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全3件 (3件中 1-3件目)

1

☆哀愁でぇーと

2010年10月19日
XML
カテゴリ:☆哀愁でぇーと
93 :JunkDark:2010/04/10(土) 15:31:37

ecoちゃん語録は無茶苦茶だよ。
ワカラン用語ばっかりだもの。
あれは邪義に近いよ。

「文殊師利菩薩の母親は、確か十羅刹女」とか書いて
いい加減な解釈してるよ。
“彼には、きっちり言わないと駄目だと思うな。”

 私には暖かく見守るなんて、まだ出来ないな。
 生暖かく見守るぐらいが精一杯だ。(笑)


http://jbbs.livedoor.jp/bbs/read.cgi/study/9724/1265950712/93-94より



「壁に耳あり障子に目あり」オイラが、楠板を、まったく見て居ない事を良い事
ああいう陰口を平然と叩いていたんだな、コイツ

どうやら、[No.269]の、菊川氏のいい加減な説法に対する反論記事を指して
あんな事を楠板に書いていた様子なのですが
単に、愚痴をこぼしていただけ・・・の話しですよね

しかも、結局、下記の記事に対する反論は
        “ た っ た そ れ だ け ? ? ”(笑)
       下矢印 下矢印 下矢印
(1)http://plaza.rakuten.co.jp/namassaddharma/diary/201004070000/
(2)http://plaza.rakuten.co.jp/namassaddharma/diary/201004090000/

この方は、以前から、人を見下す態度ばかりとって気取っていたり していたのですが
言い返されると言葉遊びをしたり、はぐらかしたり
影で、こっそりと陰口を叩いてオナったり・・と、
相変らず、卑怯な奴。

・・・で、何処がいい加減な解釈だ・・・とJunk氏が思ったのか
私にはサッパリ解りませんので、きっちり答えてもらいましょうか?

//////////////////////////////////////////////////

(1)文殊師利菩薩の母親は誰ですか? 根拠も含めて詳しく

(2)文殊師利の本地は御義口伝の「陀羅尼」の項目で、如何、とかれていましたか?

(3)また女人の本地は誰でしたか?
(大楠板では女性と表記しましたが厳密には女人です。)

(4)曼荼羅の配列で何故「文殊師利」菩薩が鬼子母神と同様 右側で羅刹が左??
  その配列の関係を述べられますか?
 (但し、コノ場合文殊師離が母親で羅刹の子供・・・という見解も出来ますが)

(5)もう一つ楠板では書きませんでしたが
 「開目抄」に説かれていた「貧如の一灯」の話しと
 竜女の特質を含めて 「鬼子母神」の性格が不一致だ!・・という根拠。


-御義口伝-


第三鬼子母神の事
御義口伝に云く鬼とは父なり子とは十羅刹女なり母とは伽利帝母なり
逆次に次第する時は神とは九識なり母とは八識へ出づる無明なり
子とは七識六識なり鬼とは五識なり
流転門の時は悪鬼なり還滅門の時は善鬼なり
仍つて十界互具百界千如の一念三千を鬼子母神十羅刹女と云うなり
三宝荒神とは十羅刹女の事なり所謂飢渇神・貪欲神・障碍神なり
今法華経の行者は三毒即三徳と転ずる故に三宝荒神に非ざるなり
荒神とは法華不信の人なり法華経の行者の前にては守護神なり云云。

第四受持法華名者福不可量の事
御義口伝に云く法華の名と云うは題目なり
者と云うは日本国の一切衆生の中には法華経の行者なり
又云く者の字は男女の中には別して女人を讃めたり女人を指して者と云うなり
十羅刹女は別して“女人を本”とせり

第五皐諦女の事
御義口伝に云く皐諦女は本地は文殊菩薩なり
山海何かなる処にても法華経の行者を守護す可しと云う経文なり
九悪一善とて皐諦女をば一善と定めたり
十悪の煩悩の時は偸盗に皐諦女は当れり逆次に次第するなり云云。

(堀日亨編纂:新編御書P.778)
http://www.sokanet.jp/sg/sn/gosho_text.html?key1=778&ref=null



カンカンカンカンカンカンカン☆\(・∀・)
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Last updated  2010年10月19日 21時12分15秒
2010年04月09日
カテゴリ:☆哀愁でぇーと
ところで、Junk氏も『例の記事』では、コメントなされておりましたが
あんなコメントでは、ただの「棒読み」で
あれでは、文底の読み方も、まるで出来ていなかった様子ですね

では経文の中でも説かれていた「変成男子」と言うのは
「何を指して説いた比喩の意味なのか?」その事について講義ができますか?

