豈不思議に非ずや。

    三には
    天台・蓮祖は同じく入滅四年已前に終窮竟の極説を顕す。
    寧ろ不思議に非ずや。

    問う、本尊問答抄の啓蒙に云く
       「諸山代代の本尊に多く仏滅後二千二百三十余年と云う。
        是れ元祖の本意顕れ畢る時を定規とする故なり」と云云。
       これ則ち弘安五年御入滅の年、正しく二千二百三十余年に当る故なり。
       若し爾らば弘安四年已前は宗祖の本懐末だ顕れ畢らざるや。

    答う、今処々の明文に拠るに
       正しく弘安元年已後を以て仏滅後二千二百三十余年というなり。
       故に弘安元年七月の千日尼抄二十五に云く
       「仏滅度後すでに二千二百三十余年になり候」と云云。
       また弘安元年九月の本尊問答抄に云く
       「仏滅後二千二百三十余年」(取意)と云云。
       また第十六四条金吾抄、また第十七大陣破抄、
       また第二十二初心成仏抄等云云。
       また蒙抄応云く
       「京の本国寺弘安元年七月の御本尊に二千二百三十余年」と云云。
       また上総日弁授与の弘安二年四月の御本尊に
       「二千二百三十余年」と云云。故に知んぬ、
       弘安元年已後、御本意即ち顕れ畢ることを。

    問う、弘安元年は正しく仏滅後二千二百二十七年に当る。
       蓮祖何ぞ三十余年というや。

    答う、恐らくは深意あらんか。宗祖云く
       「今此の御本尊は(乃至)寿量品に説き顕し」等云云。
       然るに寿量品御説法の年より弘安元年に至るまで、
       正しく二千二百三十一年に当るなり。
       謂く、如来七十二歳より八箇年の間に二十八品を説く。故に知んぬ、
       一年に三品半を説きたまうことを。
       故に七十六の御歳、正しく寿量品を説くなり。
       而して七十七の御歳、神力品を説いて本化に付嘱して、
       四年後の八十歳の御入滅なり。
       如来の御年八十歳、
       御入滅の年より弘安元年に至るまで二千二百二十七年なり。
       これに七十六、七、八、九の四年を加うる
       則は二千二百三十一年と成るなり。
       故に寿量説法の年よりこれを数えて弘安元年に至るまで、
       二千二百三十余年というか。
       故に本尊問答抄に云く
       「此の御本尊は世尊説きおかせ給いて後二千二百三十余年」と云云。
       この文深くこれを思うべし。

    若し余文の中は多分に従う。故に仏滅後というなり。
    若し本尊問答抄に「説きおかせ給いて後」といい、
    新池抄には「寿量品に説き顕し」という、これを思い合すべし。
    故に弘安元年已後、究竟の極説なり。

    就中弘安二年の本門戒壇の御本尊は、究竟中の究竟、本懐の中の本懐なり。
    既にこれ三大秘法の随一なり。況や一閻浮提総体の本尊なる故なり。

    http://www.mitene.or.jp/~hokkekou/honnzonnsyoumonndann.html






    Last updated  2009年01月25日 00時39分18秒

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