357620 ランダム
 HOME | DIARY | PROFILE 【フォローする】 【ログイン】

 eco eco五座三座

PR

Calendar

Free Space

eco_eco☆五座三座のHPへ

楽天が運営するポータルサイト【インフォシーク】Infoseek

Wiki Leaks
CNN
AFN

PVアクセスランキング にほんブログ村

Headline News

Recent Posts

Category

Keyword Search

▼キーワード検索

Archives

2019年05月
2019年04月
2019年03月
2019年02月
2019年01月
2018年12月
2018年11月
2018年10月
2018年09月
2018年08月

全2件 (2件中 1-2件目)

1

「演繹法」・・・と言う致命的な抽象化の罠

2009年03月31日
XML
前回の記事では「東洋の教え」に対する「演繹法の欠陥」を指摘しましたが
実は西洋のキリストの教えも同じで、「原罪」は説いたものの
「因果」の部分が曖昧になっており、しかも「その原因」を辿っても
時計時間自体”が、元から起点も終点が存在せず
かつ、長さも決められないため
「因」が複雑にもなってしまい 特定が出来ず そのため「原罪自体」が成立しないし
仮に成立したとしても、無理矢理「一つの存在」にまとめてしまった為
無数の存在が置き去りにされる状態に陥り 
その結果、善意は「“あくまでも「神の主観」”で「判断」されてしまう為
客観的な視点で見れば、神は“独裁者”と何ら変わらず
衆生は「奴隷」しか選択が出来なくなってしまう訳です。

しかも「神の怒り」なぁ~んていう“表現”が存在している以上
当然、神にも「感情」があり「ウラミ」があり「怨憎会苦」などもあるので
神が人類よりも強く賢く太刀打ちが出来ない以上
「神の怨憎会苦」が消えない限り「救われる」と言う話し無理な話で
永久に許さなければ「神のお許し」は永遠の夢にも成ってしまうわけです。

さらに「原罪」の特定が出来ないのと
「原罪」と言うのが教義上の中で規定している以上、逆鱗に触れた事を考えれば
当然、弱肉強食の論理で「人類が神に勝った!」事もあるわけで
その事によって、今度は「神」が「被害者」となり、先に述べた「報復」なども考えれば
当然、責任の割合が50/50の確率にもなって「神の責任」すら問う事も出来ます。

つまり“「神」よりも「人類」の方が上”に立つ事もあるわけです。


― Blasphemous rumours ―

Girl of 18.
Fell in love with everything.
Found new life in jesus Christ.
Hit by a car ended up.
On a life support machine.

Summer day.
As she passed away.
Bird were singing in the summer sky.
Then came the rain and once again.
A tear fell from her mother eye.
I do not want to start.
Any blasphemous rumours.
But I think that. God,s Got a sick sence of humor.
And when I die. I expect to find Him laughing.

(少女が18歳の時、イエスキリストの恋に落ちた
 すべての新しい道が切り開けたけれど
 車に撥ねられた 今は生命維持装置をつけての生活。

 夏の日。彼女がこの世を去った。
 鳥の夏の空に歌っていた。
 だけどすぐに雨が振り出し
 再び 彼女の母親の目から涙となった。

 「不敬な憶測」を立てるつもりはないけれど
 しかし、私は、それでも「神達の仕業」だと思う
 神が「病気」と言うユーモアのセンスを与えてくれたのだ
 何故なら「私が死ぬ事」を期待して、笑いたいから・・・)

by Martin L Gore
http://www.youtube.com/watch?v=HGObsLLqwnU


私から見たら「神」や「仏」の存在は
Adolf HitlerJoseph Stalinよりも酷い「ずる賢い卑怯者」であり「臆病者」で
やっぱり、神=仏=支配者 人間=奴隷 ・・の
“弱肉強食”の「畜生界の図式」しか成り立たないわけです。

これは、「キリスト」だけでなく「全ての宗教」に対しても共通して言える事でもあり
何処を見ても、創価学会も含め・・・
「教主=当たりくじ=勝ち組=支配者」「人間=ハズレくじ=負け組み=奴隷」
・・・と言う畜生の図式しか成り立たない訳です。

つまり池田氏が「SGI提言」などで申し上げていた
「抽象化の罠」と同じ事なのですが、ところが、どっこい!!
創価も実は「同じ罠」に嵌っている事に気付いていない。

実は、創価学会も「日蓮正宗」の言う「法主絶対論」と変わらないような
「師匠のいう事は絶対的に正しい!」
・・・と「条件反射」を、「根拠」も「価値」も示せず信者に推し付けているわけです。