しかも、本来、悟っていた筈の菊川君が
ソレよりも境涯の低い、ごろつきのJunk君に感謝してしまう
「本末転倒の珍事?」まで晒しちゃって、大爆笑!!

因みに『即身成仏』については「三世諸仏総勘文教相廃立」や「当体義抄」に
定義や解析などが、詳しく、記されていて
それ等を読むと、意外なのですが、土肥六実さんが、御しゃっていた事も
あながち間違ってはいなかったりもしたのですが
其処には気付かなかったのでしょうか?
(但し、南無妙法蓮華経の条件は つく)


三世諸仏総勘文教相廃立

五行とは地水火風空なり
五大種とも五薀とも五戒とも五常とも五方とも五智とも五時とも云う
只一物・経経の異説なり内典・外典・名目の異名なり
今経に之を開して一切衆生の心中の五仏性・五智の如来の種子と説けり
是則ち妙法蓮華経の五字なり、此の五字を以て人身の体を造るなり
本有常住なり本覚の如来なり是を十如是と云う此を唯仏与仏・乃能究尽と云う
不退の菩薩と極果の二乗と少分も知らざる法門なり然るを
円頓の凡夫は初心より之を知る故に即身成仏するなり金剛不壊の体なり


(堀日亨編纂:新偏御書 P.568)
http://www.sokanet.jp/sg/sn/gosho_text.html?key1=568&ref=null

当体義抄

若し三周の声聞に約して之を論ぜば
方便の一品は皆是当体蓮華を説けるなり

譬喩品・化城喩品には譬喩蓮華を説きしなり
方便品にも譬喩蓮華無きに非ず余品にも当体蓮華無きに非ざるなり

問う若し爾らば正く当体蓮華を説きし文は何れぞや
答う方便品の諸法実相の文是なり

-中略ー
此の釈分明なり当世の学者此の釈を秘して名を顕さず
然るに此の文の名を妙法蓮華と曰う義なり
又現証は宝塔品の三身是れ現証なり、或は涌出の菩薩・竜女の即身成仏是なり
地涌の菩薩を現証と為す事は経文に如蓮華在水と云う故なり


(堀日亨編纂:新偏御書 P.514)
http://www.sokanet.jp/sg/sn/gosho_text.html?key1=514&ref=null


ところで、菊川さんは、土肥六実さんに対し
或いは『閲覧者』の視点で判り易いように『諸法実相』の比喩を説きましたか?
相手が理解がしなかったら「折伏」とは言えないんですよ
また、強制的な本尊流布を行ったり相手を丸め込んで追い込んだりしても
自分に覚悟が無かったら、それは折伏とは言えず
更に、恐ろしい事に、実は御本尊を御不敬にしているのと同じ事をしていたわけです。
戸田城聖全集の第二巻P.145を読んで、思い当たるフシがあるか?如何か?
確認してみては如何でしょうか?

だから、brakefastの記事でも、ただの営業と揶揄したのですが
ご理解なされなかった御様子で・・・


なるほど(・∀・)イイ!!
「五座三座の勤行」をやっていないから おかしくなるんですよねw(爆)
あれは、あくまでも池田先生の御指導でしたよね、でも実は違っていた・・・とか(笑)
詳しくは、あなたのお友達のJunk君に聞いてください


唱法華題目抄

答えて云くさせる文義を弁えたる身にはあらざれども
法華経・涅槃経・並に天台妙楽の釈の心をもて推し量るにかりそめにも
法華経を信じて聊も謗を生ぜざらん人は余の悪にひかれて悪道に堕つべしとはおぼえず
但し悪知識と申してわづかに権教を知れる人智者の由をして
法華経を我等が機に叶い難き由を和げ申さんを誠と思いて
法華経を随喜せし心を打ち捨て余教へうつりはてて
一生さて法華経へ帰り入らざらん人は悪道に堕つべき事も有りなん

(堀日亨編纂:新偏御書 P.1)
http://www.sokanet.jp/sg/sn/gosho_text.html?key1=1&ref=null


十如是事

始の三如是を本とし終の七如是を末として十の如是にてあるは
我が身の中の三諦にてあるなり 此の三諦を三身如来とも云へば
我が心身より外には善悪に付けてかみすぢ計りの法もなき物を
されば我が身が頓て三身即一の本覚の如来にてはありける事なり
是をよそに思うを衆生とも迷いとも凡夫とも云うなり
是を我が身の上と知りぬるを如来とも覚とも聖人とも智者とも云うなり
かう解り明かに観ずれば此の身頓て
今生の中に本覚の如来を顕はして即身成仏とはいはるるなり
譬えば春夏・田を作りうへつれば秋冬は蔵に収めて心のままに用うるが如し
春より秋をまつ程は久しき様なれども一年の内に待ち得るが如く
此の覚に入つて仏を顕はす程は久しき様なれども
一生の内に顕はして我が身が三身即一の仏となりぬるなり。


