二万ヒット記念特別号PartX ~オマケ「……んむ」バシリ、と。ハエをたたくように携帯のアラームを止める。 そして私、天原琴音は、冬眠から明けた熊のように枕から頭を上げた。 朝は好きじゃない。心地よい夢を見ていた日ならなおさら。特に今日は、夕べに徹夜でゲーム……じゃなかった、勉強をしていたから、いつも以上に眠い。 「七時半……」 携帯のサブディスプレイに、デジタル表記でそう記されていた。 今日は日曜日。学院もなし。本来ならばここでもう一眠りするのだけど、何か引っかかる。 ……なにかあったっけ? 私は、とりあえずベッドから体を起こす。窓からは優しい日差し。少し、元気になった。 「おはよう。ボルシチ♪」 と、枕もとの虎のぬいぐるみに挨拶をする。 ぬいぐるみに、ロシアのシチューの名前をつけるなんて、ネーミングセンスが皆無だ、と妹の葵衣に言われたが、美味しいからいいじゃんと、私は思うわけで。 昨日先生に怒られても。今日、期末テストがあろうとも。毎日欠かさずする、私の日課。笑顔で、そう挨拶するのが、私の健康法。 「……そのうち思い出すかな?」 私はベッドから立ち上がり、ノソノソと目をこすりながら階段を折りた。 居間には誰もいない。 あぁ、今日は両方とも早朝出勤だって言ってたっけ。 朝ご飯は……昨日の夕食の残りでいっか。 と、おもむろに冷蔵庫を開く。 が、昨日の夕食であったポテトサラダがない。 ……さては葵衣が夜食に食べたか……。 …… ……違う。私が夜食に食べたんだ。ごめん、妹よ。 ひとまず、コップに牛乳を注ぎ、角砂糖を五個ほど投入。それを、二口ほど喉をとおし、頭をリフレッシュさせた。 「……パンあったかな?」 ガラリ、と冷凍庫を開く。 そこには、ラップで保存されたパンが数枚。 練乳もあったようだし、これでいいや。 パンを一枚手に取りラップを外してトースターへ。 それを、ふと目に入ったおせんべいを食しながら待った。 と、そこへ。 「おねーちゃーん。携帯のスヌーズ切っといてよぉ」 葵衣がパジャマを引きずりながら起きて来た。 引きずっているのは、それが私のお下がりだから。私が大きいのではない。葵衣が小さいのである。 「それと、沖杉先輩からメール来てたよ」 刹那。 私の記憶という記憶の引き出しが全開になり、高速パズルのようにカタカタと組みはじめ、高画質有機ELの如く鮮明に再生し出した。 そうだ。今日は―― 「ごめん、今焼いてるパン、葵衣が食べて」 「ぇ? あ、お、お姉ちゃん?」 私は葵衣から携帯を受け取り、自分の部屋へ急いで戻った。大至急で外行きの格好に着替え、簡単に化粧を済ませる。 メールの内容は、至って端的だった。 ――『今日からよろしくなー』 「まったく……あの人は……」 勘がいいというのか、世話好きというのか。 ここから目的地までは、電車を乗り継いで約一時間半。……ちょっと遅刻気味になるかな。 財布よし。携帯よし。ハンカチちり紙よし。 私は転がり落ちるように階段を駆け下りた。 そのまま、一連の動きの如く玄関へ。 焦っているわけではないが、靴を履くのに手間取ってしまう。 「お姉ちゃん、もう出かけるの?」 と、パンをかじりながら葵衣が玄関に出てきた。 「うん。ありがとう。約束あったの忘れてた。暗くなる前には帰るから」 「ん。わかったー。気をつけてねー」 「行ってきますっ!」 私はドアを開け放った。 日差しが暖かくなりつつあるこの季節。 太陽の光は、風と共に空で踊る。 私は、そんな空の下を駆け抜けた。 To be continue... |