否、その振る舞いは「日蓮正宗」や「顕正会」よりも酷いんじゃないでしょうか?
何せ、信者は現場での本音を言ってしまえば
「感情論」と得意の「声闘」で粛清されてしまう状態なんですから・・・

更に「創価学会」の場合は、指導者の話によって、キリスト的な「二枚舌の要素」と
「ダブルスタンダード」Systemが構築されている上
更に「権力」によって「一人相撲」までもが出来上がってしまっている為
尚更、最悪の状態で、儒教みたいな、差別主義にまで陥っている訳です。

こんな事は「5W1H」や「帰納法」などで、いちいち細かく説明しなくても
「創価系ブログ」の記事や「Inter-netでの振舞い」「創価新報」「聖教の寸鉄」
「前回の記事」を読み合わせて考えていけば
「論より証拠」で、見事に「閉鎖的な命」が実証されているじゃないですか?
「キリスト臭味」や「儒教臭味」になっている。・・事にも気付く筈なんですけれどね~

そして、何よりも如実にバカな醜態を晒して
「キリスト」や「孔子」の価値観を推し付けているのは
「公明党自身」じゃないでしょうか?

それでも気付かない「おバカちゃん」のために
親切丁寧に教えてあげれば「絶対的」と言う表現は、「支配の象徴」でもあり
また「裁判官の役割」を果たしてしまうわけです
何せ「 絶 対 的 ! 正 義 」なんですから・・・

そうなってくると、今度は「大聖人自体」が“裁判官”にも なってしまうわけです。
更に、その血脈を「池田氏が受け継いでいる」・・・となれば
今度は“池田氏が裁判官”・・と、なるわけです。

しかし、「正義」と言う言葉が独り歩きしてしまい
その事によって「権力化の温床を生み出し」
見事「抽象化の罠」にも嵌る「Simulation」が一つも出来ていなかった訳です。

もう一度、前回の記事を読み
「当て嵌まるか?如何か?」を Checkしてみたら 如何でしょうか?


ところで、こうやって客観的に宗教や既存の人間の振る舞いを見てしまうと
「善」と「悪」の区別と言うのは「独りの人間」が決める事なのでしょうか?
或いは一つの組織が決める事なのでしょうか?
また「善」も「悪」も「一つの抽象的な現象」にしか過ぎないのではないでしょうか?
・・・と考えてしまう訳です

奥深く突き詰めていけば、結局、善も悪も恩も五常も
「その人“一人の主観”」でしか基準を決めていなかった。事にも気付くわけです。

ところが、ソレを「一律」に、無理矢理「起点」と「終点」と「形」の「閉塞」を設けて
全体を「閉塞の枠」に“一滴も残さず、全て閉じ込めてしまった”ため
「閉塞の枠」による「固定概念」によって、衆生を縛り付けてしまう「欠陥」が否めず
更に「閉塞」の域から、条件反射によって抜け出せる事が出来ないため
進化する事や発展性などが止まってしまい 結局・・・
“人間の上の神”の発想から抜け出す事が出来ないまま、悪戯に「時間」だけが過ぎ
更に、教主によって褒め称えられた衆生は
「選民思想」にも陥って差別が発生し「勝ち組」「負け組み」にも分かれてしまった為
「勝ち組」の世界では慢心が発生し、更に「正義」と「原罪」などを盾に出し
平然と「負け組み」を威圧して自分等を守ってしまった為
今度は「負け組み」が威圧に耐え切れず反乱してしまい
争いの元にもなって「不軽菩薩の冠」が「負け組み」に移譲してしまうわけです。

譬えば「自分の保身」のために「警察」や「軍隊」と言う
「人間殺人兵器」の奴隷を雇い、そいつ等に処理を頼む訳ですが
その奴隷である「警官」や「軍隊」を酷使して扱った結果、鍛えられてしまい
今度は「力関係」が雇い主よりも「警察」や「軍隊」の方が強くなってしまい
「暴走」した挙句、最終的には、雇い主、自ら頚を絞めていくわけです。

こんな実例などが過去には「Ykpaiha」を初めとする「共産圏」や「欧州など国」で起こり
今は「Republika e Kosoves」や「República de Colombia」などが
そんな実体を如実に顕しています。

従って、勝利と言っても その程度では 「一時的な勝利」にしか過ぎず
時間が経てば、「すぐ破綻してしまう」事が解っている筈です。

そのため「それ等の壁」を「一つ一つ打ち破るため」に編み出されたのが
「帰納法」だったわけです。


因みに「不軽菩薩」の真意は、皮肉にもNHKで放送した
Autodefensas Unidas de Colombia」のReportを見ていく中に
「その事」を悟りました。