(堀日亨編纂:新偏御書 P.410~411)
http://www.sokanet.jp/sg/sn/gosho_text.html?key1=410&ref=null
http://www.sokanet.jp/sg/sn/gosho_text.html?key1=411&ref=null



ところで菊川君など、創価系のブロガーの殆どは
『あべひ』さんに対して「創価警察」などと揶揄しておりましたが
あなた達も揶揄するだけの資格が、果たしてあるのでしょうか?
しかも、この記事では「アンチ」と同レベルの「命乞い的な作文」が
最後の部分で、見事に露呈してしまって
、読んでいて、本当に笑ってしまいましたよ

今まで、散々「警察まがい」のような記事を書いて、閲覧者を虐めてきたくせに
自分たちに「火の粉が降りかかった途端」馬脚が見事に顕れているし
冷静に考えたら「今までツケ」が
あなた達に跳ね返ってきただけの話なのに、何、ギャーギャー騒いでいるんだか・・・

しかも、何を思ったのか、中には、「絶縁状」などと言う、
まるで、気に入らないから、創価学会を追い出しちゃった・・・と
あなた達が主張する「日顕上人」と同じことを
過去の判例も弁えないまま、頓珍漢な記事を書いて・・・・・・(゚д゚)ポカーン

なるほど! 「創価物差し」で計ってしまえば
「Junk自身が嫉妬しています」
Junk自身が阿部日顕御隠尊猊下と同じ境涯」・・と言っているようなもので
まるで日顕猊下御隠尊猊下が熱唱する「Forever Sensei」みたい(笑)

人の事は言えませんが「宗教バラエティー」でもやっているの?


大体、ネット上での つきあいだけ なので、仮想的な側面だって否めず
組織を作っているわけでもなく、権限もない上、信仰とは無関係だよな
従って、何処の馬の骨だか解らないような
相手同士の中で「絶縁状」を突きつけられてもねぇ・・・

如何にコイツが「仮想と現実の区別」が出来ていない「お子ちゃま」だったかが
閲覧者の皆様には、よぉ~~く解りますよねw

もっともJunkさんの仏壇に「eco氏ね」とか「あべひ氏ね」とか
そんな事を書いていれば、話は別ですが(笑)


カァ~ン・カンカンカンカンカンカン☆\(・∀・)
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追記

それで思い出しましたが、鯖板にて、誰だったか忘れたけれど
菊川氏が題目について、おかしな励まし方をしていましたが 
あの内容を伺うと、信濃町の本部幹部と関係がある以上
女子部に対して「怪しげな題目の噂」を流したのはお前なのか?・・・と新たな疑惑が

因みに、過去に於いても、そういった類の噂がひろがってしまい
お金に困っていた時代でもあったので
戸田先生が行った質問会でも、「期限付き」だとか「200万あげれば如何たら」だとか
信者からの欲深い質問が、平然と飛び交ってきたのですが
戸田先生曰く
「それでは、自分中心の祈りで欲深く 御本尊に対して失礼じゃないのか?」・と
戸田城聖全集の質問会編P.82などで、しっかり戒められていたのですが
それ等を読んだ上で、相手に対して回答しているのか?ちょっと疑問です。

因みに、菊川氏の回答だけだと
同全集のP.145に書かれていた条件と、略、同じで
相手の条件も弁えず、相手の命も見抜く事も出来ず
無闇にそんな答えを示すのは、実は、相手に対しても非常に失礼で、無責任な上
そういった類のものは、下手したら「善無為三蔵」と同じ事をしていないのか?
・・・と個人的には思いましたよ

御書と六巻抄などを、きちんと読んでいれば解る筈なんだけれどなぁ・・・

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Last updated  2010年04月11日 02時04分37秒
2010年04月07日
カテゴリ:☆哀愁でぇーと
>>この場を借りて
>>土肥六実 さんに申し上げますが 
>>竜女と鬼子母神とは同一ではありません。
>>もし、そのようなことを言われるのであれば
>>その論拠となる教典を示してください。


----------------------------------------------------

これは、菊川氏が「創価の森の小さな家」で執筆なされた
『竜女』・・・と言う記事の中のコメントにて
土肥六実 さんのコメントに対し「文証を出してみろ!」・・といわんばかりに
「声闘」ばりの「文証の要求」を行っていた、菊川広幸氏のご返事なのですが
こんな発言だけを伺うと
菊川氏自身が、開目抄に書かれていた『貧女の一灯』と
御義口伝の日興上人による『御講義書のダイバ品の項』などを
まったく理解していなかった事が解りますよね

下矢印そこには、しっかり書かれているじゃないですか?

開目抄

涅槃経に曰く
「譬えば貧女の如し居家救護の者有ること無く加うるに
 復病苦飢渇に逼められて遊行乞丐す
 他の客舎に止り一子を寄生す是の客舎の主駈逐して去らしむ
 其の産して未だ久しからず是の児をケイ抱して他国に至らんと欲し
 其の中路に於て悪風雨に遇て寒苦並び至り多く
 蚊虻蜂螫毒虫のすい食う所となる
 恒河に逕由し児を抱いて渡る其の水漂疾なれども而も放ち捨てず
 是に於て母子遂に共倶に没しぬ
 是くの如き女人慈念の功徳命終の後梵天に生ず

 文殊師利若し善男子有つて正法を護らんと欲せば
 彼の貧女の恒河に在つて子を愛念するが為に身命を捨つるが如くせよ
 善男子護法の菩薩も亦是くの如くなるべし
 寧ろ身命を捨てよ是くの如きの人解脱を求めずと雖も解脱自ら至ること
 彼の貧女の梵天を求めざれども梵天自ら至るが如し」等云云

此の経文は章安大師・三障をもつて釈し給へり、それをみるべし
貧人とは法財のなきなり女人とは一分の慈ある者なり
客舎とは穢土なり一子とは法華経の信心・了因の子なり
舎主駈逐とは流罪せらる其の産して未だ久しからずとは
いまだ信じて・ひさしからず悪風とは流罪の勅宣なり
蚊虻等とは諸の無智の人有り悪口罵詈等なり
母子共に没すとは終に法華経の信心をやぶらずして頚を刎らるるなり
梵天とは仏界に生るるをいうなり引業と申すは仏界までかはらず
日本・漢土の万国の諸人を殺すとも
五逆・謗法なければ無間地獄には堕ちず余の悪道にして多歳をふべし
色天に生るること万戒を持てども万善を修すれども散善にては生れず
又梵天王となる事・有漏の引業の上に慈悲を加えて生ずべし
今此の貧女が子を念うゆへに梵天に生る常の性相には相違せり
章安の二はあれども詮ずるところは子を念う慈念より外の事なし
念を一境にする、に似たり専子を思う又慈悲にも・にたり


(堀日亨編纂:新偏御書 P.233~234)
http://www.sokanet.jp/sg/sn/gosho_text.html?key1=233&ref=null
http://www.sokanet.jp/sg/sn/gosho_text.html?key1=234&ref=null


御義口伝(陀羅尼品六箇の大事)

[第三鬼子母神の事]
御義口伝に云く鬼とは父なり子とは十羅刹女なり母とは伽利帝母なり
逆次に次第する時は神とは九識なり母とは八識へ出づる無明なり

子とは七識六識なり鬼とは五識なり
流転門の時は悪鬼なり還滅門の時は善鬼なり
仍つて十界互具百界千如の一念三千を鬼子母神十羅刹女と云うなり

三宝荒神とは十羅刹女の事なり所謂飢渇神・貪欲神・障碍神なり
今法華経の行者は三毒即三徳と転ずる故に三宝荒神に非ざるなり
荒神とは法華不信の人なり法華経の行者の前にては守護神なり云云。


(堀日亨編纂:新偏御書 P.778)
http://www.sokanet.jp/sg/sn/gosho_text.html?key1=778&ref=null


御講義書(提婆品)

御義口伝に云く此の品には釈尊の本師・提婆達多の成仏と
文殊師利・教化の竜女成仏とを説くなり
是れ又妙法蓮華経の提婆竜女なれば十界三千皆調達竜女なり
法界の衆生の逆の辺は調達なり法界の貪欲・瞋恚・愚癡の方は悉く竜女なり
調達は修徳の逆罪・一切衆生は性徳の逆罪なり
一切衆生は性徳の天王如来調達は修徳の天王如来なり
竜女は修徳の竜女・一切衆生は性徳の竜女なり
所詮釈尊も文殊も提婆も竜女も
一つ種の妙法蓮華経の功能なれば本来成仏なり

仍つて南無妙法蓮華経と唱え奉る時は十界同時に成仏するなり
是を妙法蓮華経の提婆達多と云うなり
十界三千竜女なれば無垢世界に非ずと云う事なし
竜女が一身も本来成仏にして南無妙法蓮華経の当体なり云云。