カンカンカン☆\(・∀・) 
南無妙法蓮華経 南無妙法蓮華経 南無妙法蓮華経

ブログランキング・にほんブログ村へ






Last updated  2014年05月15日 12時32分10秒
2009年03月25日
相手に対し「物事を打立てる場合」、二通りの説明方法が存在します。

一つは「事のおこり」から順序を打ちたて
合理的な証拠や根拠などを示して「結論」を示す。帰納法
もう一つは「結論」から先に出して
教条的な条件反射を与える「演繹法」の二種類です。

数学の概念で譬えれば、「帰納法」は「式」を解き「答え」を導く方法
演繹法は「方程式」と同じ要素がありますが
概ね“「答え」から解析をして「式」を導く方法”・・だと考えていただければ
「絵が描けるかなぁ・・・」とは存知ます。

さて、その「帰納法」ですが、「5W1H」なども含め
「確実な証拠」と「合理的な道理」を立てて説明していく為
科学や学説や司法など、ありとあらゆる分野において用られているのが一般的です
(但し、数学や物理の場合、「未知の分野」なども存在する為、帰納法と演繹法の両方を用いる場合が多い)

しかし、「結論を導いた」と言っても道理だけの話しで
感情までは、抑制が効かないのと、心理学の面での処方や医療の面では未知の部分が多く
「Love is over」でも申し上げたように、意外と限界がある訳です。

更に上矢印その記事でも触れましたが「5W1H」「5W」の段階で・・・
「証拠隠滅」「情報の書き換え」「情報のすり替え」「消去」「誘導」など
上矢印これ等の「一つ一つの証拠」に対して、意図的に「加工」が施されてしまう事が可能な為
結審が確定せず「不毛な水掛論」に陥って抜け出せない場合もあり。
また、それ等の「管理の不備」に対し、「きめ細かい部分」にまで、Inspectを広げてしまうと
「策に嵌り策に溺れる」では御座いませんが「証拠」ばかり捉われてしまう余り・・・
“被害者”や調査する側が、今度は「Stalker」に変貌して“加害者”に変わる「主客転倒」が発生し
また、その事によって、全体のPrivacyが著しく低下して破綻をきたし
自由が抑圧された「完全な管理社会体制」にも陥って 劣悪な環境が構築されてしまう為
尚更「焼け石」に水を注ぐ「本末転倒」の欠陥が秘めており
その事によって「自爆して修正が効かなくなった国」が、全世界でも見受けられます。

この事については 後日、細かく書きますので、今回は割愛させていただきますが
「参考Link」だけは貼っておきますねw
http://homepage2.nifty.com/motoyukeyo/kokugo/5w1h/5w1h.htm


その反対に創価学会も含め、儒学やキリストや仏教などの宗教関係
それに倫理などの分野で採用しているのが「演繹法」です。

(・・・と言いたい処なのですが、それは会長が池田大作氏になってからの話であって
 それ以前は戸田城聖氏も含めて 帰納法で説明している講義が意外と多く
 また、大聖人の御文自体「立正安国論」など演繹法で打ち立てた御文が存在するものの
 「開目抄」など、意外にも帰納法で説明している御文なども、数多く散見される。
 因みに日蓮正宗大石寺の御法主、26世日寛上人と59世堀日亨上人の講義の殆どは、帰納法です。
 そういった意味では「折伏」とは“「帰納法」の異名”とも言えそうなのですが・・・)


さて、先に申し上げました通り「帰納法」には、欠陥が秘めていた為
「立正安国論講義」の「8段目」を読んでもお判りのように、池田氏の脳内では
「帰納法」と「演繹法」を比べ「演繹法こそ絶対的な叡智」だと思っているようです。

(この時に、チベット仏教を出汁に使い演繹法の優位を主張したのですが
 今の振る舞いなどを考えたら「毒入りサンドイッチ」の情報操作と受け止めかねない
 ところで「民族浄化」は正義なんですか?)


ところが、その「演繹法」も、結論から「駒」を進めて「答え」を決めつけるが故に
「根拠」や「過程の部分」が端折られてしまったりするのです。

更に「根拠を示す事」や「証明」などが出来なかったりすると
その「端折られた部分」や「過程」の隙間を縫って
「違った情報」を刷り込ませる事が可能なため
「教主の思惑」とは裏腹に「己義」や「妄想」によって、別の方向へと流れてしまい
脆くも破綻して「崩れてしまう」欠陥が秘められているわけです。