(堀日亨編纂:新偏御書 P.797~798)
http://www.sokanet.jp/sg/sn/gosho_text.html?key1=797&ref=null
http://www.sokanet.jp/sg/sn/gosho_text.html?key1=798&ref=null


結局、御文に書かれていた『文字』を追っかけていただけなんだな

それと、文殊師利菩薩の母親は、確か十羅刹女でしたよね~ 
では、その親元は誰でしたっけ?
身を持って読んでいれば、ピーンひらめき・・とくる筈なのに
それが解らなかったし、その割には、勝ち誇ったかのような慢心を振りかざしているのやら


御講義書(女人と妙と釈尊と一体の事)

仰に云く女人は子を出生す
此の出生の子・又子を出生す此くの如く展転して無数の子を出生せり
此の出生の子に善子もあり・悪子もあり
端厳美麗の子もあり・醜陋の子もあり・長のひくき子もあり
大なる子もあり・男子もあり・女子もあり
云云

所詮・妙の一字より万法は出生せり
地獄もあり・餓鬼もあり・乃至仏界もあり・権教もあり・実教もあり
善もあり・悪もあり・諸法を出生せり
云云

又釈迦一仏の御身より一切の仏・菩薩等悉く出生せり
阿弥陀・薬師・大日等は悉く釈尊の一月より万水に浮ぶ所の万影なり
然らば 女人と妙と釈尊との三全く不同無きなり
妙楽大師の云く妙即三千・三千即法云云、
提婆品に云く有一宝珠価直三千大千世界是なり云云。


(堀日亨編纂:新偏御書 P.841~842)
http://www.sokanet.jp/sg/sn/gosho_text.html?key1=841&ref=null
http://www.sokanet.jp/sg/sn/gosho_text.html?key1=842&ref=null


もう一つ、あなたの場合は、戸田城聖氏の時とは違い
300万もの題目曼荼羅に向かって唱えていたのですから
あの曼荼羅自体にも、その事が書かれていることが解る筈なのに
それにも気付いていなかった様子ですよね~ 

向かって右側には「鬼子母神」もあれば「天照大神」も書かれていますよ

因みに、曼荼羅がないまま200万もの題目をあげた戸田先生は
出獄なされてから「曼荼羅」をマジマジとみつめ「この通りだ!」・・と
人間革命の第一巻に書かれていましたよね~

(但し、牢獄のような閉鎖的な空間に閉じ込められた場合「示すもの」が無いので
 この場合、右脳と左脳を分離してあげていかないと出来ない技なので
 「どうやってソレをカウントしていたのか?」は謎
 事実、函館で勤行をしたときは見事に東を向いていたつもりが
 実は北に向かってナンミョーしていた事が、東京へ帰ってから解った事がある。)


だから『窓際 プチ牢獄?』時代『300万』もの題目をあげ
御書と法華経28品を、身を持って拝読なされた筈の菊川広幸さん

「戸田先生と同じ境涯な筈」なのに、ソレが解っていらっしゃらない様子で・・・

本当のところ、奴の境涯は、下記に記された「御文程度の境涯」だったのですが
何を勘違いしたのか?記事を読んでいても、なんだか
「怪しいマッシュルーム」でトリップしちゃったような記事ばかりが
余りにも目立っていたので
思わず 、FBにて「茸をしごきながら、やったぞ!題目300万」・・・と(・∀・;)
(直球でソレを書いたら、各方面からクレームが来てしまったのですが・・・)

もし「オレは違うんだ!」・・・というのでしたら
赤字太字で示した部分に対し
「該当していない」・・と言う「裏づけ」を示してくださらないと
やっぱり「茸の山が食べサカリ」で、チンシュブログにもなってしまい・・・汗
          下矢印

開目抄
第一の有諸無智人と云うは経文の第二の悪世中比丘と
第三の納衣の比丘の大檀那と見へたり、随つて妙楽大師は「俗衆」等云云
東春に云く「公処に向う」等云云
第二の法華経の怨敵は経に云く
「悪世中の比丘は邪智にして心諂曲に
 未だ得ざるを為れ得たりと謂い我慢の心充満せん」等云云
涅槃経に云く
「是の時に当に諸の悪比丘有るべし乃至是の諸の悪人復是くの如き
 経典を読誦すと雖も如来深密の要義を滅除せん
」等云云
止観に云く
「若し信無きは高く聖境に推して己が智分に非ずとす
 若し智無きは増上慢を起し己れ仏に均しと謂う」等云云


(堀日亨編纂:新偏御書 P.226)
http://www.sokanet.jp/sg/sn/gosho_text.html?key1=226&ref=null




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Last updated  2010年11月08日 13時06分29秒

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