しかも、教える側の視点に、Channelを合わせてみれば
相手に対し教育を与える場合、帰納法と比べれば、
「演繹法」で教育を施して説明する方が「条件反射の原理」でも習ったように
相手が、まるで「催眠術」にでも掛かったかのように
「潜在的な意識」などが、いとも簡単に植えつけられて、心も体も反応してしまう為
意外にも「自分で考えるの労力」や「説明する労力」などが軽減される為
非常に楽な赤ハート調教方法にもなってしまうのです。

特に「支配願望」の強い「自己中心的な人の視点」にChannelを合わせてみれば
赤ハート好都合な洗脳手段」で「一石二鳥」にもなりますよね~
だから「不軽菩薩」は成仏する事が出来たわけです。

「不軽菩薩の話」をよぉ~~く考えて見ましょう・・・ 
石を投げつけられながらも「同じ言葉」を“ 連 呼 ”したでしょ?
これを考えて行けば、よいわけです。

そういった意味では、厳密に書けば
麻原彰晃N D A「原理研」も含めた「Cult集団」
法華経のソレを皮肉にも実践しております。


さて、「孔子」も、演繹法で「儒教」を開き「五常」を説きましたが
「根拠」や「合理的な証拠」や「道理」
更に「時計未来の時間」に対する「環境アセスメント」などを端折った為
「Slogan」だけが、先行して「五常の独り歩き」が始まってしまい
その結果、理想とは裏腹に「抽象化の罠」にも嵌り、教条化して限界にも達した挙句
「閉塞の枠にとらわれた基準」によって教条的になり本末転倒の破綻をきたした訳です。
(但し、開目抄の冒頭を読む限り、儒学の場合、経緯の過程などから
 「知覚コントラスト効果」の作用が働いた事も否めませんが・・・・・)


良い一例が、中国、朝鮮を含めた アジア各国の惨憺たる現状で
声闘なんかは、その代表みたいなものです。

中国や朝鮮の場合、歴史的にみても、一番酷く 悲惨かつ陰惨な歴史の繰り返しで
先にも申し上げた通り「ざんげの国」・・と同じように
“五常だけ!”が「独り歩き」をしてしまい
観心の「人間の自我に対する部分」が置き去りにされ
更に「既存の環境に対する Follow up」が非常に甘く
「十界互具」や「宿業」そして「天界に潜む魔」や「僭聖増上慢」などなど・・・・
「性悪説」の存在に対しての「二次的な要素」が不備で、全く対応しておらず
譬え「過去の根拠」を示して「相手を否定する」事が出来ても
「その宿従に対してのCure」が無く
更に「処方箋」などが「殺傷」や「消去」以外、まったく見つからなかった為
その結果、教条化してStanford prison experiment同様の働きが起こってしまい
「あたりくじ」「ハズレくじ」の「選民思想」が編み出された末、差別化が施され
更に「五常」を護るが故に、問答無用にも「Moral harassment」など「虐め」や
「監禁」や「処刑」などの「抑圧」が発生し
客観的にみれば、皮肉にも今度は「五常を維持する側」が「五常を破る」
本末転倒の畜生と修羅界の環境を作り出し
結局、「冷酷かつ 二枚舌で ずる賢い畜生」ばかりが生産されてしまったわけです。

更に衆生は、仏教を弾圧した事なども手伝ってか
「理想と現実」が伴わないまま、不条理な矛盾に捉われしまい
念仏の「あきらめ」の思想などが生まれてしまったわけです。

そして、これが日本にまで影響を及ぼして
「一天四海本因妙」を破壊する結果にも繋がった訳です

!但し、日本の場合は「法華経」の功徳が有った為か
大聖人が顕れる結果と相成りましたが・・・・・


いまや華僑民族、朝鮮民族はこんな状態⇒http://www.youtube.com/watch?v=cWTpOGFbbl0
・・・にまで陥り 世界中から嫌われたり感染したりして
更に、自国民すら不幸にして未だ「地獄の環境から抜け出せない」
悪循環な国にも変貌している。
【参考資料】:Milgram実験

!因みに既存する日本の仏教の中で、唯一「純国産」なのが皮肉にも日蓮系の仏教です。
譬えれば「HONDA」や「TOYOTA」が自力で「自動車」を作ったように
大聖人も「仏典」を精査して説き明かし「線」を引きなおしております。
それ等の精巧さが大聖人の御文ではしっかり見受けられます。
本当、智義も日本人だったらよかったのになぁ・・・と思っております。



カンカンカン☆\(・∀・) 
南無妙法蓮華経 南無妙法蓮華経 南無妙法蓮華経








Last updated  2014年05月15日 12時33分50秒
このブログでよく読まれている記事

全2件 (2件中 1-2件目)

1


Copyright (c) 1997-2019 Rakuten, Inc. All Rights Reserved.